第5話 皇帝は処刑器具を作らねばならん!
皇帝の間で、アーティスが思い立った。
「皇帝といえば……処刑だよな」
「え」
またかよ……という表情のボルツ。
「皇帝の権威を示すために、市民を処刑するのだ。しかも、今までにない処刑法でなぁ!」
発作的かつ意味不明な暴君ぶりに頭を抱えるボルツ。
そこへ、先日から城勤めになった聖女レイラがやってくる。
「アーティス様!」
これはさすがに聖女が諫めてくれそうだ、とボルツは期待する。
「皇帝といえば処刑なのですか?」
「そうだ、処刑だ」
雲行きが怪しくなってきた。
「では私も聖女として、処刑のお手伝いをします! 何事も経験ですから!」
「心強いぞ、レイラ!」
「えええええ!?」
ボルツは呆れつつも、こうなったアーティスは止められないし、まぁ悪い結果にはなるまいと傍観することに決めた。
「ではさっそく処刑器具を作るぞ!」
「はいっ!」
皇帝と聖女が初めて行う共同作業は“処刑器具の作成”に決まった。
……
アーティスとレイラは二人で設計図を引き、木材を集め、オリジナル処刑器具の制作を始めた。
しかし、皇帝と聖女、二人とも大工仕事があまり上手くなかった。
趣味で棚や机を自作したりする一面もあるボルツは見てられなくなる。
「二人とも金槌の使い方がなってません! 手伝いますよ!」
「おお、ありがとうボルツ」
「助かります!」
「いいですか、釘はこうやって打つんです! あまり力は入れずまっすぐと……」
ボルツの鮮やかな手並みに、二人は感心してしまう。
ボルツに叱られ、慰められ、導かれ、大工仕事は進む。
やがて、アーティスの設計図通りの処刑器具が完成した。巨大な木材の骨組みが鎮座している。
「できた……!」
感激するアーティス。
「設計図通りに作りましたが、どういう仕組みなのです?」ボルツが尋ねる。
「まず、このボタンを押すだろ」
すると、処刑器具がガタンゴトンと動き出す。
満足げなアーティス。目を輝かせるレイラ。変なもの作っちゃったなぁという顔のボルツ。
やたら回りくどい挙動をした後、最後に石が落下した。
「この石で、罪人が処刑されるという仕組みだ」
「石を落として、罪人を地獄に落とすわけですね! すごいです!」
「すごいだろ!」
皇帝と聖女の会話じゃない、とボルツは呆れる。
「さっそくテストしたいのだが……ボルツ、お前チャレンジしてみないか」
「嫌ですよ。ご自分でやられたらいかがですか」
「そうだな、やってみるか」
「えっ」
アーティスは自分で処刑器具を試すことにした。
作動ボタンを押し、石の落下地点に寝転がる。
すかさずボルツが叫ぶ。
「危ないですよ!」
「なぁに、実験だから大丈夫だろ」
「いやいや、処刑器具だから死にますって! 実験だから死なないなんてことありませんよ!」
「あっ」
それに気づいたアーティスはあわてて逃げようとする。
「ヤバイ……! 腰が抜けて……!」
「せいっ!」
レイラがアーティスの体を引っ張る。
アーティスの顔面があった地点に直径30センチほどの石が落ちた。
もし、アーティスがそのままだったら、前代未聞「自分で作った処刑器具で自分を処刑する皇帝」になっていただろう。
「あっぶねえ……」冷や汗を流すアーティス。
「すごい勇気でした、アーティス様!」レイラは拍手する。
「こういうのは勇気じゃなくて、狂気っていうんですよ」ボルツは首を振る。
九死に一生を得たアーティスは、近くにあった手鏡を覗き見る。
「せっかくだし、死にかけたばかりの俺の顔を見ておこう」
「また妙なことを……」
「それとボルツよ、この処刑器具を使いたいから、誰か罪人を連れてこい! なるべく重罪の奴な!」
「ははっ……」
しぶしぶ命令に従うボルツであった。
***
まもなく、帝都にある牢獄から死刑囚が連れてこられた。
手枷をつけられ、囚人服を着た若い男である。
アーティスがボルツに尋ねる。
「この男はどんな罪を犯したのだ?」
「家屋への放火と聞いております。死者は出ておりませんが、何人も火傷を負ったとか」
「放火か……火災が広がれば町が一つなくなることだってある。死刑もやむを得ないな」
すると、若い死刑囚は――
「待ってくれ! 俺はやってない! やってないんだ!」
「何をいう。死刑判決がもう出ているではないか」
ボルツは訴えを退ける。実際、この手の叫びを聞いていてはきりがない。
「よし、この死刑囚をあの石の下に寝かせろ」
アーティスの指示で、死刑囚がただちに寝かされる。
「あとはこのボタンを押せば、お前の上に石が落ちてくる」
「待ってくれ! 頼むぅ! 俺は何もしてない! してないんだぁ!」
さらにわめく死刑囚。唾を飛ばす勢いである。
あまりに悲壮な光景にレイラも沈痛な面持ちになる。
「アーティス様、この方のお話も聞いてあげるべきでは……」
「話を聞く必要などない」
アーティスが冷酷に言い放つ。レイラもその迫力に押し黙ってしまう。
「ただし、顔を見てやるぐらいはいいか」
アーティスが死刑囚の顔を覗き込む。凄まじい集中力で凝視する。視線だけで死刑囚を処刑できてしまいそうな迫力だった。
「本当にやってないのか?」
「や、やってない……やってないんだぁっ!」
「……」
なにやら考え込むアーティス。やがて、その場にいた全員に命じた。
「よし、処刑は中止だ」
アーティス以外の全員が驚いた。
「それからこの事件を再調査しろ。ただし事件が起きた地域の奴にじゃなく、帝都直属の調査員を派遣してな」
「なぜそのようなことを……我が国の裁判は正当なものです!」
「そう……“裁判”はそうだろうさ」
「おっしゃる意味が……」
「いいから早くしろ! 証拠を隠滅されたら面倒だ!」
「分かりました!」
いつになく真剣なアーティスに、ボルツもまた素直に従った。大至急、再調査チームが編成され、事件のあった地域へと向かった。
***
結論から言うと、死刑囚は冤罪だった。
放火の真犯人は事件が起きた地方を治める領主の息子であり、領主は地方の捜査員たちを買収し、地域ぐるみで「偽の犯人」をでっち上げたのだ。裁判では捏造された証拠や証人が採用されたので、そのまま死刑判決が下されてしまった。アーティスが「裁判は正当」と言ったのはそういう意味であった。
犯行の原因は「振られた腹いせ」という極めて身勝手かつ悪質なものだった。
真犯人はすみやかに逮捕され、放火犯でっち上げに絡んだ領主を始めとする関係者も厳しい処分が下されることとなる。
死刑囚はもちろん即座に釈放され、アーティスに深く感謝していた。
ボルツが感心する。
「いやー、よく事件の真相が分かりましたな」
レイラも褒め称える。
「アーティス様は名探偵ですね!」
『皇帝探偵』という肩書も悪くないな、と妄想しつつアーティスは種明かしを始める。
「俺は自分の処刑器具で死にかけて、自分の顔を見ただろ? あれで、なんとなく死ぬ寸前の顔っていうのがどんなもんか分かったんだよ。それで、あの死刑囚の顔を見たら、とても『悪あがきする放火犯』には見えなくてさ……」
「ほとんど勘じゃないですか!」目を見開くボルツ。
「いいじゃないか、濡れ衣を着せられた死刑囚を一人助けられたんだから」
「そうです、結果オーライです!」
「まあいいですけどね」
喜び合う二人を見て、ボルツも今回は納得する。
勘だろうとなんだろうと、アーティスが人一人の命を救ったのは事実である。
「ところで陛下、作った処刑器具はどうしますか? 今後も運用しますか?」
アーティスは首を振る。
「いや……今回の件で人を裁いたり処刑することの責任の重さを学んだ。この器具は封印するよ」