夜会
夜会当日。セバスチャンが運転する馬車で城に向かった。レアのエスコートはアルバンが、アニエスのエスコートはモーリスが、デジレがクロエを、アルセーヌがドロテをエスコートする事になった。いつもはアルバンは第一王女のオレリアをエスコートしていたらしい。今回の王女は婚約者がエスコートするそうだが。
城に到着すると、アルバンのエスコートで馬車を降り大広間に向かう。私達はスペシャルゲストのため、陛下が会場に入ってから紹介されて入場となる。
談話室に通され、時間まで待つレア達。紅茶は執事とメイドが持ってきたが、ティーカップなどのセッティングもせずカートに乗せたまま退室して行った。
「……私を嫌っていた使用人達です」
アニエスはため息を吐いて紅茶の準備をしようとしたが、モーリスがそれを止める。
「后様がなさる必要はありませんよ。私にお任せください」
モーリスはそう言ってティーカップを配る。セバスチャンからいろいろ教えてもらっていたのだろう。紅茶の入れ方も上手だ。……と思ったら、モーリスはティーポットの蓋を少し開けて眉根を寄せる。
「ほぉ?賢者伯爵と后様には白湯で十分だと?この城の使用人達は良いおもてなしをなさるんですね」
「城のお紅茶なんて久しく飲んでないわ。ポットに白湯が入っているだけのものよ」
懐かしいわね、と苦笑いするアニエス。ここまで来ると逆に感心してしまう。
「すぐに変えさせます」
アルバンは言うがレアは止める。
「この城の使用人を信用出来ないから良いわ」
アイテムバックから紅茶の葉を出す。
「これを入れて頂戴」
「かしこまりました。……主人はこの紅茶がお好きでよく仕入れていらっしゃいましたね。懐かしい香りです」
「ええ。今はもうこの紅茶はないみたいね」
「今はオクレール領の紅茶が人気ですね。ユリの様な香りがする紅茶です」
「へぇ、良いわね。今度取り寄せようかしら」
そんな話しをしている内に紅茶が入る。やはりこの紅茶は美味しい。薔薇の様な香りがするこの紅茶がもう手に入らないと最近セバスチャンから聞きショックだった。ゲーム内でも有名だったし、これをモチーフにリアルでも販売されていた。どうやら災害で茶葉が全滅したらしい。何しろ自然災害だ。誰を恨んでも仕方がない。
「これが……」
「あの幻のアロンティー……」
「保管されていた苗木も洪水で流されてしまった “ 不運の茶葉 ” ……」
「こんな所で飲めるなんて……」
「まだ残っているのですか!?」
「屋敷の倉庫にあるわよ。冷害と洪水で全滅するかもしれないって聞いたセバスチャンが手に入るだけ仕入れたらしいから」
まだ冷害を受ける直前で苗木が流される前だったのもあって、商人に言えばすぐに手に入ったらしい。その直後に全滅し、貴族達はこぞってアロンティーをかき集めたそうだ。セバスチャンが情報を聞いて仕入れたのがレアの魔王戦の直後。全滅したのは丁度レアが魔王と相討ちになった数日後の事だ。アロンティーがなくなったらレアがショックを受けるだろうと予想してセバスチャンは先手を打ったらしい。相討ちになったのに配慮する辺り、レアが本当の意味で滅びたとは思っていなかったのだろう。頼りになる執事だ。
しばらくすると談話室の扉が開き、老齢の執事が入ってきた。
「失礼します。陛下の準備が整いました。こちらへどうぞ」
執事に案内されて大広間の扉の前に立つ。
「では入場していただこう!400年の時を経て帰還した賢者レア・フォン・アベラール伯爵!アルフレッド・フォン・バルバストル国王の后、アニエス・フォン・バルバストル妃!そして王国指定冒険者であり賢者レア殿のお抱え冒険者となった、剣士アルバン!剣士クロエ!魔法使いデジレ!回復魔導士ドロテ!支援魔導士アルセーヌ!」
その声と共に扉は開け放たれた。大広間には大勢の貴族達が集まっていた。本当にこんなチビが賢者なのかと胡散臭そうな視線も、伝説の賢者に会えたという恍惚とした眼差しも、平民からの成り上がり貴族に対する怒りの篭った目も、全て慣れている。その凛とした姿はまさに賢者の名にふさわしい姿だった。
そして何より『無才』のアニエスに対する視線といったらなかった。何しろ王族にしか与えられていないマントを羽織っているのだから、位の高い貴族であればあるだけ怒りさえ抱くのだろう。モーリスは苛立っていたが、アニエスは『大丈夫だから、ここで殺気を出さないで』と抑えていた。
レア達は陛下の立つステージ前で最敬礼をし、脇に控えた。
「先日レア殿は魔王討伐から帰還なさった。レア殿の復活を手助けしたのは創造神様だ。創造神様がレア殿を復活させ、400年前に何が起きてしまったのかを手紙にして残してくださた」
貴族達はザワつく。セバスチャンに見せた手紙をそのまま見せた。どうやらこの手紙は読み手によって内容が改変される様で、セバスチャンには当時の魔王が突然現れた時の状況などが書かれていたらしい。道理ですんなり納得したと思った。陛下にもその手紙は見せ、その時にもセバスチャンが読んだ内容に加え、現在の魔導具の技術衰退、『魔導具術師』に対する偏見などを嘆く内容が書かれていた。
「手紙の内容を疑う余地はなく、創造神様の御心に触れ、私は決心した。この国をより良い方向に導くために、賢者レア殿の魔導具技術を復活させようと思う」
貴族達は静かに陛下の言葉を聞く。
「この400年で『魔導具術師』は大きな被害を被った。特にアニエス后にはとてつもない非礼をしていた。400年前、当時の国王であるシプリアン国王がレア殿に頼み、弟子であるアニエス嬢を第2王子アルフレッドの正妻として迎えた。それはアルフレッド王子の強い要望であったと共に、王国にとっても大きな望みでもあった。人族であるレア殿が技術を継いでいくには限界がある。そこでエルフの中でも抜きん出て長命なハイエルフであるアニエス嬢に妃となってもらう事で、王国お抱えの魔導具師を育成する計画を立てていた。
ところが予想外の事が起きた。突然の魔王復活だ」
陛下は一呼吸置く。会場は水を打ったように静かだ。
「アニエス后が嫁いですぐの事だった。シプリアン国王は直ぐに挙兵したが間に合わなかった。魔王は滅ぼされたが、レア殿は相討ちとなり、その身も遺品のカケラさえ残さずに亡くなった。娘の様に接していた国王は酷く悲しんだというが、それ以上にショックを受けていたのが王太子でありレア殿を『第2の母』と慕っていたアレクサンドル王子だった。王子は国王や周囲の反対を押し切ってレア殿の救助に間に合わなかった騎士達を処刑し晒し首にした。それを諫めた国王を夜中に襲撃し地下牢に幽閉すると、レア殿の死でショックを受け体調を崩したと嘘を吐き退位させて己が国王となった。その権力を利用し、国中のレア殿が作った魔導具を『国が保護する』と言って回収し、その技術を持っている魔道具師達を処刑した。暴君と化したアレクサンドル国王は国中からかき集めたレア殿の魔導具に囲まれ、レア殿がアレクサンドル国王のために作った魔導剣を抱えながら、三日三晩泣き続けそして憤死した。そこまでは私が直接調べた限りでも、レア殿やアニエス后の話しとも相違はない。問題はその後だった」
陛下は側にいた執事に合図をし、古びた本を出させる。
「先日、城の宝物庫の中に保管されていた歴代国王の手記などを初めて読んだ。暴君と化したアレクサンドル王や、そんな息子の死の直後に衰弱死したシプリアン王、そして第2王子でアレクサンドル王の後を継いだアルフレッド王の手記が残っていた。アニエス后の話しによると、当時アルフレッド王が自分の死と共に時の宰相の陰謀を悟り、自分達の手記を隠滅されない様に宝物庫に隠したそうだ。その中には我々が伝え聞いていた話しとは全く違う事が書かれていた」
アレクサンドル王が結婚する弟子アニエスとその夫になるアルフレッドのためにレアに作らせた結婚指輪さえ奪い取り宝物庫の中に保管した事。そのせいもありアニエスは魔法を使えなくなり、宰相の陰謀により一人息子のアランは母を『無才』と罵る様になった事。魔法媒体は技術さえあれば、木の杖だけでなく魔金属のアクセサリーも作れる事。そして魔金属で作られた魔法媒体は余程の事がない限りは壊れる事はなく、それは魔法使い全員に言える事。そして属性に関係なく、魔導具術師は全属性魔法を行使でき、魔導具を制作する事もでき、訓練さえすればウエポンマスターになれる事。賢者レアは『魔導具術師』である事。
貴族達は信じられない様子だ。その手記が偽物なのではないかという貴族もいたが、この手記は城の宝物庫に保管されており、仮に偽物だとして400年前にそれを仕込んでおいて今までそれを出して来なかったというのは些か説明に無理があった。自分の正当性を証明するものとして作ったならもっと早く、宰相が交代した段階で公にすれば良かったのだから。
「アニエス后が今までこの手記を隠し続けたのは、信用出来る者が城の中にいなかったからだそうだ。一つの部屋に閉じ込められ、顔を合わせるのは必要最低限の使用人だけ。
レア殿が復活しなければ、この手記は未だ封印されていただろう。その事に私は情けなさを感じる。これらの手記を読んだ今、歴史で語られている話しには些か無理を感じる。少しでも歴代の王の誰かが過去の歴史に疑問を感じていれば、そしてもう少し早く私が気が付いていたら……。そう思うと、アニエス后にはどんな言葉を使って詫びても足りないだろう。それでも……」
そう言って陛下はアニエスに向き直った。
「王族を代表して、そして国を代表して謝罪する。申し訳なかった」
一国の王が頭を垂れた。会場は驚きの声が広がった。レアも流石に驚く。ここまでするのか。いや、ここまでしないと貴族達が態度を改めないのかもしれない。国王が自ら謝罪する様な案件で貴族が態度を改めないのはおかしい話だから。
「また、先ほど談話室にて城の使用人が非礼を働いたと聞く。件の使用人には相応の処罰を検討する。またこの件に関して、冒険者ギルドのギルドマスターでありレア殿の配下にいるモーリス殿の手を煩わせてしまったと聞く。客人に気を使わせてしまって申し訳ない。
またアニエス后の件で王太子であるエドモンがとてつもない非礼をした。そのため、謝罪をすると共に今夜の夜会は欠席とし、しばらく公務を取りやめ謹慎とする。公務の代行は第2王子のクリストフが行う」
隣にいた第2王子クリストフは少し微笑む。金髪で童顔。可愛らしく見えるが、アニエス曰く『頭はいいですが、心の内が読めない子です』との事。実は小さい頃からアニエスの部屋に何度か侵入してきていたそうだ。王子達は入ってはいけないと言われていたらしいが、『入ってはいけない』と言われたら入りたくなるのが世の常である。歴代の王子や国王は一度は入って来たが、クリストフは窓からよじ登って入っていたらしい。大概は剣術の訓練から逃げるために来ていたため、さながら囚われのお姫様に会いに行く騎士の様だったらしい。まあ、そのおかげでアニエスは色々な歴史を教えていたのもあって、クリストフは生き字引から多くの事を学び『神童』と呼ばれるまでになった様だ。
「時の宰相とその一味によって彼らは『無才』と呼ばれる様になり、その才能は誤解され続けていた。『魔導具術師』は決して『無才』などではない。むしろその才能は磨けば光るダイヤの原石であり、400年前の王国の繁栄を再び取り戻す力となるだろう。そのために、まずは新たにレア殿を復興大臣に任命し、この王国を第2王子クリストフと共に復興して行ってもらう事にした」
400年前、魔王が突然現れたのが原因だったのか、この王国はいくつもの自然災害に遭っていた。そのせいで多くの犠牲もあり、技術が衰退していく要因ともなった。各地で様々な技術が衰退し、400年前の美しい王国はどこに行ったのかという状態。そこでレアが復興大臣となって、第2王子と共に再び王国に繁栄をもたらそうという事になった。
……先日の会談で打診された時は全力で断りたかったが、アルバンにもクリストフ王子にも説得されてしまった。まあ、伯爵である以上は何らかの公務は引き受けないといけないから仕方がない。ゲームではただ魔導具を開発して魔獣を討伐していたら良かったから楽でよかったなぁ。
「レア殿。数々の非礼の上かなりの苦労をかける事になるが、頼めるか?」
「お任せください。400年前以上の繁栄を国王陛下にお約束いたします」
陛下に頭を下げる。引き受けた以上は徹底的にやらせてもらうとしよう。夢は大きくいかないとね!
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