第6話 皇帝は帝都図書館で勉強ぐらいしないとな!
城内にて、レイラが口内炎を患った使用人を治療している。手から発せられる淡い光が炎症を消し去る。
「もう大丈夫ですよ!」
「ありがとうございます……!」
「口内炎を防ぐには、口の中を噛まないようにしたり、あとは栄養バランスの整った食事を心がけて下さい」
「はい、聖女様!」
アーティスが後ろから話しかける。ボルツも伴っている。
「レイラ、よく勉強してるんだな」
「ええ、聖女として、必要なことは本を読んだりして学んでいます」
「いい心がけだ」
レイラの勤勉ぶりに感心し、アーティスはあることを思いつく。
「そうだ、久しぶりに図書館に行ってみるか」
「図書館?」
「この帝都には『帝都図書館』という大図書館があってな。今日はそこで帝王学を学ぶのも悪くない!」
「帝王学! かっこいい響きですね!」
「だろう?」
「ところでアーティス様、帝王学ってどのような学問なのですか?」
「……」
この質問には答えられない。ボルツは笑いそうになる。
「ってわけでお前も来い、ボルツ」
「私もですか!?」
「宰相の仕事は皇帝と聖女の世話だろ」
「絶対違いますって! 図書館ぐらい、お二人だけで行けばいいでしょう!」
「いいのか? 俺たち二人を放っておいたら、図書館で何するか分からないぞ?」
「分かりませんよ? 宰相様」
「分かりましたよ! 私もお付き合いいたします!」
皇帝と聖女のニヤニヤしながらの脅しに屈服する宰相。確かにこの二人を野放しにはできない。
三人は城を出て、さっそく帝都図書館に向かった。
***
帝都図書館。帝国城に負けないほど荘厳な作りの歴史ある図書館である。
蔵書量は大陸一ともいわれており、日頃から大勢の市民に利用されている。
そして今日は皇帝と聖女と宰相が訪れることとなった。
「わぁっ、大きいですね~!」
「図書館には来たことないのか、レイラ」
「はい、私の村にあったのは図書室という規模のものでした」
「じゃあ、今日は存分に図書館を楽しんでくれ」
「はいっ!」
二人のやり取りを温かく見守るボルツだが、「きっとよくないことが起こる」という予感も抱いていた。
……
アーティスが椅子に座り本を読んでいる。
政治学の本を読んでいたボルツが話しかける。
「おや? なにを読んで……」ボルツが気づく。「漫画じゃないですか」
「ああ、漫画だ」
「帝王学はどうしたんです?」
「また今度」
「また今度じゃないですよ! 皇帝なんだからちゃんと勉強しないと!」
「たまには息抜きも必要かと……」
「あなたはいつも息抜きしてるじゃないですか! 息抜きだらけの人生ですよ!」
「んなことないぞ! 俺だって息を吸ったり吐いたりしてる!」
アーティスとボルツの小競り合いに、眼鏡をかけた女性司書が介入する。
「司書のフローラと申します。ここは図書館ですよ、お静かに」
「すみません……」
皇帝と宰相が声を揃えて謝る。帝国で最も偉い人間とその側近である二人だが、ここではただの利用客に過ぎない。
「陛下のせいですよ!」
「うぐぐ……」
一方その頃、レイラは『メギドア帝国・武術の歴史』を読み終えていた。
「あー、面白かった!」
……
今度は三人で小説を読む。
三人とも無言で、熱心に文字を追っている。
ボルツがアーティスに話しかける。
「陛下は何を読んでるんです?」
「革命家が悪の皇帝を倒す話だ」
「……」
アーティスがレイラに問いかける。
「レイラは何を読んでるんだ?」
「人々を闇に導く悪しき聖女をやっつける話です」
「……」
レイラがボルツに問う。
「宰相様はどんな小説を?」
「王国を乗っ取ろうとする宰相を打ち倒す物語です」
「……」
それぞれがまるで自分が悪役になったような小説を読んでいる。
三人とも沈黙してしまった。
みんな今の自分の職業や立場に不満があるのだろうか、と微妙な空気が流れるのだった。
……
図書館内が騒がしくなる。
学生グループが一角を占領し、ガヤガヤと雑談を交わしているのだ。内容も決して知的ではなく、顔をしかめたくなるような下品な話題も飛び交っている。
帝国には学校制度もあり、富裕層の子女は明日の高官や学者を夢見て勉学に励む。しかし、中にはマナーがなっていない学生も少なくはない。
アーティスも不快感を示す。
「なんだあいつらは?」
女司書のフローラが説明する。
「帝都の学生達です。いつも騒いでいて……いくら注意しても聞かないんです」
「よし、皇帝に任せろ!」
「行動が早い!」呆れるボルツ。
トラブル大好き人間なアーティスはすぐさま軽い腰を上げる。
学生グループに歩み寄る。
「おい、君たちもっと静かにしたまえ」
「誰だよあんた?」
「俺はメギドア帝国皇帝アーティス・メイギスだ」
これを聞いて学生たちは笑う。
「アハハハッ、皇帝陛下がこんなところで本読んでるわけないだろ。もっとマシな嘘つけよ」
「嘘なんかついてないぞ!」
「仮に皇帝だったら、もっとやることあるんじゃないの? 内政に外交、図書館で油売ってる暇なんかないでしょ」
「うぐ……」
「分かったらとっとと帰れよ」
「はい……すみませんでした」
あっさり引き下がるアーティス。
「さすが学生だな……凄まじい理論武装だった」
「ものすごい議論を交わしたみたいな言い方しないで下さい」
しかし、今回ばかりはボルツも怒っていた。眉を吊り上げている。
「とはいえあの学生たちはなっていませんな。図書館で騒いで、注意されれば屁理屈をこね、陛下にも無礼な態度……」
ボルツが席から立ち上がる。
「私は学校で講演したことがありますから、彼らも私の顔は知ってるはず。今度は私が行ってきますよ」
「ちょっと待て。皇帝が宰相に尻拭いしてもらうのはあまりにも情けない」
「もう十分情けないですって」
「いや、まだ情けなさLV10といったところだが、尻拭いされるとLV15ぐらいに……」
揉める二人に、レイラが割り込んでくる。
「お二人とも!」
「ん?」
「アーティス様や宰相様が権力で彼らを黙らせてもあまり意味がないと思うんです。彼ら自身に“静かにすること”の大切さを教えなければ!」
「一理あるな」とアーティス。
「聖女らしい発想ですな」ボルツも唸る。
「というわけで、こういうのはどうです?」
レイラが自分の立てた作戦を耳打ちする。
彼女のアイディアを聞いたボルツは「全然聖女の発想じゃない……」とつぶやいた。
……
騒いでいた学生グループの一人が目撃する。
「なんだあいつら?」
そこにはソファで寝そべってだらけきったアーティスとレイラがいた。
寝ながら本を読み、スナック菓子を食べている。
「ギャハハハ、この本面白いな!」
「ええ、最高です! 面白くてお腹が痛いです~!」
音量も大きい。話している内容も極めて幼稚である。
「ひどい連中だな……」
「うるせえ……」
「女の方はあんな清楚そうなのに……」
マナー違反をしていた学生たちもさすがに引いてしまう。
狼狽する学生らの元に、ボルツがやってくる。
「見なさい」
「あ、あなたはボルツ宰相!?」
一斉に姿勢を正す学生たち。突然の宰相の降臨に、皆が冷や汗を流している。
「あの二人は皇帝アーティスと聖女レイラだ。どうだ、実にみっともないだろう」
「え、いや、その……」
学生らは言葉を出せない。
「君たちもこの図書館で騒がしくしていると、いずれああなってしまうかもしれんぞ。それでもいいのかね?」
「うう……」
学生達がもう一度アーティスらを見る。
常識を越えたやかましさと度を越えたくつろぎ方に「ああはなりたくない」と思ってしまう。
「す、すみませんでしたぁ!」
自分たちがやってきたことを自覚し、去っていく学生達。
アーティスとレイラがハイタッチを決める。
「やったな! イェーイ!」
「やりましたね!」
「お二人とも、見事なマナー違反っぷりでしたよ。とても皇帝と聖女には見えませんでしたな」
ボルツが褒めてるのか貶してるのか分からない褒め方をする。
「これでもう奴らも図書館で騒がしくはしないだろう」
「本当に……ありがとうございました!」
手段はともかく長年の悩みの種が解決したので、フローラも笑顔を浮かべる。
「せっかくだし、本を何冊か借りてくか」
「そうですね!」
レイラとともに漫画を何冊も借りようとするアーティスに、ボルツが指摘する。
「あの……帝王学は?」
「また今度」