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第39話 皇帝は魔王とだって対話してやる!

 魔法陣から姿を現したのは、黒衣で身を包んだ皺だらけの異形の老人だった。

 決して体格は大きくなく、腕の太さなどもアーティスと比べても大差ない。

 しかし、膨大なまでの邪気と魔力を宿しているのが分かる。


「これが……魔王!」


 今までに会った誰よりもどす黒い威圧感を発する魔王に、アーティスは戦慄を覚える。


「ククク……今おられるのは魔王様の幻影のようなもの、本物はまだ魔界におられる……」


「幻影でこの迫力かよ」


 しかし、アーティスも一国の皇帝。相手が魔界の王だろうと臆するわけにはいかない。正面から名乗り出る。


「俺はメギドア帝国皇帝アーティス・メイギスだ」


「私は魔界の王……“魔王”でよい」


「分かった」


 アーティスは幻影の魔王に単刀直入に疑問をぶつける。


「魔王。なんでこんなことをするんだ? なぜ人間界に攻め込む?」


「知れたこと……我ら魔界の住人は、かつて人間との争いに敗れ、魔界で暮らすことを余儀なくされた。暗く淀んだ魔界でな。それに我々は元々人間より優れた種族、強者が弱者を虐げるのは当然のことだ」


「……」


 アーティスは黙っているが、他の三人は憤る。


「なんと身勝手な!」


「そうですよ! だからって戦争をしなくても!」


「あたしたちは魔族になんか負けないんだから!」


 この反応にエキドナは喜ぶ。


「わめくな! そう、魔王様の言う通りだ! 魔族は人間どもを支配する権利がある!」


 人と魔族の間には絶対に越えられない壁があると分かる一幕だった。

 しかし、アーティスは驚くべき言葉を口走った。


「なぁ、魔王。俺ら人間と魔族ってのは……和解できないもんかな?」


「……なんだと」


 これには魔王はもちろん、ボルツ達も驚いた。


「陛下! 魔族とはすでに戦争状態なのです! 今さら和解など!」


「分かってるよ。メギドア軍にも犠牲は大勢出てる……はっきり言って、俺がもしメチャクチャ強い皇帝だったら、兵を率いて魔界まで乗り込んで、魔王の首まで取りたいところだ」


 アーティスの目に怒りが宿る。魔族を根絶やしにしてやりたいという気持ちがないといえば嘘になる。


「だけど、あいにく俺はそこまで強くないし、これ以上やっても両軍に犠牲が増えるだけだ。だからここらで和解したい」


 エキドナが引きつったような笑みを浮かべる。


「バカな、我らが人間と和解などと……!」


 アーティスはかまわず続ける。


「俺はこの皇帝生活で少しは人を見る目ってのが分かってきたつもりだ。あんたは魔族なわけだけど、今のちょっとだけの会話で分かったことがある」


 魔王は黙って聞いている。


「あんた、本当は人間界に攻め込みたくなんかなかったんじゃ?」


「……!」


 幻影の魔王が動揺を見せた。



***



 帝都付近の決戦も、佳境を迎えていた。


 レムレム、エンペラードラゴン、シェンハ、グモリアを同時に相手取るという恐るべき強さを見せていた魔界軍司令デュボンも、追い詰められていた。


「くそっ、このオレ様が……! こんなゴミどもに……!」


「確かにあなたは強い。ですがいくらあなたが強くても、我々の絆の強さの方が上なのです!」


 邪神グモリアが邪神らしからぬ台詞を吐く。


「絆というても、今日会ったばかりじゃがな」シェンハが突っ込む。


「それは言わないで下さい」


 デュボンは周囲の部下に呼びかける。


「おい誰か……オレを援護しろォ!」


 呼びかけに応じる者はいない。人望がないのではなく、応じる余裕がないのである。


 イディスとゴラン率いる帝国軍は態勢を立て直し、魔界軍を押し返しつつある。

 それに加え、諸々の援軍、特にフェザード女王国軍とガイン王国軍の登場は完全にダメ押しになった。


「ちくしょう、どいつもこいつも役立たずがァ!」


 デュボンが目を血走らせ、さらに大暴れしようとする。


「皆殺しだァ!!!」


 暴れようとするデュボンに立ちはだかるのはゴーレムのレムレム。


「ミンナヲ……守ル!」


 レムレムのパンチが炸裂した。

 カウンター気味に直撃し、デュボンの巨体がよろめく。


「ようやった、レムレム! わらわが奴の動きを封じる!」


 シェンハがデュボンに密接し、白い霧を展開する。霧はデュボンの全身にまとわりつき、彼の動きを封じ込めた。

 そして、後ろに控える二人に叫ぶ。


「さあ、わらわごとやれ!」


 グモリアとエンペラードラゴンがうなずく。


「分かりました!」

「死ぬなよ、不老不死女!」


 グモリアは最大限に高めた邪気を、エンペラードラゴンは体内から灼熱の炎を、それぞれ発射する。

 二つの攻撃は混じり合い、最大最強の必殺技となった。


 グモリアが叫ぶ。


「邪竜炎閃!!!」


 高密度の邪気と炎の塊は、シェンハごとデュボンを直撃した。周囲に強烈な熱風を見舞うほどの恐るべき一撃だった。


 これをまともに喰らったデュボンは――


「ぐ……は……! ぢ、ぢぐじょ……」


 その禍々しい巨体はついに地面に崩れ落ちた。


 エンペラードラゴンは一息つく。


「恐ろしい魔族だった。一対一でやっていたら間違いなく勝てなかった……。そういえば、あのシェンハという女は――」


「生きとるぞー」


 焼けただれたデュボンの下から出てきて、手をひらひらさせている。肉体はボロボロだが、彼女は決して死なないし、死ねないのだ。


「無事だったんですね!」喜ぶグモリア。


「ヨカッタ……」レムレムも安堵する。


「うむ、しかし今のは流石に死ぬかと思ったぞ。全力でやりおって」


「すまん……」謝るエンペラードラゴン。


「冗談じゃよ。それにしても、わらわは今“死にたくない”と思えた。こうして強敵を倒すのに不老不死が役に立って嬉しい。こんなことを思えるようになったのも、あのアーティスという小僧のおかげかもしれぬな……」


 シェンハがしみじみと述懐する。


「ところで邪神、さっきの“邪竜炎閃”というのはなんじゃ?」


「あ、いえ、あれはついノリで……」


 戦場に笑い声が響き渡る。

 デュボンが倒れたことで、帝都決戦の趨勢はメギドア側に大きく傾いた。


 ここで一気に勝利まで持ち込めるかは、アーティスたちにかかっている。



***



 アーティスの問いに対し、幻影の魔王はゆっくりと口を開く。


「なぜ……そう思う」


「根拠があるわけじゃないんだ。だけど魔王、あんたは魔族が人間に勝てるとは思ってないんじゃ?」


「……」


「神話時代の決戦で、あんたが人間にどんな敗れ方をしたかは分からない。だがおそらく、力では劣る人間側の連携や作戦にしてやられて……って感じなんだと思う。それからどれぐらい時間が流れたのか、人間がもしそのまま進歩していたとするなら、魔族がいくら強くても勝てない……そんなことを考えてたんじゃないのか」


 魔王は肯定も否定もしない。

 アーティスは自分の考えを述べ続ける。


「その考えは正しい。お前たち魔族が現れたことで、今帝都にはあらゆる勢力が結集してる。戦いが長引けば長引くほど、実は不利になるのはお前たちだ。だが、魔界にも若く血気盛んな奴らがいるんだろう。そこのエキドナや、今帝都に攻め込んでる連中のような。あんたはそれを止めることができなかった。そのことを苦々しく思っている」


 アーティスの断定口調に、エキドナが割り込んでくる。


「そんなことはない! 確かに魔王様は侵攻に積極的ではなかったが、我らが負けるなど……!」


 エキドナの言葉が止まる。


「なんだと……!? まさかデュボンが……!」


「……死んだようだな」


 エキドナと魔王が、同時にデュボンの死を感知した。

 デュボンは魔界軍最強の戦力といっていい存在だった。それがあえなく戦死したのである。


「魔界サイドの頼れる戦力が死んだみたいだな。魔王、あんたも強いのは分かるが、そいつに比べて圧倒的に強い……ってことはないはずだ。つまり、魔族はもう勝てない」


「……」


「どうか、手を引いてくれ。大人しく引き下がってくれ。そして、二度と人間界に攻め込むなんて考えないで欲しい。人間はこれからますます強くなるからな。これが皇帝としてできる、最大の譲歩だ」


「よかろう……」魔王がうなずく。


「魔王様!?」


「今貴様が申したことは当たっているといってよい。私はかつての敗北で、人間には勝てないと悟った。元々魔族は魔界の住人、魔界で暮らすのがよいと思っていた。しかし、若く力に溢れるデュボンやエキドナといった魔族を止めることができなかった。人間界に攻め込むんだと意気込む若武者たちを、な」


 歯噛みするエキドナ。彼女とて、魔王の真意は察していたのだろう。だが、デュボンと共に侵攻を強行した。魔族の天下を実現させるために。侵攻を成功させて、魔王に自分たちの正しさを証明したかった。


「ただし、私としても散っていった部下の手前、このままむざむざ引くわけにはいかん。皇帝アーティス、貴様に“試練”をくれてやろう」


「試練……!?」


 幻影の魔王は指先から黒くぶよぶよとした塊を取り出した。それは人間の形になっていく。


「これは……俺!?」


「“黒人形くろにんぎょう”、魔族に撤退を迫るならこやつに勝ってみろ! 皇帝アーティス!」

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