エピソード21 痴話喧嘩
私達は、暗い洞窟を進む。
洞窟の奥から、何ともいえない淫靡な香水の香りが漂ってくる。
この奥に、ダニエラとルーベルトがいるのかと思うと、心が乱される。
何とも不安な気持ちになる。
ルーベルト、どうか無事でいて!!
洞窟の奥は、広い空間になっていた。
立派な内装の部屋になっており、まるで広い屋敷の一室だ。
魔法の力なのか、昼の様に明るい。
赤とピンクで統一された部屋には、強い香水の臭いが充満する。
部屋の真ん中に置かれた大きなキングサイズベッド。
透ける天幕に囲われた、そのベッドの上にダニエラとルーベルトがいた。
虚ろな目のルーベルトを、ダニエラが後ろから抱いている。
「嫌っ!ルーベルトから離れて!!」
私は、思わず叫ぶ。
ルーベルトは、虚ろな目をしたまま動かない。
「あら、何を言っているのかしら?彼から聞いたわよ。あなた、彼を愛していないんでしょう?ならば、私と彼がどうなろうと、どうこう言う権利はないわ」
ダニエラは、そう言った。
「そ、それは…」
私は、言葉に詰まる。
「可哀想なルーベルト王子。私が代わりに幸せにしてさしあげます」
ダニエラが、嫌味ったらしく言う。
「馬鹿をおっしゃい!この方は、王子を愛しておられます。私利私欲の為に人の心を弄んでおいて、愛を語るとは、許すまじ。大人しく観念なさい!」
ミネルヴァ王女が、叫ぶ。
いや…そこまで断言されると。
私は心の中で、頼りない気持ちを、王女に詫びた。
「あなた方を返したら、私の立場が危うくなる。ここで行方不明になってもらおうかしら。さあ、彼等を始末しなさい!私のルーベルト」
ダニエラがルーベルトに命令すると、彼はレイピアを抜き、私達に向かってきた。
「兄さん、目を覚まして下さい!」
レオドール辺境伯が、叫ぶ。
ルーベルトは、次々と護衛の騎士を打ち倒してしまう。
そして、辺境伯に剣を向けた。
するどいルーベルトの剣が、レオドール辺境伯を襲う。
辺境伯も応戦するが、太刀打ち出来ない。
歴戦の勇士のはずのレオドール辺境伯を、ルーベルトが圧倒する。
ルーベルトの強さにも驚いたが、今は、そんな時ではない。
「兄弟で殺し合いなんて駄目!」
私は、ルーベルトの腰に飛びついて、止めようとする。
「ごめんなさい、私の気持ちがいい加減なせいで、こんな事に!」
私は、叫んだ。
ルーベルトが、私の方へ振り向く。
その目に少しだけ、光が戻った気がした。
「そうだ。君は、子供の頃から私が気持ちを伝えようとしても、ずっと無視してきた。それでも、どこかで、君は私の事を好きでいてくれると信じていた。しかし、少し離れたら、君は別の男と…」
ルーベルトの口から、言葉が漏れる。
「だって、しょうがないじゃない!子供の頃は、あれだったけど…。その後、あなたが私を、しっかり捕まえておいてくれなかったからよ!」
私は、反論する。
「王子の立場があったんだ!学業や武術、学ばねばならない事も多い。そんな事は無理だった。それに、あれって何だ?好きでいてくれたなら、そう言えばいいのに!」
ルーベルトが、怒り気味の口調で言う。
「だって、しょうがないじゃない!今更、恥ずかしい事を言わせるんじゃないわよ!」
私は、興奮して言った。
「それに、私はウイリアム公爵を本気で愛してたの!それを、あんたが変な真似を!」
ルーベルトに掴みかかる。
「私は、引き下がったぞ。確かに不作法だったが、私も子供の頃から君を好きで、気持ちの整理に時間がかかったんだ!それに何だ。君は昔から、私に謝らせてばかりで、自分はしょうがないの一点張り!たまには、謝ったらどうなんだ!?」
ルーベルトが、仰け反り気味の体勢で言った。
「何言ってんの?今の話で、私に謝る要素あった?いつも、あんたが無神経だから、謝る羽目になるんでしょう?」
私は、ルーベルトの体を揺さぶりながら、まくし立てた。
「ぬぬぬ、すまない…」
ルーベルトは、観念したかのように言った。
「馬鹿!すまないって言ったら何でも許されると思ってるの?一生許さないから!」
私は、ルーベルトに抱き着いて、胸に顔をうずめた。
「昔からそうだ。私は、君に一度も喧嘩で勝った事がない…」
ルーベルトは、剣を捨てて私を抱きしめた。
「そうですか…では、一生添い遂げなさい」
ミネルヴァ王女が、私とルーベルトの肩に手をおいて言った。
「そんな痴話喧嘩で、私の魔法を打ち消せるはずが!」
ダニエラが、目を赤く光らせながら向かってくる。
「黙りなさい!人の心の弱みに付け込むとは、許せません。大人しく縄につけ!」
ミネルヴァ王女の瞳が白く輝く。
王女が手をダニエラに向けると、強い光が発せられ、ダニエラが吹き飛ばされる。
ダニエラは、壁に叩きつけられて気を失った。
「兄の婚約者が、どの様な方か分かりました」
レオドール辺境伯が、笑って言った。
くぅ…穴があったら入りたい。
私は、真っ赤な顔をルーベルトの胸から離す事が出来ない。
辺境伯は、ダニエラを拘束する。
ミネルヴァ王女が、倒れた護衛の騎士達に回復魔法をかける。
何とか全員、助かったようだった。
後日、ダニエラは領地から出るのを禁止される。
実質的な幽閉だ。
この話は、一切外には漏らされず、ザッカーニ公爵家の面子は保たれた。
知っているのは、私達と、関係したウイリアム公爵だけである。
しかし、それは表向きで、ザッカーニ公爵の権威は大きく失われる。
ザッカーニ公爵は、ウイリアム公爵の借金を肩代わりした。
おかげで、ウイリアム公爵は、破産から助かったらしい。
ある日、ウイリアム公爵が、私の屋敷に礼を言いに来た。
「ありがとう、シャローラ」
彼は、一言だけ言って去っていった。
「あのまま帰らせて良かったのか?彼を愛していたのでは?」
ウイリアム公爵が帰った後、一緒にいたルーベルトが私に言った。
「残念ながら、婚約者がおりますので。私の婚約者も、あれくらい潔いとよかったんですがね」
私は、ティーカップを手に、そう言った。
「では、今からでも婚約破棄しようか?今度こそ、潔くしよう」
ルーベルトは、私が座っていたソファに一緒に座ると、そう言った。
「だから、無神経だと言うんです。女の気持ちを弄ぶような事は、言わないで下さい。あなただから仕方ないけど、どうせ私の事を諦められないでしょう?仕方ないから、一生そばにいてあげます。アデール様とも約束しましたし」
私は、彼の方を見ないで言った。
「そうだな。一生離さないから、覚悟しておいてくれ」
ルーベルトは、そう言って私に微笑みかけた。
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