第41話 皇帝が皇后を迎える時が来た!
魔界軍との戦争から一ヶ月、戦後処理も片付き、帝国は穏やかな時を刻んでいた。
一通りの政務を終え、アーティスは玉座で一息つく。
「ようやくひと段落といったところか」
「このところは激務でしたからな、本当にお疲れ様でした」
「それが皇帝だしな。あの戦争でみんな傷ついた。へこたれちゃいられないだろ」
ボルツは不意に感激したような表情になる。
「陛下も成長なされて……」
「おいやめろって! そういうの苦手だから!」
「失礼しました」
「とりあえず、俺もちょっと休憩するかな」
玉座から立ち上がると、城内をふらふらと歩く。
レイラがメイドのニキビを治していた。
「はい、治りました!」
「ありがとうございます、聖女様!」
「いえいえ、お安い御用です!」
アーティスが通りがかると、レイラが反応する。
「アーティス様!」
「精が出るな、レイラ」
「いえいえ、アーティス様こそお忙しいでしょうに」
二人ともこの一ヶ月は本当に忙しかった。アーティスは戦後処理に、レイラは傷ついた人々の救済に奔走していた。
「ところで今暇か?」
「暇ですっ!」
「そ、そんな元気よく言わなくても……じゃあ、ちょっと付き合ってくれないか」
「はいっ!」
アーティスはレイラを連れて、そのまま城の屋上へと向かった。
城の屋上は決して広くはないが、風を感じるには絶好の場所である。
以前は魔界接近の影響で暗雲が立ち込めていたが、今では空はすっかり澄み切っている。
「わぁっ!」
空を見上げ、風を感じ、自慢の銀髪をなびかせるレイラの立ち姿はまるで天使と見まがうほど美しかった。
「そういえば私、屋上に来るの初めてです。こういうところに来ると叫びたくなりますね! ヤッホー!」
ただし言動までは天使とはいかないが。しかし、レイラの決して変わらない素朴さがアーティスにとっては愛おしかった。
「じゃあレイラ、俺の話を……」
「ヤッホー!」
「俺の話……」
「ヤッホー!」
「俺の話を聞いてくれ!」
「え!? あ、す、すみません!」
慌てて向き直るレイラ。アーティスも咳払いする。
「レイラ、お前と出会ってからとっくに一年経ってたんだなぁ……」
「そうですね。教会でアーティス様と出会って、それから色々ありましたよね」
「ああ、本当に色々あった……」
目をつぶると、思い出が蘇ってくる。
さまざまな人と出会い、さまざまな問題に直面し、時には命の危機もあった。
全てがいい思い出ではないが、アーティスにとっては大切な思い出だということは間違いない。
「前にもいったが、お前は俺にとってずっといて欲しいって存在だった」
「私もそんな風に言ってもらえると嬉しいです!」
風に吹かれながら笑うレイラは、太陽のように眩しかった。アーティスは今しかないと決意する。
「レイラは……確かイザベラ女王のことが好きだったよな」
「そうですね。女性でありながら一国の君主で……お綺麗だし、憧れちゃいますね!」
「なれるものならなってみたいと思うか? 女王に」
「そうですねぇ~、王冠を被って、綺麗なドレス着て……なんて夢見ちゃいますね! 似合わないと思いますが!」
少しずつ外堀を埋めていくアーティス。鼓動が速まっていく。
「じゃあさ……“皇后”とかも興味ある?」
「ありますね! アーティス様のお母様が皇后様でしたよね」
「そうなんだよ。残念ながら、亡くなっちゃったけど……」
「残念です……」
レイラもシュンとする。
「それで、今は皇后の座は空いてるわけだ」
「そうなりますね」
「そ、それでさレイラ」アーティスの声が緊張を帯びる。「も、もし皇后になってくれって俺が頼んだら……なる?」
「なりますなります!」
レイラはノリノリで即答した。
「迷いがないな!」
「だって皇后様も憧れるじゃないですか」
あまりに上手くいったので、アーティスは逆に不安になってくる。
「うん、そうなんだけどさ。意味分かってる? 皇后ってことは皇帝のお妃ってことだ」
「それぐらい分かりますよぉ~」
「今の皇帝って誰だっけ?」
「それはもちろんアーティス――」
ここでようやくレイラが全ての意図を察した。世間話の体で話していたので、全く気付いていなかったのだ。
「いえいえいえいえいえいえ! ま、待って下さい! 私はそんな! ダメです! 無理です!」
アーティスはショックを受ける。
「そんな全力で拒否!?」
「いえいえいえいえいえいえ! そうじゃなくて……私がア、アーティス様のワイフになるなんて……!」
「ワイフて」
レイラの顔は完熟トマトのように真っ赤になっている。
「私なんて田舎の村育ちですよ!? アーティス様にはもっと相応しい人がいらっしゃるというか……ボルツ様とか」
「あいつは男だし、そもそも妻帯者だ」
「ミグちゃんとか」
「まだ子供だ」
「イザベラ様とか」
「どう考えても合わない」
「シェンハ様とか」
「確実に未亡人にしちまうよ」
「魔王様とか」
「いったん落ち着こう」
「他の高貴な方とか……」
「残念ながら、俺の眼鏡にかなった人はいない」
アーティスの結論――それはレイラ以外の皇后は考えられないというものだった。
「で、でも、私なんかじゃ……!」
「別に何か特別なことをする必要はないんだ。今まで通り、元気に笑って、人々を癒やして、俺の傍にいてくれればいい。他には何も望まない」
「アーティス様……!」
「どうかお願いだ、俺と結婚して欲しい」
レイラの目に涙が浮かぶ。
「私……こうなることをずっと夢見てました……」
「レイラ……!」
レイラも同じ気持ちだったと知り、アーティスは嬉しさを覚える。
「夢の中のアーティス様は、豪快に骨付き肉をかじりながら私に『嫁になれー!』と……」
「すごいな、夢の中の俺」
ずっと好きだったアーティスから求婚される。村生まれの聖女がずっと夢見てきたことが、今現実となった。
もはや二人を隔てる壁はなにもない。
「アーティス様ぁっ!」
「レイラ!」
レイラが胸に飛び込み、アーティスは抱き締める。
「アーティス様、アーティス様、アーティス様……」
「ずっと一緒にいよう!」
「はい!」
アーティスの胸がレイラの涙で湿る。だが、その感触すらも今のアーティスにとっては心地よかった。
そんな二人を密かに見守る者が、やはり二人いた。
ボルツはアーティスに苦言を呈する。
「まったく陛下は回りくどすぎる。あんなプロポーズでは、レイラ殿がすぐ気づけないのも無理はない」
「ホントにねー。ま、レイラさまもレイラさまだけどさ。勘鈍すぎ!」
ミグも呆れている。
「しかし、陛下がレイラ殿とどういう国を作っていくか……楽しみでもある」
「絶対変な国になるよ!」
「私もそう思う。今から胃薬を多めに買っておかねば」
皇帝と皇后が思いつきの奇行を繰り返す帝国になることは容易に想像がつく。
「だけど……とっても楽しい国になると思う!」
「うむ、それは間違いないだろうな」
ボルツはにっこりとうなずいた。