第7話 皇帝たる者、冒険者も体験しておかねば!
玉座に座り、いつになく熱心に新聞を読む皇帝アーティス。真剣な眼差しでとある記事を読み込んでいる。
「ほう、冒険者パーティーがレッドドラゴンを討伐か……」
「すごいですよね~」
聖女レイラも話に加わる。
「教会に冒険者はよく来てたのか?」
「たまに来ますよ。お祈りだったり、治療目的だったり……」
こんな話を聞いてはアーティスの冒険心がムズムズしてくる。行動を起こさずにはいられなくなる。
そして――
「ボルツ!」
「なんでしょう?」
ボルツは心底嫌そうな顔で応じる。
「皇帝たる者、冒険者の経験をしておくべきだと思うのだ」
「なんでですか」
「冒険者は命がけの仕事だ。上に立つ者はそれがどういうものかを知らなければならないだろ!」
「理屈は立派ですが、ようは冒険者をやってみたくなっただけでしょう?」
「正解だ!」
アーティスはいさぎよかった。
「じゃあレイラ、一緒にギルドに行こう」
「はい!」
拳を握り締め、レイラもはりきる。
「もちろんお前もな」
「なんでですか!?」
当然のように誘われ、ボルツは拒否する。
「宰相だって冒険者の経験ぐらいしておいたほうがいい」
「絶対しなくていいと思いますけど……」
ボルツの抗議も空しく、三人で冒険者ギルドを訪ねることになった。
***
帝都の冒険者ギルドにやってきた一行。
皇帝がやってくるということで、受付が丁重にお迎えする。
「皇帝陛下! 今日はいったいどんなご用件で……」
「うむ、冒険者になりたくてな」
「なりたいんですか!?」
てっきり視察かなにかだと思っていた受付は虚を突かれたようだ。
「俺と他二人の名前を登録してくれるか」
「かしこまりました……」
かくしてアーティス、ボルツ、レイラは冒険者になってしまった。
「ちなみに冒険者はランクがあるんだよな? 皇帝である俺は、当然特別待遇になると思うが……」
「ええと、最初はどんな方もEランクとなりますが……」
「この俺がEランクだとォ!?」
睨みつけるアーティス。受付は青ざめる。
「いいじゃないか! 皇帝は『emperor』だしな! Eランク最高!」
「すごいです、アーティス様!」
レイラにおだてられ、アーティスが笑みを浮かべる。
単純な人でよかった、とボルツは安堵する。
「よし、なにか依頼はないか?」
「Eランク任務ですと、こんなのがあります」
「どんなのだ?」
「ゴブリン討伐です。旅人からお金をせびるゴブリン集団を討伐して欲しいという……」
「お金をせびるゴブリン……ずいぶんささやかな内容だな」
「なにしろEランクですので……」
報酬も安く、難度も低い仕事ではある。が、アーティスにとっては初任務となる。
正式に依頼を受けた冒険者皇帝アーティスは、気合を込めて叫ぶ。
「よっしゃ行くか! 初めての冒険だ!」
ノリノリで応じるレイラ、しぶしぶ応じるボルツであった。
***
帝都から少し出て、ゴブリンが頻繁に出没するという道路にやってきた。舗装はされているが、辺りには木や茂みが多い。
「ゴブリンが現れるというのはこのあたりだな。この国宝『メギドアソード』でぶった斬ってやる!」
国宝を持ち出して自信満々のアーティス、興奮と緊張丸出しのレイラ、何で私が……という気持ちを全く隠していないボルツ。
すると――
「お前ら、旅人だな。ここを通りたきゃ通行料を置いていきな」
数匹のゴブリンが出てきた。尖った耳を持ち人間より小さいが、筋肉質でそこらの旅人では歯が立つ存在ではない。
「俺か? 旅人というより……皇帝だな」
「皇帝がこんなところを徒歩でうろついてるわけねえだろ!」
「つまらん常識にとらわれおって……所詮はゴブリンだな」
「なにい!?」
“ゴブリンの方が常識を持ち合わせている”という事実にボルツはため息をつく。
「とにかくお前ら通行人に迷惑かけてるらしいな。今日からやめろ。でないと、俺たちが討伐するぞ」
「やめるわけねえだろ。俺らみたいな魔物でも、金があれば何かと便利だからな」
「残念だ。ならば討伐するしかないな、行くぞレイラ!」
「はいっ!」
戦闘が始まった。
アーティスが剣を構える。
皇帝にしか所持が許されない、豪華な装飾が施された国宝『メギドアソード』にゴブリンたちもたじろぐ。
「な、なんだありゃ!?」
「我が帝国の国宝・メギドアソードだ。かつてこの世界と魔界が繋がってた時に大活躍したとかなんとか……なんてうさん臭い伝説も残ってる。むろん切れ味も抜群で、料理長に貸してみたらカボチャもあっさり切れて驚いていた」
「貸したんですか!?」ボルツも驚く。
いずれにせよ、世界最強クラスの名剣であることに疑いはない。
そんな剣を振り回すアーティス。
しかし、当たらない。
「どうだ、いかなる名剣も当たらなければまるで意味がないということだ!」
堂々と叫ぶアーティスに、ボルツは「それ剣を避けてる方の台詞ですよね」と指摘する。
「おどかしやがって……痛い目にあえや!」
棍棒を振りかざすゴブリン。アーティス危うし。
しかし――
「せいっ!」
「ぶげえっ!?」
レイラの拳での一撃がゴブリンを打ち倒す。
「おおっ、さすが聖女!」アーティスが褒め称える。
「聖女は普通、拳で戦いません」とボルツ。
「まだまだいきますよ!」
アーティスの剣をかわしたゴブリンを、レイラが拳で仕留めるという奇妙なコンビネーションでゴブリンを倒していく。
「男はともかくあの銀髪の女……強いぞ! あのオヤジを狙え!」
ボルツが狙われる。
アーティスが「危ないボルツ!」と叫ぶ。
ボルツは呪文を唱える。
「火炎魔法!」
炎の塊が勢いよく飛んでいき、ゴブリンたちを蹴散らす。
「え!?」驚くアーティス。「ボルツ、お前魔法を使えたのか……」
「そりゃあ伊達に長く生きてませんよ。それに魔力というのは精神を集中するとよく練り込めるんです」
「どういうことだ?」
「つまりですね。陛下の奇行に付き合い、私のストレスが増すたび、魔法の威力も上がるというわけですな。この力、いつか陛下に叩き込んでみたいものです」
冗談とも本気とも取れるボルツの言葉にアーティスは冷や汗を流す。
「今度からボルツの扱いに気をつけよう……」とつぶやく。
「すごいです、宰相様!」のんきに喜ぶレイラ。
拳で戦う聖女と魔法を操る宰相の迫力に、ゴブリンたちが攻めあぐねる。
そこへ――
「下がりなさい。私の出番のようですね」
「ゴブラスさん……!」
現れたのは眼鏡をかけたゴブリンだった。醸し出す貫禄と周囲の反応から、このゴブリンがリーダーで間違いなさそうだ。
「初めまして、ゴブラスと申します」
「俺はアーティスと申します」
丁寧な挨拶に、つい丁寧に返してしまう。
「お前がゴブリンの長だな?」
「その通りです」
「なぜ、旅人から金をせびる?」
「我々ゴブリン……というより魔物は人間から常々見下されています。その意趣返しといったところでしょうか」
「そんな八つ当たりみたいな理由で人々を困らせるとは……困った奴らだ。勝負だ!」
剣を構えるアーティス。
「いいでしょう」
棍棒を構えるゴブラス。
「陛下、お待ち下さい! レイラ殿に任せた方が……」
「黙れ! あっちはリーダーが出てきてるんだ。こっちも皇帝が出るべきだろう」
ボルツを制すアーティス。
こうなってしまってはもはやアーティスを止めることはできない。
「行くぞ……ゴブラスとやら」
「ふふふ、その気迫、私と五分五分のようですね」
「てやぁぁぁぁぁっ!」
アーティスの攻撃。もちろん当たらない。
「もらいました!」
ゴブラスの攻撃。アーティスはこれをかわす。
「やるな……」
「あなたこそ……」
今の攻防だけでボルツはすぐに分かった。
どっちも弱い、と――
「ゴブラス! お前を俺の好敵手と認定する!」
「アーティスさん、私もあなたを五分五分の相手と認めましょう!」
二人の死闘が続く。
死闘といってもレベルは低いが、両者とにかく必死だった。
その必死さは両陣営にも伝わり、レイラやゴブリンたちの応援にも熱が入る。
「アーティス様、いけーっ!」
「ゴブラスさん、頑張れー!」
「陛下、もっと相手をよく見て! ほら、腰が引けてる! チャンスですよ!」
「勝てますよ、ゴブラスさん! 皇帝は疲れてる!」
なかなか勝負はつかず、アーティスは不敵な笑みで剣を地面に捨てる。
「男同士の決闘にこんなもの不要だ」
「面白い方ですね。ならば私も」ゴブラスも棍棒を捨てる。
「国宝ォォォォォ!!!」叫ぶボルツ。
死闘は殴り合いに移った。
「いたっ! このゴブリン野郎!」
「くうっ! 私と五分五分に殴り合えるとは……」
レベルは低いが、とにかく両者とも気迫が凄まじいので、ボルツもレイラも、手下のゴブリンたちも息を飲んだ。いつの間にか観戦に熱中している。二人とも上に立つ者としての資質は備わっているのだろう。
結局、勝負はつかなかった。
「へへ……強いな、ゴブリン……いや、ゴブラス」
「あなたこそ……私と五分五分とは……」
アーティスは口元を拭いながら笑った。
「なぁ、ゴブラス。今の俺が魔物を“見下してる”ように見えるか?」
「!」
ゴブリンの長ゴブラスはハッとする。
アーティスの表情は魔物を恐れたり見下したりするそれではなく、対等の相手を見つめる男の顔だった。
「……見えませんね」
「だろう?」
アーティスとゴブラスは握手を交わす。
「またやろうぜ。俺とお前で……五分五分の戦いを」
「はい!」
殴り合いでずれた眼鏡をクイッと上げるゴブラス。
「ああ、そうそう。私はこれでも魔物に顔がきくのです。竜の皇帝とも知り合いだったりします」
「マジかよ」
「ですから……このあたりの魔物には人間に悪さをしないよう、言い含めておきましょう」
「おお、助かる! これで旅人も安心してここらを歩けるだろう」
ゴブラスは意外な人脈の持ち主だった。
アーティスはゴブラスに礼を言うと、レイラとボルツに振り返り、「帰るぞ」と促す。
「いいファイトでしたよ、アーティス様!」
「いやー……ゴブリンと和解するとは、あなたは相変わらず不思議な人ですね」
これ以後、帝都付近の魔物は大人しくなり、人間に危害を加えるケースがぐっと減ったという。
それが皇帝アーティスの奮戦のおかげだと知る者はほとんどいない。