第34話 闇の勢力が攻めてくるなら皇帝は迎え撃つ!
相変わらずの曇り空の下、帝都城下町で悲鳴が上がった。
それもそのはず。恐ろしい邪神が町を闊歩しているからだ。
グモリア教団で崇拝される、この世で最も平和的な邪神グモリアである。
「急がないと……」
普段はグモリア教団の神殿で、信者という名の来客と共にお茶やゲームを楽しんでいる彼が、今日はアーティスのいる城を目指していた。
「グモリア様、そっちじゃなくこっちです!」
「あ、すみません!」
大工を本業とするグモリア教団教祖ネファーゾに引率され、邪神は皇帝の元に向かう。
「あそこにある串焼き、おいしそうですね」
「食べてる場合じゃないですよ、グモリア様!」
「そうでしたね、失礼しました!」
***
皇帝の間にてアーティスはレイラとトランプでポーカーをしていた。
「アーティス様、何を賭けますか?」
「んじゃあ……皇帝の座!」
「分かりました! じゃあ私は聖女の座を賭けます!」
結果はアーティスがワンペアで、レイラはツーペア。レイラの勝ちである。ちなみにお互い全くポーカーフェイスをしていない駆け引き無しの運任せポーカーであった。
「やったーっ!」
「くそ……! レイラ、今日からお前が皇帝だ!」
「いえいえいえいえ! 私は聖女だけで精一杯です!」
二人がこんなゲームをしているのには訳がある。このところの曇り続きで気持ちが晴れず、ゲームで盛り上がるしかないのである。
そこへボルツがやってくる。
「陛下、珍しいお客が来ましたぞ」
「珍しい客? ちょっと前に聖女が来たよな……じゃあ次は神様か?」
「はい、神様です」
冗談で言ったつもりが本当だったので驚くアーティス。
「邪神グモリア様です。教祖ネファーゾ殿もご一緒に」
「グモリア教団の二人か。よし、すぐに謁見の時間を取ろう!」
テキパキと謁見がセッティングされる。
まもなくグモリアとネファーゾの二人が皇帝の間に入室する。
「お久しぶりです、皇帝陛下」
グモリアがひざまずき、丁寧に挨拶する。相変わらず腰が低い。
「あ、いやこちらこそ」
お互いに恐縮してしまう。
「コホン。邪神グモリアよ、いったいなんの用だ?」
「今、この帝国に邪悪な気配が漂っています」
「だろうね、俺の目の前とかに」
慌てるグモリア。
「いえいえ我のことではなくて」
「分かってるよ。しかし、邪悪な気配ってのは?」
「このところ空に漂う暗雲……ようやく分かりました。あれはメギドア帝国と魔界が近づいていることによって起こっている異常気象なのです」
「魔界……!?」
いきなり出てきた物騒な単語に驚くアーティス。
「神話に登場するような代物ですから、皇帝陛下が驚かれるのも無理ないと思います。異次元にある闇の世界とでも理解して下さればよいかと」
確かにメギドアに伝わる神話には魔界もちょくちょく登場する。
切れ味鋭い国宝メギドアソードも魔界との戦いで活躍したという逸話が残っている。
「ざっくり説明しますと、太古の時代、魔界はもっと近しい存在でありました。魔界の住民は“魔族”といい、魔族にはこの大陸を支配したいという野心がありました。しかし、人間によって撃退され魔界に追いやられたという経緯があります。当時活躍した人間たちが、おそらく現在のメギドアを始めとする国家の創始者ともいえる人々なのでしょう。また、今も残存する竜や魔物といった生き物たちは、その時追いやられることのなかった魔族の末裔といえます」
「なるほど……」
「こうして大陸は平和になり、このメギドアの元となるような国が出来、人間たちの文明が本格的に始まっていったのです」
あまりにスケールの大きい物語に、アーティスは息を呑む。
「しかし、夜空にまたたく星が我々のいる大地から遠ざかったり近づいたりするように、魔界にも人間界に“最も近づく時期”というのがあります。それがまさに今なのでしょう。ですからその際に生じる邪気のせいで、こうして我も封印から解かれてしまった」
グモリアの復活は単なる偶然ではなく、魔界が近づいている影響によるものだった。
「そして彼らはこのチャンスを逃さず、接近した魔界とメギドア帝国を繋げようとしている。でなくば、帝都周辺における急激な邪気の高まりは説明がつきません」
接近だけではなく、“乗り込んでくる意志”すら感じるという。
「魔界の魔族がこの帝国にやってくるとして……その狙いは?」
「もしも我が彼らだったら……この帝都を狙います。ここを落とし拠点とすれば、魔族を鼓舞できますし、大国を落としたと人間たちには恐怖と絶望を与えられる。まさに一石二鳥です」
「さすが邪神。魔族の気持ちをよく分かってる」
「す、すみません……」
「別に皮肉じゃないって!」
ボルツがグモリアに尋ねる。
「グモリア様。魔族がここを狙うのはいいとして、力ずくで来るのでしょうか? “私だったら”の話をすると、例えばこの帝都にスパイを送り込むなどすると思いますが」
グモリアが答える。
「そうですね。これだけ魔界が近づくと、優れた術式を使える魔族ならば、すでに人間界に来ていてもおかしくはありません。例えば不思議な力を持った人物が、この帝都に訪れたりしませんでしたか? 皇帝陛下に取り入ろうとするような……」
「……来た」
アーティスはすぐにエキドナのことを思い出す。
重傷者をも治す力を持ち、あからさまにアーティスを誘惑しようとしていた。
「あの能力、俺に仕えるのを断られた時の恐ろしい顔、魔族だとすると色々納得がいくな」
ボルツも同調する。
「レイラ殿を引き離すようにいったのも、彼女の聖なる力が苦手だったためでしょう。危ないところでしたな」
「ああ……もしレイラがいなかったら、俺はあの女を受け入れてたかもしれない。レイラに感謝だな」
“偽聖女”エキドナがアーティスに取り入っていたら、帝国軍の武装を解除させたり、帝都の門をあえて開いたり、やりたい放題できたであろう。
グモリアの読みでは、魔族は帝都から決して遠くないところに魔法陣を築き、魔族を次々召喚するはずだという。
それはおそらくすでに秒読み段階に入っているはずで、場所までは特定できない以上、阻止するのは難しい。攻め込まれることは覚悟すべきと説いた。
「我にはこれぐらいのアドバイスしかできませんが……」
「いやいや、十分すぎるぐらいだ。ありがとう、邪神グモリア。邪神にしとくのが惜しいぐらいだ」
「恐れ入ります」
アーティスが皇帝の顔つきとなり、ボルツに命じる。
「ボルツ、ゴランを呼べ! 帝国軍に迎撃態勢を作らせろ!」
「承知しました!」
***
ゴランが迅速に帝国軍を編成する。さらに魔力強化した早馬や伝書鳩を飛ばし、魔法による緊急信号も送り、帝国各地に散らばる兵たちも呼び寄せていくという。
魔族は近く帝都に押し寄せる。帝都の守りを徹底的に固め、なおかつ戦力を結集させるのが最上の策であるというのが帝国上層部の見解だった。
「今帝都近辺にいるだけの兵を全て招集しました」
「ありがとう、ゴラン」
鼓舞するために壇上に立ち、兵士たちの前に出るアーティス。
「みんな、聞いて欲しい」
帝国兵たちは耳を傾ける。
「ゴランから聞いていると思うが、今メギドア帝国は魔族による危機に晒されている。いきなり魔族なんてのが出てきて困惑している部分はあると思うが、これは本当の話だ」
アーティスは兵士たちを見回す。
「魔族の強さがどのぐらいかは未知数だが、帝国内でも見るような魔物よりも手強いと見て間違いない。いつ攻めてくるか分からないし、数もおそらく相当なものだろう。分からないことだらけだ」
仮にフェザード女王国やガイン王国と戦争になったとしても、敵の数も質も分からないということはない。他の大陸から未知の国家が攻めてきたとしても、規模の推測ぐらいはできる。まさに暗闇をゆくような戦争になる。
「しかし、一つだけ分かってることがある。帝国軍が敗れ帝都メランが落ちたら、メギドアは終わる。ここを奪った魔族達によって国は蹂躙され、他国にも脅威は及ぶだろう。世界の危機といっても間違いないと思う」
負けられない戦いという緊張感が伝播する。
「俺は未熟でバカな皇帝だと我ながら思う。だが、みんなのおかげでここまでやってこれた。みんながいるこの帝国を……こんなところで終わらせるわけにはいかない。守り抜かなきゃならない」
声に力がこもっていく。
「相手が何者だろうと関係ない。頼む、絶対にこの帝都を守り抜いてくれ! 帝国のためにその命を使ってくれ! 皆の力で魔族どもを追い払ってくれ!」
アーティスの国を愛する思いは全軍に伝わった。
地響きが起きんばかりの雄叫びが上がる。
傍に控えていた弟イディスは、この光景を見て悟った。
やはり皇帝になるべきは兄だったと。
帝国軍は一つになった。後は魔族を迎え撃つのみ。