エピソード5 肺病と後宮への誘拐
次話は、明日8時にアップします。
1年がすぎて間もなくの事だった。
私は、肺病に侵されて倒れてしまった。
人に伝染する上に、空気の綺麗なところで静養するしかない治りにくい病気だ。
ずっと気持ちが落ち込んで、ろくに食事をしていなかったのが原因かもしれない。
人が来ない廊下の奥の暗い小部屋に押し込まれた私は、小窓から差し入れられる1日2回の食事を受け取って、後はベッドに伏せるだけの毎日を送っていた。
「くそっ!病気になんて負けるものか!」
私は、トレーにのせられた、わずかなパンとスープを口に押し込む。
病気になる前は、いつ死んでも、どうでも良かった。
しかし、死ぬかもしれない病に倒れた私の中で、何故か生きようという気持ちが大きくなる。
「ふふふ、私はしぶといのよ。ルーベルト、あんたもそうなんでしょう?」
思わず、呟く。
小さな頃、山に遊びに出かけた私とルーベルトは、川で溺れかけた。
私が先に誤って川に落ちてしまったのだ。
ルーベルトが、助けようと飛び込んだのだが、彼も泳げなかった。
二人共、川に流され、知らない場所に打ち上げられた。
「ふふ、泳げもしないのに馬鹿な奴」
思い出して、ニヤニヤした。
そこから5日間、私とルーベルトは、川の水を飲み、木の実などで空腹をまぎらわせて助けを待った。
二人共、しぶとく生き残ったものだ。
助けられた後、王子を危険な目に遭わせたと父にこっぴどく叱られた。
「確かに先に川に落ちたのは私だけど、不可抗力じゃない…」
私は、呟く。
この部屋に閉じ込められてから、独り言が多くなった気がする。
「げぼっ!」
喋りながら食べたのがいけなかったのか、私は大きく咳き込んだ。
今食べた物の大半を吐き出してしまう。
それと同時に、血が口から流れる。
「わ、私も年貢の納め時かしらね…」
目が霞む。
駄目!まだ生きたい!死にたくない!
そう心の中で叫ぶが、声にならず、誰にも届かない。
「肺病に罹ったという彼女はどこだ!!」
遠くから、くそったれの懐かしい声が聞こえる。
「いけません!ここは男子禁制です!!」
それを止める同僚のシスター達の声が聞こえる。
「ガチャン!」
しばらくの間、開く事の無かった扉が開く音がした。
「シャローラ!!」
あの、くそったれの声だ。
しかし、ほとんど見えない目に映るシルエットは、私より長身の見知らぬ男だった。
あいつじゃない?
長身の男は、私を軽々と抱き上げる。
「何よ、こんな病人を誘拐するつもり?シスターに手を出したら重罪よ…」
私は、その男に精一杯の憎まれ口を言ってやった。
どうせ最後だ、好きに言わせてもらう。
「構わん。あなたを助けられるなら、どんな罰でも受けよう」
男は、そう言った。
私は、そのまま気を失ってしまった。
気がつくと、目に入ってきたのは美しい天使達の姿が描かれた知らない天井。
顔を横にすると、外には小さい庭と美しい花壇が見えた。
「シャローラ様、お気づきですか?」
ベッドに横たわる私の顔を、黒髪に白髪まじりで身なりの良い初老の女性が覗き込んでいる。
「ここは一体?」
私は、彼女に聞いた。
「わたくしは、アデール。ルーベルト王子の元乳母でございます。ここは、後宮にある、わたくしの屋敷の一つ」
彼女は、そう言った。
「アデール様!」
私は、思わず声をあげた。
元乳母のアデール様と言えば、母親のいない王子にとって母親代わりであり、今や後宮で一番権力を持っていると言われる女性だった。
彼女には、国王ですら文句が言えないという。
その気品と教養、立ち振る舞いは、貴族の娘達の憧れの的だ。
「いけません、病がうつります!」
私は、慌てて言った。
「お気になさらず。ルーベルト王子が大変迷惑をかけたそうで。私の教育不足でございます。まことに申し訳ありません。病気が癒えるまで、ゆっくりとご滞在下さい。国で最高の医療を、ご用意いたします」
彼女は、そう言って謝ってくれた。
「彼女は大丈夫でしょうか?」
扉の向こうから、ルーベルト王子の声が聞こえてきた。
「来てはならぬと言ったでしょう!すぐに下がるのですルーベルト王子!」
アーデル様が、そう言ってくれた。
ルーベルト王子が去っていく足音が聞こえる。
「さあ、安心して、お休み下さい」
彼女は、そう言った。
ゆっくりと休むことが出来そうだ。
私は、そのまま眠りに落ちた。
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