国王、伯爵家を訪問する
国王が家に来る。そんな貴族がいるだろうか。いや、違うな。賢者レア以外にいないだろう。屋敷ではすでにセバスチャンが準備をしている。
馬車には王家の特別な装飾が施されている。降りてきたのはいつもの豪華絢爛な衣装ではなく、シンプルな外出着の国王だった。
「賢者殿。久しぶりだな」
「お久しぶりでございます。こちらにどうぞ」
応接室に国王を案内する。席に着くと、セバスチャンが紅茶を出してくれる。
2人の間に流れる空気が重い。しかしレアも前回の様に殺気を放ってはいない。
「まずは、賢者レア殿とアニエス后への詫びの品だ」
一緒に来ていた執事は小ぶりの宝石箱を、騎士が数人がかりで豪華な装飾の施された宝箱を2つづつ運び込む。執事からセバスチャンに宝石箱が渡される。
「それは城の宝物庫に残されていた、レア殿が魔王戦で相打ちする直前に国王お抱えの魔導具師が製作したというブローチだ。レア殿の弟子ではなかったが、その技術や製法を見聞きして製作したと伝わっている」
セバスチャンが宝石箱を開けると、そこには王国の紋章でもある黄金龍の立派な彫金を施したブローチが入っていた。龍の手には魔石の龍玉が握られている。
「魔金とミスリルとの合金で、付与は【聖結界】。呪いなどから守ってくれるものですね」
王家の人達や叙勲された人、貴族などに配られるブローチだ。技術はかなり高く、魔金やミスリル、魔石の質も良い。
「お抱えの魔導具師、という事はドワーフの魔導具師ロドリグ殿ですね」
ゲーム内では初期からいる魔導具師で、彼の作った魔導具は天下一品だという話だった。よく魔導具について語り合ったものだ。
「流石だな。アニエス后の魔力媒体であった指輪は見つからなかった。資料を調べた限り、城を出入りしている商人に売り払ったものと思われる。それに関しては大白金貨20枚として支払う事になった」
この世界の金貨は銅貨・銀貨・金貨・白金貨に分かれ、それぞれに小・中・大がある。金の単位はユーグだ。ユーグとはかつて世界にまだ金貨がなく物々交換にて交易を行なっていた時に金貨を導入した帝国の皇帝の名前だ。1ユーグが小銅貨1枚。小銅貨5枚で中銅貨1枚。小銅貨10枚、すなわち中銅貨2枚で大銅貨1枚。大銅貨5枚で小銀貨1枚。大銅貨10枚、すなわち小銀貨2枚で中銀貨1枚。中銀貨5枚で大銀貨1枚。中銀貨10枚、すなわち大銀貨2枚で小金貨1枚。小金貨5枚で中金貨1枚。小金貨10枚、すなわち中金貨2枚で大金貨1枚。大金貨10枚で小白金貨1枚。小白金貨10枚で中白金貨1枚。中白金貨10枚で大白金貨1位。つまり地球のレートで言うとこんな感じ。
小銅貨→1ユーク→1円
中銅貨→5ユーク→5円
大銅貨→10ユーク→10円
小銀貨→15ユーク→50円
中銀貨→20ユーク→100円
大銀貨→25ユーク→500円
小金貨→30ユーク→1000円
中金貨→35ユーク→5000円
大金貨→40ユーク→1万円
小白金貨→50ユーク→10万円
中白金貨→60ユーク→100万円
大白金貨→70ユーク→1000万円
日本の貨幣と殆ど同じだから分かりやすい。平民に馴染みがあるのは銅貨。ハイランクの冒険者や商人になると銀貨も手に入るし使うことも多い。金貨は貴族が買い物をする時に使うもので、白金貨は主に王族や貴族が国家間の取引などで使うものだ。ちなみに平民の平均月収が中銀貨1枚。王都なら中銀貨2枚といった所。商人も平民なので平均が上がるが、商人を除くと大銅貨4枚が相場だ。スラムの者で大体中銅貨1枚だ。平民の暮らす賃貸で1ヶ月約大銅貨1枚。税金が王都で大銅貨1枚。屋台の串焼きが1本小銅貨1枚、香辛料を使った物なら2枚だ。
つまり大白金貨20枚という事は1400ユーク、2億円という事になる。正直言って今のレートがよく分かっていないから、その金額が適正なのかどうかの判断が付かない。するとセバスチャンが答えてくれる。
「市場価格に照らし合わせても正当な金額だと思います」
「そうなんだ」
「『賢者の魔導具』ですからね。市場に出回る事はないため、このくらいの金額になるのは当然かと」
普段は『賢者の魔導具』は市場に出回る事がなく、この金額はあくまで保証するために算出した金額だそうだ。まあ良しとしよう。
「こっちの宝箱の中にはマントが入っている。王族にのみ配られるものだが、アニエス后の持っていたものをいつからか没収していたと聞く。一応、アニエス后は今でも王族の一員だ。今度からは王族の催し物に出席する事にもなるだろう。レア殿も貴族として復帰した事を考えると、夜会などにも出席するであろう。今更虫のいい話だとは分かってはいるが、受け取っては貰えぬか」
私の後ろに控えているアニエスの方に視線が行く。アニエスは私を見てコクッと頷く。
「受け取らせて頂きます。セバスチャン」
「厳重に保管させていただきます」
セバスチャンはそう言って頭を下げる。陛下はほっと息を吐く。
「さて……。次に人為的なモンスターの変異について聞きたい」
「はい。できる限りの話しはしましょう」
私は400年前の知識を陛下にお話しした。まあ、正確には地球にいた時の知識も入っているが……
モンスターの変異種を作るためには、そのモンスターの卵を手に入れる必要がある。この世界ではモンスターは全て卵から生まれる。哺乳類とか鳥類とかは一切関係ない。そしてそれ自体はさして難しい話ではない。要はブリーディングすればいいのだから。そして『錬金術』を使って変異種にするのだ。錬金術の魔法陣を使いその卵の中に宿る魔力を解析するのだ。
「卵の中に宿る魔力の解析とは?」
「そうですね……」
私は自分の魔力を手の中で制御し、その魔力を解析する。その結果をさながら液晶画面の様に宙に表示する。
「おお!これは!」
「私の魔力の解析です。本来【鑑定】とは、これを簡略化し必要な情報だけを抜き取ったものなのです」
「なるほど……」
「この情報は、言うなればその者の究極の個人情報。強いのか弱いのか。どういう思想を持ち、どの様な弱点があるのか。その者の持つ感情さえ分かる」
「感情さえも……」
「はい。我々が使用している魔法と言うのは、そういった情報を元に、神の理を究極的に使いやすくしたものであり、美しい芸術作品とも言えます。
その一方で、魔法使いにはそれだけ魔法の使用に対して強い自制も求められる。強くなる事。それは決して悪いことではありませんが、『強くなる事』が目標ではトラブルを招きかねません」
「トラブルか」
「何か目標となるものがあれば良いのでしょうが、それは常にアップデートする必要があります。達成すると、目標を失いそれもトラブルの元ですから。
……話が逸れましたが、こうした解析結果を組み替えると、変異種を作れるのです」
「組み替える?」
いわゆる遺伝子組み換えの様な感じだ。この世界ではそれを魔法で行える。
「例えば感情の情報を組み替えます。例えば『怒り』の情報を組み替える。産まれてきたモンスターから『怒り』という感情は無くなります」
「そんな事が可能なのか?」
「可能ではあります。そうする事でそのモンスターはどれほど劣悪な環境に置かれたとしても、『怒り』という感情を失っているため反抗できません。そしてそれがどれほど恐ろしい事態を招くか……」
「……どんな感情でも奪い去れるという事だな?」
「はい」
「それは『恐怖』の感情も同じか?」
「そうですね」
「そのモンスターから『怒り』と『憎しみ』以外の感情を奪い去り戦地に送り込んだとしたら……」
その場にいる騎士達はザワッとする。仲間が次々と討伐されていく中で恐怖を感じず、怒りと憎しみのみを抱えて突っ込んでくるモンスター。それがどれほど恐ろしい光景か、騎士達は戦地を知っているだけに容易に想像がついたのだろう。
「そうか。禁忌とされたのは、それが人間に行われたらという懸念があったからか……」
「陛下は理解が早くて助かります。理屈的には可能なのです。胎児の状態で魔力を読み取って組み換えればいいのですから」
「胎児でも可能なのか……」
「400年前でも人間に行えたという研究はありませんでした。しかし、モンキーでの実験には成功していましたし、モンスターで出来るのですから、不可能ではないでしょうね」
空気が重たくなる。恐怖を感じない兵士が戦争で現れたらどうなるか。考えただけで恐ろしい。
「しかし、その技術でどうやってモンスターをこちらに連れてくるのです?」
騎士の一人が聞いてくる。
「例えばスモールモンキーは、寒い所でも適応できる様に組み換えればいいのですよ」
「なるほど。ブラックボアは暖かい所でも生活出来るようにするのか」
「これはあくまでも実験でしょうね。ギルドマスターのモーリスによると、それらの魔獣が現れる様になってからだいぶん経つと聞きますから」
「犯人の目的は他にあると?」
犯人の真意は分からないが、これはあくまで実験だと思う。だとしたら真の目的とは何だろう。
「いずれにしても、近くの森でスモールモンキーかブラックボアを捕獲したいですね。犯人の目的が分かるかもしれませんし」
「ふむ。その調査は任せても良いか?」
「お任せ下さい」
アニエスの魔導具も完成したし、それの使い心地を試すためにも午後から森の中に入ろう。
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