現在の王家と過去の王家
「そんなに凄かったのか、賢者様の魔法は」
城の談話室では、国王がクリストフから話しを聞いていた。
「はい。王都中に行き渡るほどの魔力量も勿論のこと、その魔力を制御する能力。人心を惹きつけるその話術。そしてその懐の広さ。どれをとっても真偽に疑いようはなく、賢者の名に相応しい方です」
「そしてそこに加えて、魔道具師ロドリグ殿の存在か……」
「ドワーフですからね。確かに処刑されていなかったのであれば生きていてもおかしくはありません」
ドワーフは寿命が数百年と言われている。ロドリグは400年前の時点で300歳はいっていただろう。と言う事は今は700歳前後という事だ。晩年に差し掛かってはいるものの、あの元気さを見ると、まだまだ現役で行けるだろう。
「執事のセバスチャン殿は魔族だったな」
「はい。それこそ数千年の命を持っています。アニエス嬢もそうですが」
「うむ。モーリス殿も龍人族だ。数千年にわたって生きる事になる」
「そういう意味ではレア殿だけが、数十年の命なのですね……」
400年前の国王はそれを考慮して対策を取ったのだろう。……誤算は王太子が愚かだった事だろうか。まあ、他人の事をいえた義理ではないだろうが。
「シプリアン国王は賢王として有名だった。その晩年は娘の様に可愛がっていたレア殿を失い心を病み、そして息子と宰相の愚行を止められず、晩節を汚した」
「……」
「エドモンの処遇次第では余もそうなるだろう」
「実はレア殿が私にこれをくださったのです」
そう言って見せられた右の中指には指輪がはめられていた。
「ロドリグ殿が制作され、レア殿が付与した魔道具です。呪いと毒から身を守っれくれるものになっていると聞きます」
「呪いと毒、か」
「はい。父上にも作ってくださいました」
そう言って合図をすると、近くにいた執事が陛下の側に寄る。布に包まれた掌サイズの座布団の上には指輪が置かれていた。
「同じ付与がされています。デザインは変えてあるようですが」
「ふむ。賢者の石を嵌め込んでいるのだな。余の魔力を心配しての事か」
「私の指輪は普通の魔石なので、恐らくそうでしょう」
陛下の魔力は質があまり良くないと言われている。
魔力の質とは、その量や密度、練度、集める魔力から魔法を発動させるのに使われる魔力の量、そして魔力のロスなどを総合的に判断される。陛下は魔力のロスがあまりにも多すぎるのだ。これはその者が生まれ持った魔力の性質に由来し、これを後天的にどうにかするという事は難しいのだ。もちろん練度で補う事は可能なのだが、それにも限界がある。魔力のロスは魔素となり自然に還っていく。ロスを考慮して魔力を集めると、その分消費される魔力量も多くなってしまう。そのため魔法の発動には不向きなのだ。それを補って有り余るほどの魔力量もあるため魔法が使えないわけではないが、燃費が悪すぎるため魔導具は常時発動の魔石付き魔導具でないといけない。
採掘されたままだと『魔鉱石』、加工されたものが『魔石』。色が濃ければ濃いだけ魔力の含有量は多く、黒に近い赤色を持つ魔鉱石は『賢者の石』と呼ばれ、その生成確率は極めて低い。『魔王の塊』が自然生成された様なもの、と言えばわかりやすいだろうか。ここ数百年、『賢者の石』は採掘されていないそうだ。
「非礼を重ねたにもかかわらずこの対応……賢者様は本当に懐が広いな」
「そうですね。しかも向上心を持つ者がお好きな様で、例の子供も気に入った様です」
「そうか。……伝説になっている400年前の繁栄をこの目で見る事は叶うのだろうか」
「必ず父上なら導けるでしょう」
「だと良いがな」
城の執務室でゆったりと今後の王国について思いを馳せている王族がいる一方で、その近くの屋敷ではどんちゃん騒ぎが行われていた。
「おう賢者様!飲め飲め!」
「全く。相変わらずロドリグ殿は底なしですね」
「はっ!うわばみ伯爵様には言われたかねーよ!」
同席していたドワーフ達が周囲で死屍累々になっている中、レアとロドリグは未だにワインを飲んでいた。ロドリグは倒れはしないものの顔を赤くしているが、レアは素面と変わらない顔をしている。
「余分なアルコールは排除しているだけですよ」
「排除したアルコールはどうしてるんだ?」
「ロドリグ殿の瓶に」
「おいおい!」
「冗談ですよ」
「ったく。いつもより酔ってると思ったんだがなぁ?」
「相応に飲んでいらっしゃるからですよ」
「ちげーねーな!こんな楽しい酒は久しぶりだ!」
ワイン瓶から直接煽っているロドリグ。レアは一応グラスに注いで飲んでいる。
『余分なアルコールは排除している』とは言ったが、性格に言えば『毒耐性』によって限度を超えたアルコールが除去されているだけだ。過ぎたアルコールは毒判定を受ける。昔、まだゲームを始めたばかりの時に『毒耐性』を手に入れるためにわざと毒消しのポーションを使わずに凌いでいた結果、無事に発現したのだ。よい子は真似しないように!
この世界に『スキル』というものは存在していないが、何度も毒を受けてそれに耐えきると "毒に耐性が付いた" というアナウンスが入り、それ以降は一定の毒が効かなくなる。レアの場合は繰り返し過ぎて全ての毒が効かなくなり、『賢者』の称号が発現する一助になったのだ。この『賢者』という称号は、この世界の理全てを網羅し、なおかつ『毒耐性』『睡眠耐性』『苦痛耐性』『寒暖耐性』などを始めとした各種耐性を全て取得した者にのみ発現する称号だ。耐性を取得するためには相応の経験が必要なわけで、正直言って狂気の沙汰ではない。
『武神』はウェポンマスターとなり、なおかつ身体強化の練度を最大に上げ、その上で全ての武器での戦闘練度を最大にする事で発現する。
練度とはゲームにおいては隠しステータスの一つで、鑑定などでは露見しないものだ。主に魔法や武術の経験値を数値化したもので、発現したててレベル1。最大値がレベル100で『MAX』という表記になる。魔力を解析したら分かるだろうが、この時代にそれが出来る者はいないだろう。昔はそれも駆け引きの一つになっていた。戦闘中に相手の隠しステータスを解析し、戦闘のスタイルを構築する。上位ランクの冒険者のみができた芸当だ。
「……ロドリグ殿はやはり、アレクサンドル王は呪殺だと思いますか?」
「あんな国王じゃあ、呪殺されても当然だろうな。『いざとなったら使え』つってシプリアン国王に渡しておいた『例の魔導具』が使われた気配もあった」
「シプリアン陛下が……」
「陛下は責任感の強い方だ。……そういう事だろうな」
呪いの魔導具。もしも、どうしようもなくなった時の最後の切り札として渡しておいた、所有者が指定した相手を呪い殺す魔導具。即効性も高く防ぐ事も叶わない呪い。レア達が間に合わなかった時に備えて、陛下の身を守るための秘密兵器だ。
「まさか第2王子が呪いをかけられているとは思っていなかったのでしょうね」
「だろうな。……アニエス嬢も気の毒になぁ。あんなに仲の良い夫婦も他にいないだろうになぁ」
「アルフレッド殿下に呪いをかけた奴はついに分からなかった様ですけど」
「どう考えても、当時の宰相の側が雇った呪術師だろうな」
「それ以外考えられませんよね」
当時の宰相アメデ・フォン・アレオンは笑顔の仮面を貼り付けた様な人だった。レアもあまり得意ではなかったが、陛下のお抱えだったロドリグも顔を合わせる機会も多かった。陛下にも『気を許すな』と忠告していた程だった。だからこそ、あの魔導具はアメデ宰相を牽制するものだった。それを使って自分の息子を殺さなければならなかったシプリアン陛下のお気持ちを慮ると居た堪らない気持ちになる。
「あのヤロー……!陛下に心労を掛けやがって!あのいけすかねぇ顔……今でも思い出すだけで胸糞悪い!」
ワインを煽り、テーブルにドンと叩き置く。瓶は一溜りもなく粉々に砕けた。レアはため息を吐いて指を鳴らす。瓶の破片は綺麗になくなる。すぐにセバスチャンが水のグラスを持ってくる。
「お水です」
「……悪いな、執事殿」
ロドリグはグイッと水を飲む。シプリアン国王に対するこの忠誠心には感心するばかりだ。もはや依存に近い。
「今のイヴォン国王も、シプリアン国王に引けを取らない方ですよ。よく似ていらっしゃいます」
「息子のダメっぷりまで似なくていいと思うんだがなぁ」
「本当ですね」
そしてレアはふと何かに気がついた様に考え込む。
「どうした?」
「いえ……昔、アレクサンドル様に献上した剣ありましたよね?」
「ああ、あったな。あの自重をかなぐり捨てた魔導剣だろ?それがどうかしたか?」
「あれって、呪いから身を守る付与をしてあったはずです」
「一時期、随分と気にして作ってたな」
初の魔王討伐直後、『王国に蔓延している呪いの原因を解明し解呪せよ』というイベントがあった時、国王と王太子に何かあっては一大事とあって呪いを想定した付与をした魔導具を献上していた事がある。
「話によると『暴君と化したアレクサンドル国王は国中からかき集めた賢者の魔導具に囲まれ、賢者がアレクサンドル国王のために作った魔導剣を抱えながら、三日三晩泣き続けそして憤死した』とあります。……まあ話半分としても、彼の精神状態を考えると私が彼のために作った魔導剣は身肌離さず持っていたと思います。伝書には『アレクサンドル国王が憤死すると、後を追う様に魔導剣も自壊した』とありました」
「……あの魔導剣が呪いに負けたのか?」
「考えにくいですね。ただ、正直言って陛下に献上したあの呪いの魔導具も彼に献上した魔導剣も製作者は私です。『最強の矛』と『堅牢な盾』の勝負ですからね。
そこで考えたんです。伝説には陛下は地下牢で『衰弱死した』とあります。それがもしも『衰弱死』ではなかったとしたら、と」
「魔導具の反動で死んじまってたとしたら、ってことか?」
あの時、私は魔王と相討ちになって死んだ。そして転生した。当時の魔王には謎が多い。どうしてあの時の魔王があそこまで強かったのか、創造神でさえ分からないのだ。という事は当時のこの世界で何か異変が起きていたという事だ。
ゲームが配信開始された時の魔王を討伐した時、魔王の保有していたエネルギーは世界に散り、一時的に魔獣達の力が強くなった。そして原因不明の病が小さな村や街に蔓延し、そしてかなりの犠牲者が出たのだ。主な症状は精神疾患。当時のレア達では解呪は出来ても、原因までは分からなかった。
「あの時の病が魔王のエネルギーによって引き起こされたなら、400年前の魔王討伐の時にだって何かしら起きていたはずです」
「……病気が蔓延したとは聞かなかったなぁ。自然災害は頻発したが、それも魔王のエネルギーの影響か?」
「有り得ますね。濃すぎるエネルギーによって自然の魔素が影響を受けて環境が一時的に悪くなった可能性は十分にあり得ます。だとしたら、魔王が出現する直前の魔獣の奇行も頷けます。上位種のドラゴン等が出現する直前には周辺の魔獣の行動に変化が起きます。あれだけの魔王が出現する前なら魔獣の異常な行動をとる可能性は十分に考えられますから」
「村や街に病気を流行らせたり魔獣共を狂わせる程のエネルギーが400年前に放出されたのだとしたら、そのエネルギーで魔導具も異常を起こした可能性はある、か」
ロドリグは考える。
「初めての魔王戦の後何回か魔王が復活しましたけど、さほど強くはなかったため討伐も困難ではありませんでした」
「量産型魔王か。あれは面倒だったなぁ。各地の腕利きが総出で討伐したんだっけな」
「その時の『魔王の欠片』を使って作ったのが件の魔導具2つだったんです」
「なるほどな。400年前の魔王のエネルギーで共鳴して誤作動を起こしちまったって事か?」
「その可能性はありますね。しかもあの時、創造神様が私を救い上げてくださり復活させてくださいましたからね」
「何が起きてもおかしくないか」
しかもその魔王のエネルギーと創造神の転生エネルギーが合わさって流れたとしたら……
「……まさか現在の国王と王太子は!」
「あくまで可能性です。宰相だってアルフレッドとアニエスの息子のアランが国王になった直後に死んでます。初代魔王のエネルギーが消失したと思われるのは討伐から約1年です。その期間に死んでいれば或いは……」
「はぁ。何だか似てるとは思ったが……ちなみに第2王子はどうなんだ?」
「どうでしょうね?策士な所は似ていますが。幼少の頃からアニエスの部屋に忍び込んでいたと聞いていますから、ある程度は懐いていたのだと思いますが」
アニエスにとってアルフレッドは最愛の夫でもあるため評価が贔屓目だが、アニエスが知らないだけでアルフレッドはかなりの策士だった。アニエスは偶然街でお忍びだったアルフレッドの道案内をして、そのまま燃える様な恋をしたと思っている。実際はたまたま私と一緒にいるアニエスを見て一目惚れをしたアルフレッドが、自分の妻にするためにあの手この手を使って偶然を装い出会っていたのだから。かなり狡い男だったが、まぁ世の中には知らない方がいい事もある。
「今の国王や王太子や第2王子に加えてあの宰相まで転生しているとして、奴らは記憶が戻る事はあるのか?」
「可能性はゼロではないでしょうけど、低いと思いますよ。私みたいにそのまま転生して来るのとは違いますからね」
「それもそうか」
もし記憶が戻ったとしたら、それぞれどんな行動を取るのだろう。考えても意味はないだろうが。
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