最終話 帝国の平和は皇帝が守る!
アーティスからレイラへのプロポーズからしばらくして、帝都では盛大な結婚式が行われた。
せっかく澄み切った空を見られるようになったのだからというアーティスの提案で、式は屋外で開かれる。あまり派手なのは趣味ではないということで、飾りつけも簡素に抑えられた。
このおかげで大勢が来客や見物人として訪れることができた。
皇帝専用のタキシードを着用したアーティスはいつもよりも凛々しく見えた。
「どうよ?」
「かっこいいよ、兄上!」イディスが褒める。
「全身から風格が漂っていますな」ゴランもうなずく。
「これで喋らなければ完璧なのですが」とボルツ。
「さすがボルツ、こんな時でも俺への苦言を忘れないな」
「この目が黒いうちは、私はあなたを叱り続けますよ」
「頼むわ」
アーティスもおかげでリラックスできたようだ。
一方、レイラも純白のウェディングドレスに身を包む。シンプルなデザインで、彼女の希望で華美な装飾はされていない。
頬を染めて、アーティスにその姿を披露する。
「い、いかがでしょう? アーティス様……」
銀髪の乙女が美しく着飾った姿に、皆が見とれた。
特にアーティスはこれがあのレイラなのかと一瞬動揺してしまうほどであった。
「綺麗ッ!」
「ありがとうございますっ!」
お互い緊張していたので、こんなやり取りになってしまった。
いよいよ本格的に式が始まる。
***
式場となる帝都郊外に作られた屋外のスペースには、大勢の人間が集まっていた。
着飾ったアーティスとレイラが登場すると、会場は大いに盛り上がった。
二人に最も近い席に座るのは、やはり宰相ボルツ・ラーチン。
「お二人とも、どうかお幸せに!」
ボルツはアーティスを常に臣下として、仲間として、友として、そして父として支えてきた。時にはアーティスを叱り、呆れることもあった。しかし、誰よりも彼を理解してきた。その忠誠心で、ボルツは今後もアーティスの頼もしい右腕として辣腕を振るう。
「おめでとー!」
奴隷扱いにされていたところを救われた少女ミグ。今ではすっかり立派な侍女となった。彼女の天真爛漫さとローキックは、アーティスとレイラにとっても大きな励みとなっている。
「兄上、レイラさん……おめでとう!」
アーティスより優れた弟イディス・メイギスも兄と義理の姉を祝福する。ルックスも頭脳も兄を凌駕する彼だが、それでもなお彼は自分よりもアーティスが皇帝として相応しいと誰よりも信じている。アーティスとイディス、二人の兄弟がいる限り、帝国は盤石である。
「皇帝陛下、レイラ殿……いえ皇后レイラ様、また帝国軍の訓練に参加して下さい!」
大声で叫ぶのは帝国軍団長ゴラン・ディゴス。帝国屈指の軍人であり、彼がいなければ今頃帝都は魔都と化していたかもしれない。かつては皇帝の命令ならば絶対に従うという信念を持っていたが、アーティスの影響なのかだいぶ柔軟さも持ち合わせてきた。
「パンをお持ちしましたので、食べて下さいね!」
かつてアーティスがチンピラから救った町娘のアン。彼女の家のパン屋は、皇帝御用達ということで大繁盛している。
「皇帝様、またサッカーやろうね!」
市民を弾圧しようとしたアーティスをサッカーで弾圧した少年ライも席についていた。彼がアーティスとサッカーをやっている姿は、今後もちょくちょく目撃されることとなる。
「聖女レイラよ、本当に美しくなった。神も喜んでいることであろう」
大教会のトップ・ベルグ大司教も式に出席していた。レイラを教会に留まらせず、羽ばたかせた彼の判断は間違ってはいなかった。親のような温かい目線で、着飾ったレイラを見つめている。
「お二人とも、また本を借りに来て下さいね」
帝都図書館の司書フローラが微笑む。大勢の利用客がいる図書館の運営は、優秀な彼女なしには成り立たない。
その他にも、レイラの故郷の面々はもちろん、アーティスに救われた強盗や元死刑囚、学生たちも式を見物に来ていた。
いずれも二人の晴れ姿に感激し、歓声を上げていた。
さて、変わった出席者としてはゴーレムのレムレムも来ていた。所長のハルバーや研究員たちも一緒だ。
「二人トモ、トテモ幸セソウデ、ワタシマデ幸セニナレマス」
「そうですね、レムレム」
力仕事に加え戦争でも大活躍したレムレムは、今や帝都のヒーローである。
その功績が認められ、魔法科学研究所の予算はさらに増やされることが決定している。
式場には闘技場剣闘士たちの姿もあった。
「皇帝陛下、おめでとうございます! どうかお幸せに!」
アーティスの身分を越えた友である剣闘士ヒリアムが大きな声で祝福する。その声を聞いたアーティスは親友からの祝福を快く受け入れていた。
式場の一角には異民族であるヴィルト族も訪れていた。
首長バンモート、その娘エラノールを始め、部族の者たちが二人の晴れ姿を喜ぶ。
「皇帝殿、また集落に来て下されよ! とっておきの肉をご馳走しよう!」
「皇帝、レイラ! またあたしたちと狩りをしよう! 絶対だぞ!」
式場にはなんと魔物らも姿を見せていた。
その魔物を率いるのは――
「この結婚が上手くいく確率は五分五分……といいたいところですが、100%ですね」
眼鏡をかけたゴブリン、ゴブラス。
強さはさほどでもない彼だが、これでも魔物界の重鎮であり、アーティスからの信頼も厚い。ゴブラスの尽力で、魔物は人間に危害を加えなくなり、また帝国における魔物の地位も向上していくこととなる。
その隣には巨大竜エンペラードラゴンが鎮座している。
皇竜山で暮らす彼だが、今は人間の立ち入りを許可している。アーティスと出会い、人間も捨てたものではないと知ったためだろうか。観光客が訪れた時の彼は、ぎこちないながら笑顔で応じてくれる。
「あのレイラという娘、人と竜という違いはあれど雰囲気は亡き妻に似ている……。幸せにしてやるのだぞ、アーティス!」
邪神グモリアと教祖ネファーゾ、グモリア教団の面々も来ている。
邪神を崇める教団でありながら、その実態は緩く、主な活動はお菓子を食べながらの世間話である。
「お二人ともおめでとうございます! 邪神から祝福します!」とグモリア。
「お二方の部屋を改築する時はどうかご用命を……」
本業が大工なので営業活動を忘れない教祖ネファーゾ。
さらにグモリアの隣には、不老不死女のシェンハがいた。
魔族との戦いを経て、シェンハはグモリアと意気投合していたのである。
「アーティス、レイラ、二人とも幸せになるだけでなく、せいぜい長生きするのじゃぞ!」
シェンハも穏やかな笑みで祝いの言葉を投げかける。
グモリアも邪神ゆえに寿命で死ぬことはないので、今後シェンハは寂しくないであろう。
式場の片隅には、アミューズ遺跡のガーディアンも出席していた。
彼が守護してきた古代兵器である巨大投石器も、対魔族では大いに役に立った。
「投石器が必要な時は来て下さいねー!」
こんな時にも投石器アピールを忘れないガーディアンに、アーティスは苦笑いしてしまう。
そして、二人を祝いに来たのはなにもメギドア帝国の住民だけではない。
隣国である魔法大国フェザード女王国の君主イザベラ・ファルスも式に出席していた。
「レイラ、アーティス殿。二人とも我が国にも遊びに来てくれ。特にレイラは国賓として大歓迎しよう!」
これを聞いたレイラは大喜びするが、アーティスは「俺はついでなのね」とぼやく。
強国ガイン王国の国王ドグラ・アイヒマンも騎士を伴って出席しており、大笑いしている。
「いやあ、めでたい! アーティス殿、いつかまた決闘しようではないか! 今度は負けんぞ!」
「ドグラ国王、丁重にお断り申し上げます!」
青ざめた顔で首を振り、全力で拒絶するアーティスだった。
宴もたけなわになった頃、アーティス・レイラ夫婦は司会者から言葉を求められる。
まずはレイラ。はにかみながら、堂々と挨拶を始める。
「皆さん、本当にありがとうございます! 私……とっても幸せです! これからも私はずっとこんな感じだと思いますけど、一生懸命アーティス様の妻として頑張りますので、どうかよろしくお願いします!」
緊張しながらも自分の気持ちを言い切ったレイラに、皆が温かい拍手を送った。
そして、アーティスは――
「俺とレイラの結婚式にこんなに大勢が集まってくれて本当に嬉しい。俺はまだまだ未熟な皇帝だけど、これからもボルツに叱られレイラに癒やされつつ、何とかやっていきたいと思う。願わくは、俺はみんなと仲良くやっていきたい! メギドア帝国と皇帝アーティス、皇后レイラをどうか見守っていて欲しい!」
アーティスの言葉に会場中が沸き上がった。
結婚式は大盛況のまま、幕を閉じることになる――
***
結婚から半年後、アーティスもすっかり皇帝としての貫禄がついていた。
玉座に座る姿も絵になっている。
「今日も一日お疲れ様でした、陛下」
「いやいや。国民のためを思えば、疲れることなんかないさ」
「陛下も皇帝として立派になられましたな。先代陛下の面影を見出す場面も多くなりました」
「そうか……俺も少しは父上に追いつけたかな」
ボルツに褒められ、アーティスも気をよくする。
「俺も立派になったところで、世界征服でもやってみるか! 帝国といえば世界征服だし!」
「魔法を叩き込みますよ」
「じょ、冗談だよ」
「せっかく歴史的な同盟を成し遂げ、魔族をも退けたのに世界征服なんて冗談じゃありませんよ」
「面目ない……」
反省するアーティスだが、すぐに立ち直って、
「それじゃあ、世界平和を目指すか!」
「こりゃまたずいぶん大きく出ましたな」
「とはいえ、いきなり世界は大変だから、まずは町内の平和からだ! 城下町のパトロールに行くぞ!」
アーティスはレイラとミグを呼びつける。
「レイラ、ミグ! 俺たち二人と一緒にパトロールに行くぞ!」
「はいっ!」
「はーい!」
喜んで参加するレイラとミグ。
「やっぱり私も参加させられるんですね」げんなりするボルツ。
「当然だろ」とアーティス。
ミグはにこやかに笑う。
「アーティスさまもレイラさまも相変わらずだよねー。せっかく夫婦になったのにちっとも変わってない!」
「ん、まあな」
「だけど、夜中に二人でイチャイチャしてるの、あたし知ってるけどね」
ニヤニヤしながら目を細めるミグ。
「ミ、ミグ!」
「ミグちゃん!」
顔を赤く染め、夫婦は慌てふためく。
「いいことではありませんか。アーティス様の次を担う方がどんな方か楽しみですな」
「ボルツ、お前まで……!」
「ですから、帝国の未来のためにも町内から平和にしないといけませんな」
「そ、そうだな!」
アーティスは気を取り直して、三人を連れて城下へと出発する。
「よーし、パトロールにしゅっぱーつ! 町を平和にするぞー!」
メギドア帝国皇帝アーティス・メイギス。
変わったことをすることが多い皇帝であるが、彼は帝国と周辺国に多くのものをもたらした。
重臣や国民に呆れられつつも、慕われる不思議な皇帝であった。
なぜ彼が愛されたか、それは彼が国や民を愛する気持ちは真実であったからに他ならない。
アーティスの名は皇后である聖女レイラとともに、帝国の歴史に深く刻まれることとなるのである。
おわり
皇帝アーティスの物語、完結です。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
自身の作品では最長作品となりましたが、完結できて安堵しております。
楽しんで頂けたら、ぜひとも評価・感想お待ちしております。
今後の創作活動の励みとさせて頂きます。
またコメディーを中心に短編作品も多数書いておりますので、よろしければぜひ読んでみて下さい。