第36話 帝国のために頼もしい援軍が駆けつけてくれる!
レムレムの登場にアーティスは驚く。
「レムレム……お前どうして!?」
「帝国ノピンチナノデショウ。コウイウ時コソ、ワタシノ出番デス!」
「だけどお前戦いは嫌いなんじゃ……」
「レムレムが言い出したことなのですよ」
白衣を着た男、魔法科学研究所の所長ハルバーだ。
「帝国軍がものものしく動き出していることに気づいたレムレムが、自分も戦いたいと言い出したのです。私としても彼の意志を尊重し、出陣させました」
「そうだったのか……」
レムレムはまっすぐに魔族たちを見据える。
「皇帝陛下、アノ時ハワタシノ気持チヲ察シテクレテアリガトウ。今コソ恩返シ、シマス!」
別の魔族が襲いかかるが、レムレムのパンチ一発で吹っ飛んだ。最新魔法科学で作られただけあって、本気で戦えば頼りになるのである。
しかし、魔族の数は多い。帝国軍が抑え切れなかった集団がアーティスを狙う。
「くそっ、まだ来るか!」
「皇帝陛下、ここはお任せを」
魔族の前にハルバーが立ちふさがる。
「ハルバー! 危ないぞ!」
「これは心外ですね。私は元々魔法使いとしてならし、それが高じて魔法科学研究所に勤め始めたのですよ」
右目のモノクルが怪しく光る。
「私が自分で開発し、試したい魔法があったのです。炎と竜巻、それに闇を加えた――」
ハルバーが両手を振りかざす。
「黒炎砲!」
黒く燃え上がる竜巻が、螺旋状の砲撃となって魔族達に炸裂する。十数体をまとめて片付けてしまった。
「な……!」
「どうです。私もなかなかのものでしょう」
にっこりと笑うハルバーに、アーティスは戦慄を覚える。
「さあ、ここは私とレムレムに任せて、自陣にお戻りを!」
「ありがとう!」
アーティスは礼をいうと、イディスのいる本陣に戻ろうとする。ところが――
すでにそこも魔族が襲来していた。
魔族は人間と違い、さまざまな形態が存在するので、それを生かし前線の帝国兵をすり抜けてこられる者も多いのである。
レイラとボルツも戦闘に巻き込まれている。
イディスも剣を持って、蛇のような魔族と格闘していた。
「あ、兄上ッ!」
「イディスッ!」
アーティスはメギドアソードで蛇形態の魔族を切り裂いた。
弟の危機を救えたが、まだまだ魔族は迫っている。
「くそっ、本陣も安全地帯とはいえないか……来い!」
魔族の集団に向けて、アーティスが剣を構える。
距離が縮まる。
彼に迫る一体の魔族が、たちまち斬撃を受けて倒れた。
「え……!?」
「皇帝陛下!」
斬撃の主はアーティスの友である若き剣闘士ヒリアムだった。
「ヒリアム!?」
「よかった、ご無事で! 剣闘士たちもみんな駆けつけてきますよ!」
ヒリアムが言った通り、大勢の剣闘士が戦場に現れる。
「どうして……!」
「どうしてってそりゃあ、祖国がピンチの時なんです。僕たちも戦わなくちゃ!」
剣闘士の指揮は王者バイロンが担っているようだ。
「いいか、こんな化け物どもに我が国を好き勝手させるな! 闘技場で鍛えた技を見せてやれ!」
バイロンの号令で剣闘士たちが魔族に挑みかかる。
闘技場で常に実戦に近い試合をこなしている彼らの剣技は、帝国軍正規兵よりも柔軟で実戦的な面もあった。
中にはかつてヒリアムをいじめていたブラッドの姿もあり、彼もあれから反省したことが窺える。
「ありがとう、ヒリアム! お前には助けられてばかりだ!」
「何言ってるんですか。陛下と知り合ってなきゃ、僕は今も弱虫のままでしたよ」
今のヒリアムには歴戦の風格が漂っている。魔族にも負ける気がしない。
「ああ、それと……彼らとも合流したんですよ」
「彼ら?」
アーティスが目を向けると、そこにはゴブラスたちがいた。ゴブリンを始めとした魔物を率いている。
「ゴブラスぅ!」
「どうも。苦戦しているようですが……我々が来たからには五分五分の戦いができますね」
眼鏡を指でクイッと上げるゴブラス。相変わらずである。
「まさか、お前たちまで……いいのか? 相手は魔族、仲間みたいなもんじゃないのか?」
「魔界の魔族はそんな甘いものじゃありませんよ。現に我々もすでに彼らに襲われてますからね」
魔族は人間だけでなく、そこに住まう動物や魔物まで滅ぼすつもりだ。ゴブリンも、魔族の天下になれば住む場所を追われる運命にある。
魔法科学研究所の面々や剣闘士たち、魔物まで駆けつけ、アーティスは心を震わせていた。
「兄上、悪いけど感激してる時じゃないよ! 魔族の数はとてつもないんだ!」
「お、おう。分かってるよ」
これほど戦力が結集しても、魔界軍の勢いは止まらない。
恐れを知らず、肉体的にも強く、数も多いと三拍子揃っている。
「灼熱の炎よ、敵を焼き尽くせ……業火魔法!」
「少しでも傷を負ったら、私のところに来て下さい!」
宰相のボルツでさえ魔法を唱えまくり、レイラは拳で戦いつつ負傷者の手当てに当たっている。
少しでも隙を見せれば魔族は優れた闘争本能でそこを突いてくる。一瞬の油断も許されない。
兵士達の悲鳴が聞こえる。
「ぐわあっ!」
「速い!」
「虎みたいなのがそっち行ったぞ!」
かつてアーティスが狩りの時に出会ったデビルタイガー、あれの上位種のような黒い猛獣が飛びかかってくる。
「今度は虎かよォ!」
迎撃しようとするアーティスだが、黒い猛獣の首に矢が深く突き刺さる。
「グオオッ……!」
「え……!?」
矢を放ったのは――
「久しぶりだな、皇帝!」
ヴィルト族首長の娘エラノールだった。
「エラノール……!」
「エラノールさん!」
共に狩りをした仲のアーティスとレイラは喜びと驚きを同時に味わう。
「帝都の危機を知り、あたしから父に援軍に出たいと申し出てな。父は快く了承してくれたよ。ヴィルト族の戦士として友の危機にはせ参じろと!」
エラノールの指示で、ヴィルト族が一斉に矢を放つ。
的確に魔族だけを射抜くその実力は、帝国軍にとっても大いに助けになった。
ひとまず戦況は落ち着き、アーティス、イディス、レイラ、ボルツが固まる。
「イディス、こっからどうすればいい?」
「各地から駆けつけた援軍のおかげで、膠着状態のようにはなった。だが、魔族の猛攻が続く以上、やはりこちらはジリ貧だ……」
「こっちがじわじわ削られていくってことか」
「うん。なにかこう、戦況を一気に打破できるような攻撃をかませればいいんだけど……」
「例えば、神様なんかが味方について、魔族にグワーッと攻撃してくれればいいんだけどなぁ……」
「まさか、戦争中に神頼みするわけにもいかないしね」
イディスが苦笑すると突如、
「神ならば、ここにいますよ!」
と声が降りかかってきた。
声がした方を振り向くと、グモリアとネファーゾがいた。
「ただし……邪神ですがね」
「グモリア……!」
「グモリア様がどうしても、とおっしゃるので……」ネファーゾが説明する。
「しかしグモリア、あんたは戦えるのか? あんなに気が弱いのに……」
「こうして戦火に見舞われるメギドアを見て、我はようやく気づいたんです」
「え……」
「我の邪神としての使命を……。我の使命は、メギドア帝国の平和を脅かす者に“災い”をもたらすことだったのです!」
グモリアは力強く宣言する。
すると、グモリアの強い気配を察した魔族の集団がやってきた。
「邪滅閃!!!」
グモリアの両手から放たれた邪気を纏った光線が、魔族集団をまとめて蹴散らした。
この光景を目の当たりにした帝国陣営は目を丸くする。
アーティスですら驚いている。
「こんなに強かったの……!?」
「一応邪神ですから」
どんなに気が弱いライオンがいたとしても、爪も牙もあるだろうし、弱いわけがない。まして邪神ならなおさらであった。
「これも兄上が教団の存続を認めたからだよ」
「かもな」
人にした施しはいつかきっと返ってくる。
アーティスはそんな言葉を思い出していた。
「アーティス様、あっちからも敵が!」とレイラ。
とはいえやはり予断は許さない。魔族の猛攻は止まらない。
「ギャアアアアアアス!」
不気味な雄叫びを上げながら、襲い掛かる魔界軍。
だが、どこからともなく飛んできた炎の奔流で、まとめて焼き払われる。
「な……なんだ!?」
「苦戦しておるようだな、アーティス」
「あ……!」
炎の主はエンペラードラゴンだった。
「あんたまで来てくれたのか!」
「これだけ騒がしいとな。それに魔族に帝国を滅ぼされればワシとて無事には済むまい。皇帝に皇帝が手を貸すというのもまた面白かろう」
「……その通りだな!」
エンペラードラゴンが尾を振り回すと、それだけで魔族が十数体吹き飛んだ。
「お強いですね~」レイラが感心する。
「エンペラードラゴンと戦争にならなくてホッとしましたな」ボルツも息を飲む。
そんな二人にも容赦なく魔族は向かってくる。
「レイラ殿、下がって!」
「いえ、私も戦います!」
しかし、その魔族がレイラたちを襲うことはなかった。
白い狼の群れがその魔族に食らいつき、たちまち絶命させてしまった。
「この白い狼は……!」
ボルツには見覚えがあった。
「ずいぶんと楽しそうじゃな。わらわは出遅れてしまったか」
「シェンハ殿!」
不老不死女のシェンハまで、援軍として来てくれた。
「シェンハ様、来て下さったんですね!」喜ぶレイラ。
「わらわのいる島からも、おぬしらの危機が察知できたのでな。友の危機じゃ、力を貸そう。どうせわらわは死なんしな。いくらでも無茶ができる」
「ありがとうございますっ!」
シェンハは微笑むと、霧を生み出し、そこから狼の大群を作り出した。
彼女の術は不老不死島限定のものではなかったようだ。
「さあ、ゆけ! 汚らわしい魔族どもを食い散らせ!」
号令で白い狼が大暴れする。手足に喰らいつき、喉笛に噛みつく。その素早い動きに魔族たちも翻弄されている。
アーティスが尋ねる。
「あのさシェンハ、俺たちにけしかけた時より狼が強くない?」
「そりゃそうじゃ。あの時は加減してたからのう」
本気の白狼と戦っていたら、俺たちは不老不死島で人生を終えてたかも、とアーティスは寒気がした。
「しかし……あれはちと厄介じゃぞ」
「え」
シェンハが見た方角からは、翼を持った空飛ぶ魔族が攻めてきていた。
グモリアの邪滅閃やエンペラードラゴンの炎をもかいくぐっている。
このままでは帝都まで素通りされてしまう。
「矢を射ろ! 絶対に通すな!」
アーティスが命令した瞬間、巨大な岩が魔族に命中した。
「な……!?」
岩は次々飛んできて、ついには飛行魔族を撃墜してしまう。
恐ろしいほどの命中率である。
「投石器……!? だけど、あんな大きさの岩を飛ばせるわけが……」
イディスはこんな投石器は存在しないと驚くが、アーティスには心当たりがあった。
岩が飛んできた方向に振り向くと、その心当たり通りの人物が立っていた。
「ガーディアン!」
「ふふふ、この兵器の出番だと思い、やってきましたよ!」
巨大投石器を携え、嬉しそうなガーディアン。彼は遺跡の番人であり、投石器の使い手でもあったのだ。
「なんでそんなに岩を正確に飛ばせるんだ!?」
「それは……私がガーディアンだからです!」
全く説明になっていないが、封印を解かれし古代兵器のおかげで対空防備も万全となった。
帝国のために駆けつけてくる援軍に、アーティスは胸が熱くなった。
自然と言葉を漏らしてしまう。
「ありがとう……みんな、ありがとう!」