表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/42

第32話 皇帝は少女を元気づけるぐらい朝飯前だ!

 城のバルコニーから空を眺めるミグ。

 帝国はこのところは曇り空のことが多い。そんな空模様に呼応するように、ミグはため息をつく。


「ふぅ……」


 後ろからレイラが話しかける。


「どうしたの、ミグちゃん」


「あ、レイラさま!」


 レイラも出自は村娘である。“さま”なんてつけなくてもと思うが、今では受け入れている。


「このところ曇りが多いでしょ」


「うん、そうだね」


「こんな天気が続くと、天国からもこっちは見えないのかなぁ、なんて思っちゃって」


「ミグちゃん……」


「なーんてね! あたし、洗濯物があったんだった! お仕事お仕事!」


 おどけてから走っていくミグの背中はどこか寂しそうに見えた。


 そのままレイラはアーティスに会いに行った。アーティスも嬉しそうに応じる。


「レイラか、どうした?」


「実は……ミグちゃんが寂しそうだなって」


「ミグが?」


「今日も曇り空を見ながら、これだと天国からもこっちが見られないなんて言ってまして」


「……」


 腕を組むアーティス。

 ミグの生い立ちを思い返す。まだ幼いのに両親を亡くし、タチの悪い商人に捕まり、足に鉄球をつけられ、奴隷扱いされ売られていた。

 侍女になってからは明るい笑顔ばかり見せているが、寂しくないわけがないのである。

 アーティスは腕を解いた。


「よーし、だったら祝ってやるか!」


「祝うってミグちゃんを?」


「そうさ! パーッとやろう!」


 アーティスはミグを祝うことに決めた。寂しさを取り除くことは無理かもしれないが、喜ばせることは出来ると考えたのだ。


「祝う理由はどうしましょう?」


「例えば誕生日とか」


「聞いたことありますが、まだずっと先ですね」


「結婚記念日とか……」


「ミグちゃんまだ子供ですよ!」


 あれこれ案を出すが、これといった記念日が思い浮かばない。


「うーん、だったらなんでもいいよ。侍女として成長した記念とかでさ」


「そうですね! ミグちゃんもすっかりお城に馴染んできましたし!」


 さっそくアーティスはキッチンに向かった。

 料理長にケーキを作るよう頼む。


「お任せ下さい、とびきりのケーキを作りますよ。陛下の誕生日の時以上のね」


「俺の時以上……ちょっと複雑な気分なんだけど」


 さらに使用人を集めて、食堂にパーティーの準備をさせる。

 脚立を使って、アーティスも積極的に部屋にリボンなどの飾りつけをする。


「なにも陛下がやらなくても……」


「いいんだ。やらせてくれ」


 食堂のデコレーションが出来上がり、アーティスも満足そうに鼻を高くする。

 同じように飾りつけを手伝っていたレイラに命じる。


「よっしゃ、ミグを呼んできてくれ!」


「はいっ!」


 程なくしてレイラに連れられてミグがやってくる。


 ミグが来た瞬間、一斉にクラッカーを鳴らす。

 パパパンという音が響き、アーティスがミグを祝福する。


「ミグ、おめでとう!」


「へ? なにが?」ミグはきょとんとしている。


「お前も侍女としてだいぶ成長したろ。だからこうやってお祝いをだな……」


 ミグは、ははーんという顔をする。


「アーティスさま!」


「な、なんだよ」


 いきなり怒鳴られ、アーティスは怖気づく。


「きっとレイラさまに『ミグちゃんが寂しそうだった』なんて言われたから『じゃあパーティーやろうぜ』なんてことにしたんでしょ?」


 大当たりだった。


「うぐ……!」


 アーティスはぐうの音も出なくなる。

 そんなアーティスを見て、ミグはため息をつく。


「気持ちは嬉しいけどさ」


「お、嬉しいのか! サプライズ大成功!」


「だけどね、アーティスさま。あなたは皇帝なんだよ? いくら可哀想だからって、一人の侍女を贔屓したらダメでしょ! こんな大げさなパーティーまで開いちゃって……みんな『ミグばっかり!』って思っちゃうよ!」


「返す言葉もございません」


 シュンとするアーティス。


 しかし、ミグの先輩に当たる一人の侍女が言った。


「そんなことないわよ、ミグちゃん」


「え?」


「私たち、ミグちゃんにずっとこういうことをしたいと思ってたの。だけど、かえってミグちゃんに気を使わせちゃうと思ったからなかなかできなかったの。そこに陛下がお声をかけて下さったから、“じゃあやろう”ってことになったのよ。贔屓なんかだとは思わないわ」


「……!」


 他の侍女や使用人たちも同じ気持ちらしく、次々ミグに声をかける。


「ミグちゃん、いつもありがとう」

「君が来てから、仕事がぐんと楽しくなったよ!」

「これからもよろしくね、ミグちゃん」


 これを聞いたミグも涙ぐむ。


「ありがとう、みんな……!」


 アーティスはこの光景を穏やかな笑みで見つめる。


「みんないい家臣たちだ。皇帝がよほど優れてるからだろうな!」


「そうですよ、アーティス様!」


 レイラに全肯定され、アーティスはかえって戸惑う。

 この場にボルツがいれば突っ込んでいたことだろう。


 パーティーが始まった。

 料理長渾身のクリームたっぷりのケーキをミグが食べる。


「おいしー!」


 続けてアーティスも食べる。


「うまい! マジで俺の誕生日の時のケーキよりおいしくないか、これ?」


「そりゃなんたって、あたしの記念日だもん。アーティスさまの時よりいいケーキじゃないと!」


「ミグぅ~! お前の給料減らすからな!」


「暴君!」


 食堂は笑い声に包まれる。ミグにとっては一生忘れられない一日となった。


 パーティーの最中、アーティスはふと窓から空を見る。


「しかし、せっかくのパーティーなのにこのどんよりした曇り空はなんとかならんものかな」


 どことなく不吉さを伴った暗雲がこのところずっと帝国の上空に留まっている。


 そして、この雲がアーティスに過去最大の試練をもたらすことになるのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ