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第40話 皇帝は魔王からの試練も乗り越える!

 己の影のような、黒人形と向き合うアーティス。


「我々も助太刀を!」


 ボルツが申し出るが、アーティスは首を振る。


「いや、こいつは俺一人で戦う。俺一人でないとダメなんだ」


 アーティスも魔王の試練を真っ向から受けるつもりだ。

 レイラは落ち着いた表情で、アーティスに声をかける。


「アーティス様、勝って下さい!」


 彼女はアーティスを心から信じている。


「もちろんだ!」


 黒人形が仕掛けてきた。

 鋭い剣閃だが、アーティスもどうにか受け止める。


「アーティスさま、がんばれ!」応援するミグ。


 アーティスと黒人形、剣による一進一退の攻防が続く。


 魔王は考える。

 黒人形は相手に嘘偽りがあるほど、強大になる術である。つまり、先ほどまでのアーティスの言葉に本音でない部分やおためごかしが混ざっているほど、黒人形は本人より強力になる。

 しかし、黒人形はアーティスと全くの互角。


「噓偽りは一切なかった……ということか」


 魔王は目を細め、アーティスの戦いを見つめる。


「でやぁぁぁぁぁっ!」


 アーティスの振り下ろしを、黒人形が防御する。

 とはいえ、あくまで互角に過ぎない。勝ちが保証されているわけではないのだ。


「こいつ、効いてるのか効いてないのか、分からねえ……」


 黒人形は意志もなければ、痛みも感じない。機械的に“本物”を斬ろうとする。その点においては黒人形の方が有利と言える。

 アーティスが傷を負う。


「いでえええっ!」


 一方のアーティスは痛みを感じるのはもちろん、斬られればその部位の動きは悪くなる。生身ゆえの弱点。


 だが――


「俺の人形だけあってメチャクチャ強いなこいつ! 魔界軍最強なんじゃねえのか!?」


「いや、陛下と互角ぐらいに見えますが」


「俺と互角ってことは……」


「そこまででもないということですな」


「うるさいぞ、ボルツ!」


 こんな時にもいつも通りのやり取りをする。おかげでアーティスの全身から力みが抜けた。


「アーティス様、ファイト!」


「もっとローキック使って!」


 レイラとミグが声援を送る。アーティスの心に火がともる。


 肉体的なスペックや技では互角だったとしても、心まではそうはいかない。黒人形は心までは反映できない。


「三人を連れてきてよかった!」


 でなければ負けていた。仲間の大切さを改めて認識し、アーティスの反撃が始まる。


「でやぁっ!」


 ミグのアドバイス通り、ローキックも織り交ぜる。

 黒人形はそんな奔放なアーティスの戦術に少しずつ追い詰められていく。


「はあっ!」


 ついにアーティスの斬撃がまともに人形を捉えた。それでも反撃を繰り出してくるが――


「これで終わりだっ!」


 脳天から真っ二つ。メギドアソードが黒人形を切り裂いた。


 黒人形は声一つ漏らさず、ただ静かに煙になっていき、消滅した。


「見事だ、皇帝アーティス」


 魔王は試練を乗り越えたアーティスを素直に称える。


「これで……魔族を撤退させてくれるんだな?」


 魔王はうなずく。


「デュボンが倒れ、エキドナも力を失った今、私が命じれば、魔族は撤退するであろう」


「ありがとう」


「こちらこそ、魔界への温情かたじけない」


 戦いを見ていたボルツたちもホッとする。

 しかし、一人だけ納得できていない者がいた。


「こんなことは認めない……! 魔族は人間より優れていて……人間を蹂躙しなければならない!」


 エキドナだ。

 デュボンと共に若く力のある魔族として、人間界侵攻を推し進めてきた。

 聖女に化けてまで魔族の天下を実現しようとした執念は、潰えてはいなかった。


「せめて貴様を殺す! アーティス・メイギス!」


 目を赤く光らせ、襲い掛かる。

 しかし、黒人形を乗り越えたアーティスにはあっさり見切られ、メギドアソードでその胸を貫かれた。


「あ、ぐ……!」


「エキドナ、たとえ侵略のためだったとはいえ、帝国民の怪我を癒やしてくれたことは感謝している」


 この言葉を聞いたエキドナは口元をわずかに動かすと、そのまま息絶えた。


 ボルツがエキドナの行動について推測する。


「最後の悪あがき……というやつですかな?」


 アーティスはそれを否定した。


「いや……魔王の意志に背いても人間界侵略を決行し、敗北したことに対する“ケジメ”ってやつをつけたかったんじゃないかな……」


 亡骸となったエキドナから、その答えが返ってくることはない。

 魔王の幻影が頭を下げる。


「すまぬ、我が部下が迷惑をかけた」


「いや……攻めてこられたことにはもちろん怒ってるけど、“魔族のために”ってところだけは俺もなんとなく理解はできるよ」


「ありがたい」


 魔王は魔族達に念を送り、全面撤退を命じる。

 それを終えると、魔王もまた消え去ろうとする。


 アーティスはそんな魔王に声をかける。


「魔王ッ!」


「む?」


「もしまた、魔界と人間界が近づく時が来たら……何百年後か何千年後か分からないけど、その時こそ……人と魔族は仲良くやれないかな?」


 魔王は苦笑する。


「ここで私が約束したとして、貴様はとっくに死んでいるだろう」


「そうなんだけどさ。子孫とかいるかもしれないし……。シェンハは生きてそうだし……」


 魔王は皺だらけの顔をわずかに緩ませた。


「考えておこう」


 魔王の幻影は消えた。エキドナの亡骸も消えている。

 その後、魔王の力によって魔族達は魔界に送還され、メギドア帝国の勝利が確定した。


 アーティスはボルツ達に振り返ると、悔しがるような笑みを浮かべた。


「本当は魔王に一太刀ぐらい浴びせたかったけど、幻影だからしょうがないよな」


 ボルツ、レイラ、ミグもそんなアーティスを見て笑った。



***



 魔王と対峙し、魔族を撤退させたアーティスは帝都に凱旋する。


 イディスが出迎える。


「お帰り、兄上!」


 ところどころに生傷ができており、決して武人ではない彼自身も戦ったことが分かる。


「四人ともご無事でなによりです」


 帝国軍を率いて奮戦したゴランも安堵する。


 帝国兵も、市民たちも、援軍の面々も、アーティスの顔を見て歓喜の声を上げる。


「皇帝陛下!」

「陛下だ!」

「戻ってこられた!」


 アーティスもこれらの声に手を振って応じるが、戦場には亡骸が転がっている。魔族のものは全て消えたので、彼らは帝都防衛に命を捧げた者たちである。アーティスは沈痛な面持ちとなる。


「こうして勝ったけど嫌なものだな、戦争ってのは……。もし戦いが起こらなければここで倒れてる彼らも、今日の夕食を食べることができたんだろう」


「陛下……」

「アーティス様……」


「援軍として駆けつけてくれたフェザード女王国やガイン王国とも、何かが違えばこうなってたかと思うとぞっとする思いだ」


 イザベラとドグラも神妙な表情をしている。


「彼らのことは丁重に弔ってやりたい。だが、彼らとて勝利のために戦ったんだ。今は勝利を祝おう。勝利に酔いしれよう。みんな、ありがとう! 諸君らのおかげで帝国は勝てた! 俺たちの勝利だ!」


 大歓声が上がった。


 傷は深く、犠牲は大きい。しかしそれでも、生き残った者は前に進まねばならない。傷や痛みをごまかしてでも。そのためには、とにかく祝うしかない。勝利と、戦いの終結を。


 帝都における祝賀会はなんと一週間も続いた。

 帝国民も、異民族も、他国の人間も、人でない者も、大いに騒ぎ、飲み明かした。


 アーティスに至っては、


「魔王が試練だって、黒い影を出してきたわけよ! 恐ろしい相手だった……なにしろ俺なんだからな! しかし、俺は怯まず……」


 自身の武勇伝を周囲の耳にタコができるほど繰り返していた。

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