エピソード12 暖かい食事
店の定休日、私は手作りの軽食をバスケットに詰め、城の近くの役所に向かっていた。
開店に色々と尽力してくれたルーベルトへの、ほんの少しの返礼のつもりだった。
愛が無い婚約者とはいえ、彼には感謝の気持ちが生まれている。
「連絡無しで行ってよかったのですか?お嬢様」
一緒についてきたメイドのアンナが、仕事中の王子の元へ、いきなり行く事に疑問を呈する。
「いいのよ、あのルーベルトですもの。どうせ、仕事は部下に任せて暇しているわ。そうじゃないと、私の店の為に、あんなに動いたり出来ないはず」
私は、王子には大した仕事はないと思っていた。
城の近くの役所に到着した私達は、ルーベルトの執務室に通される。
「お昼を一緒にどうですか、殿下」
私は、大きなデスクに沢山の書類を積んで仕事に向かっているルーベルトに声を掛ける。
「シャローラ。少し待っていてくれないか?」
彼は、そう言って私達を、執務室にあるソファに座らせた。
部屋には次々と役人達がやってきて、王子に政務の相談をする。
人がいない時も、彼はずっと書類に向き合っている。
始終忙しそうだ。
彼の仕事の仕方は、決して早くはない。
しかし、どんな事に対しても誠実に対応し、国と国民の事を考えているのが分かる。
彼の、誰に対しても優しい人柄がよくわかった。
私は、彼が暇そうにしているという認識を改めた。
「待たせたね」
彼が、私達に言う。
わずかな時間だったが、忙しい中、一緒に食事をする時間を取ってくれた。
私は、彼の為に、何かしたくなった。
「出来れば、夕食も一緒にどうかしら?私が作るわ」
彼の為だと思っていったのだが、もしかして仕事の邪魔だったかもしれない。
私は、断られるのではないかと思いながら、彼の返事を待つ。
「そんな事を言ってくれるなんて初めてだね。嬉しいよシャローラ。少し遅くなるけど、構わないかい?」
彼は、私の提案を受け入れてくえる。
とても嬉しい。
「よーし、今夜は元気の出るものを沢山作るわ!」
役所から出た私は、アンナをつれて市場へと向かう。
「お嬢様、そんなものよりも…」
アンナが、私に耳打ちする。
「そうね!それがいいわ。ありがとう、アンナ」
私は、アンナの提案を受け入れる。
その夜、なかなかルーベルトはやってこない。
「もしかして、すっぽかされたかしら?」
私は、アンナに愚痴をこぼした。
「殿下に限って、そんな事は無いでしょう。そうだとしても、連絡をよこすと思います」
アンナが、冷静に答える。
そんな事は、分かっている。
待ちくたびれて、愚痴を言っただけだ。
アンナは、昔から私の愚痴を嫌がらず聞いてくれる。
実家の屋敷では、そうではなかったが、今は私専属のメイドとして、いつも側にいてくれる。
夜半も近づいた時、ドアベルが鳴った。
アンナが、ルーベルトを招き入れる。
「すまない、遅くなった」
彼は、疲れて少し青い顔をしていた。
「あなたは昔から、すまないが口癖ね。でも、今日は謝る必要はないわ。幼馴染が、国民みんなの為に頑張っていると知って、とても誇らしいのよ」
私は、彼の上着を受け取って言った。
彼をダイニングテーブルに案内する。
アンナが、私の作ったシチューを温め直して、私達2人に取り分けてくれる。
煮込まれた野菜や肉の、良い香りが部屋に漂う。
シチューの具材には、出来るだけ消化の良いものや切り方を選び、よく煮込んである。
油分などは、極力控えてあった。
「とてもいい香りだ…」
彼は、神への祈りを済ませると、それを口に運んだ。
「なんて優しい味だ。これなら疲れていても食べられる。滋味に溢れていて、元気が出てくる感じがする」
ルーベルトの顔に、赤みが戻ってきた。
「どう、おいしい?」
私は、彼の様子を伺いながら聞いた。
「とても、おいしいよ。君の気遣いが感じられて嬉しい」
彼は、私に微笑みかけた。
子供の頃に見た、彼の笑顔を久しぶりに見た気がする。
私は、心の中でアンナに感謝した。
昔、まったく同じものをウイリアム公爵にも出した事がある。
公爵も褒めてくれた。
それを思い出すと、私は少し罪悪感を覚えた。
あの頃の私は、公爵と結婚するつもりだった。
今は、二度と会うつもりのなかったルーベルトが、目の前にいる。
まだ、心の中を整理する事は出来なかった。
ただ、今はルーベルトに感謝するだけ。
食事を終えたルーベルトが帰るのを、私とアンナは見送った。
「泊めて差し上げればよかったのに」
アンナが、私の横で言う。
「そんなの駄目に決まってるでしょ!」
私は、それを否定する。
「あらあら、相変わらず素直じゃありませんわね」
アンナは、やれやれという顔をした。
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