第8話 帝国では皇帝ってのは操り人形であるべきだ!
皇帝の間でアーティスがボルツに話しかける。
「なぁ、ボルツ」
「なんでしょう?」
「たまにこういう国があるだろ。一番偉いのは国王なんだけど実権を握っているのはナンバー2の宰相や大臣だったりする」
「ありますな」
ここまでは比較的まともな政治談議だった。
「俺もそれをやりたい!」
「は?」
いきなり大きく道を逸れた。
「“宰相の操り人形にすぎない皇帝”ってのをやってみたいんだよ!」
「傀儡になるのを自分から志願する人初めて見ましたよ……」
主君の思考を理解できず、ボルツは目を細める。
「私も操り人形になったアーティス様を見たいです!」
なぜかレイラも乗り気である。
「だろ? 操られるってのはあれでなかなか面白そうだ」
アーティスはマリオネット人形のようなジェスチャーをする。
「というわけでボルツ、今日からしばらくお前に全権を与える。好きなように振舞え」
「はぁ」
「お前の言う事はなんでも聞いてやる!」
「何でも……ですね?」
ボルツはニヤリと笑った。
アーティスは「う、うん」と答えつつ、自分のしでかしたことを一瞬後悔した。
***
翌朝、アーティスがベッドで目を覚ます。窓から差す朝日が眩しい。そのまま布団にくるまり、もうひと眠りしようとする。
宰相ボルツが起こしにくる。
「さあ、起きて下さい!」
「なんでお前が起こしに来るんだよ!? 普通こういうのは使用人が……」
「使用人に起こされても、あなたはなかなか起きないでしょう」
「もう少し寝かせてくれよ~。昨日は結構政務頑張ったじゃん」
「ダメです! あなた言いましたよね、何でも言う事を聞くんでしょう!?」
「わ、分かったよ」
ボルツの剣幕に押され、アーティスは起き上がるしかなかった。
***
城内の食堂で朝食を食べる。
「おいしいですね~!」
宮廷料理人渾身の朝食をモリモリ食べるレイラ。パンにかじりつき、おいしそうに咀嚼している。
「……」
一方、あまり食欲がないアーティス。まだ眠気が残っているためだ。
スプーンでスープをすくうが、口に運ぶまでに至らない。
「レイラ、俺の分も食べる?」
「いいんですか!?」
満面の笑みで身を乗り出すレイラ。
「ダメです!」
ボルツがそれを止める。
「なんでだよ」
「朝食はしっかり取らないといけませんよ。皇帝というのは激務ですからな。エネルギー補給しないと身が持ちませぬ」
「くそっ……」
スープをすすり、パンをかじり始めるアーティス。一度食べ始めるとやはり味はよく、胃も刺激されたのか、瞬く間に全て食べてしまった。
「ああ、私の朝食が……」少し残念そうにするレイラだった。
***
ボルツがアーティスを呼ぶ。
「政務を始めますよ。会議室に来て下さい」
「こんないい天気だぞ? 今日はいいんじゃないか?」
「ダメです! 今は私の操り人形なんですから、ちゃんと来てもらいますよ!」
「分かったよ……」
会議室にて、重臣たちが帝国の行く末、施策について話し合う。
ああでもない、こうでもない、と主張のぶつかり合いが続く。言い争いは次第に冷静さを欠いたものになっていく。
ボルツがアーティスを見る。
「議論が白熱して、だいぶ議題が脱線していますね。ここは陛下がビシッと決めて下さい」
「俺が……?」
「操り人形なんでしょう?」
「みんな、議題を脱線しすぎているぞ! 本筋に戻そう、本筋に!」
アーティスに叱られ、かしこまる重臣たち。
その一喝のおかげで、その後の会議は引き締まったものとなった。
なんだかんだ皇帝としてのオーラは持っている男である。ボルツもこの様子を満足げに眺めていた。
***
「おいっちに! おいっちに!」
城のエントランス付近で体操をするレイラ。柔らかい腕や腰をほぐすように曲げている。
「ったく聖女だってのに元気だな」
「はいっ! 私、世界一元気な聖女を目指してますから!」
「そうか、頑張れよ」
レイラはさらに運動を続ける。
「あ、そうだ。私これからお城の周囲をジョギングするんですけど、アーティス様も一緒にやりません?」
アーティスは手を振って断る。
「やらないやらない。俺は会議で疲れてるから、一人で走ってきてくれ」
そこへ突然現れるボルツ。
「陛下」
「な、なんだよ」
「レイラ殿と運動なさってください」
「えええ!? な、なんで……」
「陛下は多少体を鍛えた方がいいですからな」
「おいおい、皇帝が体を鍛える必要なんて……」
「あなた冒険者でしたよね? この間登録しましたよね? 冒険者って体を鍛えますよね?」
「うぐ!」
図星を突かれる。冒険者になりたいと言い出したのは他ならぬ自分である。
「そもそも今は私の操り人形だったはずでは?」
「そ、そうでした」
アーティスもジョギングに付き合うことになり、レイラも嬉しそうな顔をする。
「さあ、行きますよ!」
「ゆっくりね! ゆっくり……。横腹が痛くなるから……」
並んで城の周辺を走る二人に、微笑むボルツであった。
***
しばらくすると、アーティスの評判はすっかり上がっていた。
規則正しい生活をし、真っ当に政務をこなし、運動にも興じる。誰もが認める理想の皇帝像がそこにあった。
しかし――
「思ってたのと違う!」
「はぁ」
評判が上がったのにアーティスは不機嫌である。玉座に座りながらむくれている。
「せっかく皇帝としての権限をくれてやったのに、なにやってんだよ!」
「なにって……宰相の仕事ですが」
「もっとこう……圧政するとかしろよ! せっかく権限あるんだから!」
「圧政なんかしたくありませんよ。これからもこのまま行こうと思います。私に権限がある限りね」
ニヤリと笑うボルツ。
「うぐぐぐ……もういい、戻す! 元通りにしよう!」
「それがよろしいですな」
こうしてアーティスはボルツの操り人形をやめた。
せっかく上がった評判も元通りになることだろう。
ブツブツ言いながら退室するアーティスの背中に、ボルツは独りごちた。
「私が圧政するのは、陛下に対してだけで十分ですよ」