エピソード8 愛の無い婚約
次話は、20時にアップします。
それから1カ月、私はアデール様とドナシエル様の手厚い看護のおかげで、少しづつ回復してきた。
「もう、体の中に病の気はありません。人に感染させる事も無いでしょう。少しづつ外に出て、体力を回復されますように」
いつも通り、私のベッドの横で診察するドナシエル宮廷魔導士様が、そう言った。
外に出れる!私の心は色めき立った。
自分から去ったはずの俗世。
しかし、病気から快復してきた今は、むしょうに恋しい。
そこに、アデール様とルーベルト王子が、扉を開けて入ってきた。
ルーベルト王子は、バツの悪そうな顔をしている。
横にいるアデール様が笑顔のまま、ルーベルト王子の腰をバンと叩く。
「シャローラ嬢、今日の午後に少し時間が出来た。気晴らしに庭のボートにでも乗らないか?」
彼は、咳払いを一つすると、そう言った。
「仕方ありませんわね。命を助けていただいた方に、いつまでもツンケンしていては貴族の娘の恥です。お付き合いいたしましょう」
私は、ここ1カ月考えていた事を伝えるべく、誘いに乗る事にした。
「気持ちいい…」
ひさしぶりに日の光を直接浴びて、私は、そう言った。
私の領地の湖とまではいかないが、少し晴れやかな気持ちになる。
美しく花の咲き乱れる後宮の庭の池に浮かぶボート。
私とルーベルト王子は、ひさしぶりにボート遊びをしている。
昔と違うのは、私は漕がずに彼だけがオールを手にしている事だ。
「これでも、どうだ?君は、これが好きだったろう」
小休止して浮かぶボートの上で、彼が取り出したバスケットの中には、私が好きな菓子店の焼き菓子が入っている。
彼が避暑に私の領地にやってくる度に、土産に持ってきてくれたものだ。
私は、いつもそれを楽しみにしていた。
昔から、こういうところは、本当に気の廻る男の子だった。
「いただきます。それでは、お返しに、これをどうぞ」
私もバスケットを取り出す。
後宮の厨房を借りて作った、簡単なサンドイッチが入っている。
「君は、料理も上手かったんだな」
ルーベルト王子は、それを口に運んで、味を褒めた。
「あら、昔も作って差し上げましたよ」
私は、そう言った。
「いや、一度も無い」
彼は、断言する。
「いいえ、一度くらいはあったはず!」
私は、それを否定する。
「いいや、無い。他の男性に作った事と混同しているんだろう。本当なら、どんなに嬉しかった事だろうな…」
彼は、目を伏せる。
「あら、そうだったからしら?おほほほ…」
私は、笑って誤魔化した。
確かに、彼が言っている事は正しい気がする。
あの頃は気恥ずかしくて、男の子に、そんな事は出来なかったと思う。
今は、このくらいの事は平気だ。
「しかし、これはよく出来ている。綺麗に切り揃えられているし、味のバランスもいい。器用で、感覚がよいのだな」
彼は、話題を変えようと、再びサンドイッチの事を褒めた。
「こんなもの、厨房のあり合わせで作ったものです。粗末で、商人上がりの娘らしいでしょう?」
私は、彼のフォロー待ちで、そう言った。
「確かに、そうだな」
彼は、そう一言だけ言った。
はぁ?ここは、そんな事はないと言って私には気品があるとフォローするところでしょう?
こんな返し方をする奴、初めて見た!
そうだ、こいつは、肝心なところが鈍いのだ。
私は、少しむくれて横を向いた。
それで、我に返った私は、この1カ月考えてきた事を彼に伝える気になった。
「ルーベルト王子。あなたの婚約を受ける事にしました。私も今は貴族の娘、庶民上がりとはいえ家の誇りを、これ以上汚すわけには参りません。覚悟を決めました」
私は真剣な顔で、覚悟を伝える。
「本当かい?シャローラ嬢」
彼は、驚いた顔で言う。
「ただし、私は、あなたを一生愛しません。修道院にいる時と何も変わりませんわ。これは、家の為にする形だけの婚約です」
私は、そう断言する。
ルーベルト王子は、一瞬暗い顔をした。
「構わない。君が側にいてくれるなら、他に望む事があろうか?」
気を取り直した彼は、私の手を取り言う。
ああ!ここにいるのが、本当に愛する男性なら、どんなによかった事か。
しかし、目の前にいるのは、私の婚約を台無しにしたルーベルト王子。
浮気をしたウイリアム公爵に未練は無いが、彼を愛する事も出来ない。
私は、男運が無い。
しかし、修道院で一生暗い生活をするよりは、この肩書きを楽しんでやろうと決めた。
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