魔獣の変異
レア達はギルドの最上階である3階にある応接間に通された。豪華に飾られた部屋は応接間の中でもおそらく最高ランクの部屋だ。きっと貴族が依頼に来た時に通される部屋なのだろう。
「こちらがギルドカードになります。主人のランクはSSになります」
「いきなり?」
「はい。むしろ主人がGランクからスタートしたら、下っ端の冒険者達の仕事がなくなってしまいますからね」
「なるほどね」
「Sクラス以上になると、王家からの依頼を受ける事もあります。アルバン達もSクラスですので、王国指定冒険者になれたのです。主人なら間違いなく王国指定冒険者ですね」
「……ならないと駄目かしら」
正直言って複雑だ。うちのアニエスを傷つけた相手なのだから。
「我が主人よ。気持ちはわかります。某とて、王国がアニエス嬢に行った所業はそんな簡単には許せるものではありません」
モーリスは両手を強く握りながら言う。モーリスにとってアニエスは大切な仲間だ。あんなぞんざいな扱いを受けていたのを知り、心中穏やかではなかった。
「しかし、今この世界はかなり危険な状態なのです」
「どう言う事?」
「主人。これを見てどう思われますか?」
モーリスは報告書を出した。読んでみると、ここ数年のモンスターは行動がおかしかった。
「随分とモンスターが増えたわね。しかも、こんな人里に近い場所で」
「はい。しかも、この増え方がまた不気味なのです」
「……400年前、突然現れた魔王……」
400年前。まだ私はゲームでこの世界と関わっていた頃。妙に人里でモンスターが現れる様になっていたのだ。珍しいわけではなかったが、少々多い気もした。セバスチャンやモーリスにも警戒する様には言ってあった。ただそれもアップデート直後であったため、モンスターの発生条件が変わったのかな、くらいに思っていた。他のプレイヤーだってそんな様な話しをしていたと記憶している。
「400年前、主人が戦った魔王が突然現れる前にも、こんなモンスターの異常な発生や異常行動が見られました。そして魔王が討伐されるのと時を同じくして、人里にモンスターが現れる事もなくなったのです」
「魔王が突然現れた時は?」
「もちろん、森のモンスターが魔王のいる方角に向かって移動を始めていました。魔王と主人が戦っている事を悟った某がすぐに森に向かいましたが、主人の元にモンスターを近寄らせないだけで精一杯でした」
むしろ助かった。ただでさえ魔王との単独戦闘なんてかなりきつかったのに、そこに雑魚とはいえモンスターが来られては面倒この上ない状況になってしまうところだった。
「鬱陶しい邪魔が入らない様にしてくれてただけでも相当助かったわ。ありがとう」
「もったいないお言葉です……!」
モーリスはレアからの感謝の言葉を噛みしめる様に受け取っている。そしてトリップしている。放っておけばそのうちに戻ってくる。私は報告書に目を通す。
400年前は生息していなかったはずのモンスターまで現れたと言う報告が上がってきている。そういえばアルバン達と出会った時も、あの森にいた記憶のないモンスターがいた。生態系が少し変わったのかと思ったが……
「400年前はどの様なモンスターがいたのですか?」
アルバンは聞く。
「そうね。あそこは王都の近くだから、そこまでランクの高いモンスターは出てこなかったわ。ホーンラビットとか、スライムとか、奥に行けばフォレストウルフはいたけど」
「スモールモンキーやブラックボアなどは……」
「いなかったわね。ブラックボアはもう少し北に行くといるんだけどね。スモールモンキーなんて最南の樹海にいるモンスターよ?この王国のど真ん中の森にいるモンスターじゃないわね」
「という事は……」
「突然変異種が入ってきちゃった『事故』。もしくは……」
「意図的に変異させたモンスターを意図的に送り込んだ『事件』。これが最も濃厚かと思います」
復活したモーリスはいう。やっぱりそうだよね。
「モンスターを意図的に変異させる……。そんな事が可能なのですか?」
「可能よ。私も出来るわ」
アルバンとクロエはゴクッと喉を鳴らす。
「そ、それは……」
「ただし、400年前でも禁忌とされてたけどね」
「つまり、『出来ない』ではなく『やらない』と……」
「意味ないからね」
ああいう研究というのは興味でやる事だ。実用を目的としてやる研究ではない。そして成果が出たとしても『じゃあそれ、何の役に立つの?』と聞かれて『さぁ?』と答える。
件の研究もその一つ。しかも使い方一つで悪用もできるタイプの危険な内容で。だからやらない。やっても意味ないからというのもあるが、いくら知識があるとしてもやらない。危険が過ぎる内容だったし。
「……話しが逸れましたが、この状況では主人が王国指定冒険者になる他ありません」
「はぁ……しょうがないか。モーリス。国王に報告書を上げておいて」
「かしこまりました」
モーリスは頭を下げた。
城では国王と大臣達が集まって会議を開いていた。冒険者ギルドからの報告書を見て、誰もが言葉を失っていた。
「……人為的なモンスターの変異、か」
「本当に可能なのですかね?」
「少なくとも400年前の知識では可能であったと。そして現在まで禁忌とされている」
「確かに法典の中に書かれております。しかし現在ではその技術は継承されておりません」
法を司る大臣は言う。法には『いかなる場合においても命を弄ぶ行為(意図的な変異など)を行う事なかれ』と書かれている。
「ふむ。賢者様は方法を知っているそうだが、興味がないためやった事もないと言う事だそうだ。……賢者様にお話しを伺わなければならないな」
「では、早速召喚命令を……」
「いや、余が行こう。馬車の準備を」
「な!いけません父上!あの女が賢者だとはまだ決まっていません!」
王太子が異議を申し立てる。
「陛下。私もそう思います。かの者は本当に賢者様なのですか?」
大臣の言葉に国王は深くうなづく。
「間違いない。あの殺気は賢者様ほどの者でなければ放てないものだった」
「アルバン達も殺気は放てるではありませんか!」
「エドモン……其方は修行が足りないぞ。アルバン達の殺気など児戯に感じるほどだったろう。あの殺気……今思い出しても背筋が凍るぞ」
エドモンはグッと詰まった。修行を積まなければ、殺気の質は分からない。王太子にとっては、アルバンの殺気もレアの殺気も『強い殺気』としか分からない。その密度や重たさ等の質に関してはかなりの経験と修行が必要なのだ。
「それに、アルバン達に施したのは呪縛紋ではない。冒険者ギルドが出来る前に主流だったお抱え冒険者用の契約紋だ。余も初めて見たがな」
「契約紋?」
誰も知らない様だ。無理もないだろう。今では使われていないものだ。
「昔は貴族がお抱えの冒険者を持っていたのだ。そんなお抱えの冒険者には、契約した貴族の家紋を刻むのだ。それが契約紋だ」
「契約に違反した時にペナルティーはあるのですか?」
「基本的には契約した貴族によって変わる。随分と重いペナルティを課す者もいたと聞く。多くは減給や謹慎。契約者に害を成した場合は、その理由によっては処刑もありえるそうだ」
「つまり魔法的なペナルティはないと」
「賢者様は呪縛紋がお嫌いだったと聞くからな。彼女が呪縛紋を刻まなかったのを見て確信した。あの状況で呪縛紋を避ける理由はないはずだからな」
誰も異論はない様だ。ただ一人、エドモンだけが何とかして国王を引き止めたいと思案している様だ。
「エドモン。其方はまだ若い。プライドなどが邪魔をして認めたくない事もあるだろう。しかし、我々は貴族の中でもこの国最大の権力を持つ王族だ。権力が大きければ大きいだけ、謙虚にならねばならない。それを忘れてはならないぞ?」
「……はい……」
「……では、馬車を用意せよ!」
「「はっ!」」
エドモンの返事を聞き、馬車の用意を改めて指示する。騎士達は部屋を出て行った。
予約投稿です。いいね、コメント、誤字脱字報告などありましたらお願いします。いいね・コメントは作者が喜びます。