第4話 皇帝と聖女が手を組んだら最強だろ!
「いやー、皇帝様に会えるなんて本当に感激です! えへへ……」
はしゃぐレイラを見て、アーティスがボルツに耳打ちする。
「なんか……ちょっと思ってたのと違うな」
「ええ、まあ。しかし、悪い子ではないと思いますよ」
「それは言える」
気を取り直して、アーティスはレイラに問いかける。
「君は……聖女なのか?」
「はい、それはもう! 10歳の頃から八年間聖女やらせてもらってます!」
「あ、そう……」
そこは「軽々しく私に話しかけるな」などと言われたかった、と思うアーティス。神聖さを微塵も感じられない。
「聖女になったきっかけは?」
「はい、私は元々地方の村出身で、ここよりずっと小さな教会で祈りを捧げていました」
「ふむ」
「そしたらある日、頭の中に神様が話しかけてきたんです。『聖女にならないか?』と」
「ずいぶん軽い感じなのだな」
「ですよね! 私は『いいですよ!』と答えまして」
「返事も軽いな」
「まるで風船のようですな」ボルツも同意する。
「そうしたら、聖女になれたんです!」
「へぇ~……」
またしても「思ってたの違う」との感想を抱くアーティス。
もっとこう、重厚で、荘厳で、神聖で、常人には理解できないような啓示エピソードを期待していた。
「その後、村のみんなから『せっかく聖女になったんだから、もっと大きな町に行ってみたらどうか』とアドバイスを受けて、みんなの期待を背負って村を旅立ったんです!」
「わりと出稼ぎに来るみたいなノリで帝都方面に出てきたんだな」
ウキウキで生い立ちを語るレイラとは対照的に、アーティスとボルツのテンションは冷めている。いい子だけど、期待していた聖女とは違うな、と。
「レイラ殿、聖女というからには何か“奇跡”は起こせるのでしょうな?」
「はい、起こせます!」
「ほほう、どんな?」
「聖なる光で癒しを与えることができます!」
これにはアーティスもボルツも目を丸くする。
「それはすごいな。どんな癒しを与えられるんだ?」
「ええとですね。ちょっとした傷を癒やすことができます!」
ふうん、とアーティスは鼻を鳴らす。それぐらいならばそこらの魔法使いにもできる。
「他には?」
「もちろん傷だけじゃありませんよ」
「ほう、そうなのか」アーティスは身を乗り出す。
「シミ、そばかす、ニキビ、吹き出物、口内炎、口角炎、あ、近頃水虫にも効果があるって分かりまして!」
「……」
どうにもささやかで、庶民的な癒やしであった。
重傷者をも一瞬で完治させるぐらいの力を期待していたので、当てが外れてしまった。
「まあ、これからも頑張って」
「はいっ!」
アーティスがレイラへの興味を失っているのを、ボルツも察する。
「陛下、そろそろ城に戻りませんか」
「そうだな。レイラ殿、会えて嬉しかった」
「こちらこそ!」
聖女を利用して皇帝の権威を高めよう、などと考えていたが、レイラではそんな野望は叶えられそうにない。
これ以上話しても仕方ないとアーティスはこのまま城に帰ろうとする。
その時だった。
一人の僧侶が飛び込んできた。
「大変です! 強盗が教会に押し入ってきて……」
この知らせにアーティスがはりきる。
「強盗だと!? よし、俺に任せろ!」
「あっ、陛下!?」
……
強盗は不精髭を生やした中年の男で、右手に包丁を持っていた。
「教会はたんまり稼いでるんだろ!? 金をよこせぇ!」
そこへ登場するメギドア帝国皇帝アーティス。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!」
「なんだお前は?」
「教会なんか大したことない! 俺の方が金を持ってるぞ。なにしろ皇帝だからな!」
何を言ってるんだ、とボルツだけでなく強盗まで呆れている。
「とにかく、強盗は成敗させてもらう!」
教会に武器は持ち込んでいなかったので、素手で殴りかかるアーティスだったが――
「邪魔だ!」
あっさり左手で振り払われてしまう。
「うぐ、この強盗……世界最強か!?」アーティスが焦る。
「あなたが弱いだけです」冷静に指摘するボルツ。
「おやめください!」
毅然とした態度で強盗の前に立ちはだかるレイラ。
「教会はそのようなものを振り回す場所ではありませんよ」
「うるせえ! どうしても金をよこさねえんならお前には痛い目にあってもらう!」
強盗がレイラめがけて走り出す。
レイラはかわそうともしない。
この光景にアーティスは驚愕する。
「避けない!? まさか……あの強盗の攻撃を受け入れるつもりなのか!」
自分を刺させて、その罪を悔い改めさせる。
聖女らしい行動に感動を覚えると同時に、レイラを守ろうとアーティス自身も走り出す。
――次の瞬間。
「せいっ!」
レイラはアッパーカットで強盗を吹き飛ばした。
「なにいいいい!?」
アーティスとボルツは同時に驚いた。
倒れた強盗に、レイラが話しかける。
「殴ってしまってすみません。ですが、落ち着いて何があったか話してみて下さい」
「わ、分かった……」
今の一発で目が覚めたのか、むしろ戦意喪失したのか、強盗は事情を話し始めた。
強盗はある一家の大黒柱。しかし、つまらないことで失業してしまい、自暴自棄になってしまった。家族も養わないといけないので、金のありそうな教会に強盗に入ってしまったとのこと。
「事情は分かりました。ですが、あなたのやるべきことは真っ当な手段で立ち上がることだったと思います。ご家族のためにも……」
「そうだな……」
レイラに諭され、強盗は涙を流す。
そこへアーティスが口を出す。
「そうだ。強盗よ、雇われてみる気はないか」
「え、俺を……!?」
「うむ、先ほど俺を圧倒した手腕、あまりに惜しい。町の番兵として、お前を雇いたくなった」
ボルツは空気を読んで何も言わない。
「でも、俺は強盗をやらかして……」
「あの時、お前はわざわざ左手で俺を振り払った。右手に包丁を持ってたにもかかわらずだ。根っこの部分は腐ってないと信じる」
「ううう……」
アーティスの言葉に、強盗はうなだれる。これからは町の番兵として活躍できそうである。
アーティスとレイラは二人で強盗を改心させ、笑い合った。
そして――
「聖女レイラよ」
「なんでしょう?」
「今のアッパーカットからの説得……見事だった」
「ありがとうございます!」
「俺は今日、教会と結びついて皇帝の権威を高める予定だった。しかし、気が変わった。ここは聖女である君と協力関係を築きたい。君には城勤めをしてもらい、俺をサポートしてもらいたい」
アーティスがレイラに手を差し伸べる。
「どうだ……俺と一緒にこの国をよりよくしないか?」
「え!?」驚くボルツ。
「いいですよ!」
「早っ!」突っ込むボルツ。
いきなり皇帝と聖女が結び付いてしまい、ボルツは慌てる。
「お待ちください。彼女はこの教会に勤めてましたし、大司教殿がなんというか……」
「あ、よろしいですよ」とベルグ。
「軽っ!」目を丸くするボルツ。
「聖女は神から啓示を受けた者、それを一教会に留めておくことなど不可能……。色々な経験をさせませんとな」
ベルグは高い地位にいるにもかかわらず、柔軟な考え方の持ち主だった。
長年教会に勤めたレイラを手放すこともいとわない。
「聖女レイラ、おぬしは皇帝陛下の元で学んできなさい」
「はいっ! 大司教様! それではアーティス様、宰相様、よろしくお願いします!」
元気よく挨拶するレイラに、喜んでうなずくアーティス。
皇帝と同じぐらい癖のありそうな聖女が城に来ることになった。ボルツは皇帝だけでなく聖女にも振り回される自分自身を想像し、帰りに胃薬を買っていこうかな、と心の中でつぶやくのだった。