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第33話 帝都に二人目の聖女がやってきた!

 鬱屈とした曇り空が続く帝都。

 一人の美しい女が町を訪れていた。

 白と黒を基調としたローブを身につけ、黒髪に赤い瞳を持った女だった。


 馬車で衝突事故が起こり、混乱している場に居合わせる。


 事故に巻き込まれた当事者たちの中には骨折している者もいた。医者や魔法使いを呼べという怒号が響き渡る。

 赤い瞳の女はそんな現場に降臨した。


「私にお任せ下さい」


 女はたちまち不思議な光で、重傷を負っている者達を治してみせる。


「すげえ!」

「マジかよ……!」

「あそこまでの芸当は回復魔法でもできねえぞ!」


 にっこりと笑って、女は立ち去る。

 すごい力を持つという赤い瞳の女の噂は、たちまち帝都中に広まっていった。



***



 宰相ボルツが、玉座のアーティスに話しかける。


「陛下、近頃城下町で“聖女”が現れたのを知っていますか」


「聖女? レイラのことじゃないのか?」


「それが“エキドナ”と名乗る聖女で、かなりの力を秘めているようです」


「かなりってどれぐらい?」


「骨折などの重傷者もたやすく治してしまうとか……」


 これを聞いていたレイラ、目を見開いて驚いている。


「すごい、私以上ですね……!」


 アーティスはこれを聞いて微笑む。


「ジャンルが違うってだけだろ」


 事実、レイラは傷を治す能力はさほどではないが、ニキビや吹き出物を消す能力には長けている。


 政務もひと段落つき、アーティスが紅茶を飲みながらくつろいでいるとボルツが報告に訪れた。


「陛下、お休みのところ申し訳ありません」


「別にかまわないが……どうした?」


「先ほど話した聖女エキドナが城にやってきて、陛下に謁見したいと申しているのですが」


「俺に?」


「いかがいたしましょう」


「拒否する理由もないだろう。会ってみよう」


 エキドナに会うことを了承したアーティスに対し、レイラは心中穏やかではなかった。


 自分よりも力の強い聖女。それが現れたのだから自分はお払い箱になるのでは、という恐れや不安を抱いていた。



***



 普通の国では君主への謁見など、最低でも数日、長ければ数ヶ月は待たされるのが一般的である。しかし、メギドアではその限りではない。アーティスが許せば、即日謁見も可能である。

 皇帝の間に聖女エキドナがやってくる。

 その黒髪と赤い瞳に、臣下たちはもちろん、アーティスも「ほう」と息を飲んだ。

 レイラも「こんなに美しい人がいるなんて……」と心の中がざわついた。イザベラと会った時と同等の衝撃だった。


「お初にお目にかかります、アーティス陛下」


「うむ」


 まずは定型通りの謁見が進む。

 エキドナは小国で生まれた聖女であるらしい。幼い頃に神の啓示を受け、大陸中を旅してきたという。

 その力は本物で、重傷者を治す力はレイラをも凌ぐ。


 エキドナの半生が見えてきたところで、謁見も本題に移っていく。


「聖女エキドナよ。お前の人となりは理解できたつもりだ。それで、今日は俺にどんな用件があって謁見に?」


 エキドナは言った。


「私を……陛下に仕えさせて下さらないでしょうか」


 これにアーティスは即答する。


「そりゃあかまわないけど……」


 あっさり承諾してしまった。

 これを聞いていたレイラは動揺する。心臓がトクントクンとペースを速める。思わず両手で胸を押さえてしまう。

 エキドナがアーティスに仕えたら、自分は本当にお払い箱になってしまう。それが恐ろしいし、悔しかった。しかし、それを口に出すわけにはいかない。ワガママを言ってアーティスを困らせたくはない。

 そんなレイラを横目で見ながら、エキドナは頭を下げる。


「ありがとうございます。では……一つお願いがございます」


 エキドナはレイラに顔を向ける。


「聖女は二人並び立たぬもの。あちらの方は教会に戻してもらい、私を陛下のおそばに置いて下さいませ」


「え……!」とレイラ。


 ただでさえ心が揺らいでいるのに、レイラの鼓動がさらに加速する。


「お願いいたします。私の力が本物だというのはお分かりでしょう?」


 エキドナがアーティスに歩み寄る。その肢体の滑らかな動作は、周囲の重臣たちをもざわつかせる。

 しかもエキドナを城に置けば、その利益は計り知れない。


「お願いいたします、陛下……。どうか私をおそばに……」


 赤い瞳を妖しく光らせ、エキドナが迫る。


「断る」


 またもアーティスは即答した。


「な、なぜ……!?」顔を引きつらせるエキドナ。


「なぜって、仕えるのいいけどレイラを戻すってのは考えられないわ」


「しかし、私の力は彼女以上の……!」


「そうかもしれないな。でも、俺の聖女はレイラだ。今も、そしてこれからも」


「……!」


 みるみるうちに顔を歪ませるエキドナ。

 アーティスは一瞬ぎょっとするが、すぐに皇帝の顔に戻る。


「というわけで、お引き取り願おう。ただし、できれば今後もその力を人々のために使ってくれるとありがたい」


 悔しさを滲ませつつ、エキドナは立ち去る。


 謁見が終わり、ボルツがアーティスをねぎらう。


「お疲れ様でした、陛下。それにしてもなかなか苛烈な女でしたな。力のある聖女というのはああしたものなのでしょうか」


 レイラはどこか不安そうな表情だ。


「よかったんですか。私なんかよりもあの人をおそばに置いた方が……」


「レイラまで何いってるんだ。だいたいお前はあの女王イザベラと仲良くなれたほどの逸材だぞ。そう簡単に手放せるかっての」


 けろりと言い放つアーティスに、レイラは元気を取り戻す。


「私……アーティス様にお仕えすることができて、本当によかったです!」


「俺こそレイラに仕えてもらうことができてよかったよ」


 そんな二人を温かく見守るボルツ。

 ミグが声をかける。


「ボルツさまも、奥さんとあんな感じで出会ったの?」


「ん、まあな。私がまだ駆け出しの文官だった頃に、城の通路でぶつかって……って何を言わせるんだ!」


 宰相ボルツもなかなか情熱的な恋をしたらしい。



***



 城を追い出されたエキドナ。

 赤い瞳をたぎらせながら、城下町を歩く。


「なんて皇帝だ……私の色仕掛けが効かないなんて……」


 すると、一人のゴロツキが声をかけてきた。


「へい、彼女! 君可愛いね! よかったら俺とお茶しない?」


 エキドナは全く相手にしない。

 これにはゴロツキも苛立ち、エキドナの肩を乱暴につかむ。


「ちょっと待てや! シカトこいてんじゃ……」


 エキドナはその右手をつかむと、ドアノブを捻るぐらいの動作で手首をへし折った。


「いぎゃぁぁぁぁぁっ……!」


 泣きわめくゴロツキには目もくれず、エキドナは城下町の出口に歩いていく。


「皇帝を篭絡できれば……と思ったが、まぁいい。裏工作などせんでも、こんな都市は落とせる。皇帝アーティスよ、あとほんのわずかの平和をせいぜい楽しんでおけ……」


 これ以後、帝都で聖女エキドナを目撃した者はいない。

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