第30話 皇帝vs国王の決闘だ!
国同士の仲が悪くなったら、戦争なんかせず、君主同士で戦って勝敗を決めればいいじゃない。こんな庶民同士の会話で出て来そうなアイディアが実現してしまった。
メギドア帝国とガイン王国の国境にある砦、その試合場にて、二人の君主が真剣勝負を行うのだ。
立会人として、両国の重臣らがずらりと並ぶ。
アーティスとドグラがそれぞれ準備をする。
アーティスの武器は国宝であるメギドアソード。神話の時代から存在するとされる名剣で、これまでも幾多の戦いを潜り抜けてきた相棒でもある。
対するドグラもその肉体に相応しいサイズといえる長剣を手に取る。これでまともに体を斬られたら絶命は免れない。
試合場の中央で両者が向き合う。
ドグラはアーティスを睨みつける。
「勝敗は……どちらかが負けを認めるまで。あるいは動けなくなるまで、でよかろう。むろん、死ぬことも含めてな」
「ああ」
アーティスはまるで臆していない。
両者が構える。
この時点で力量差ははっきりしていた。武芸の素人でも見抜けてしまうほどに。
なのにアーティスは冷静にドグラを見つめている。
合図はない。どちらかが動いた時点で決闘開始である。
「ぬうああああっ!」
ドグラから仕掛けた。
力強い踏み込みから、落雷のような一閃。
これをアーティスもかろうじて剣を横にして防ぐ。防御に使った両腕がビリビリと痺れる。
「よく防いだ!」
ゴランが思わず声を上げるほど、奇跡的な防御だった。今ので勝負が決まってもおかしくはなかった。
ドグラの豪快な攻撃は続く。
強烈な剣閃が幾度もアーティスの命を刈りにかかる。
しかし、アーティスも防ぎ続ける。が、攻撃には全く移れない。神経を防御に集中せねばたちまち斬られてしまうからだ。
ゴランは思う。
アーティスはよくやっている。この決闘という大一番でいつも以上の力を発揮している。それでもなお、相手の技量はアーティスの遥か上をゆくのだ。
「ぬあああっ!」
ついにドグラの一撃がアーティスの腕を捉えた。
「うぐ……!」
右腕に傷を負った。血が床にしたたる。が、アーティスは諦めていない。眼光は鋭いままだ。
「アーティス様!」レイラが悲鳴にも似た叫び声を上げる。
手負いになったアーティスに、ドグラは決闘中らしからぬ静かな声で語りかける。
「若造……」
「ん?」
「おぬし……死ぬのが怖くないのか?」
アーティスは自分の傷口を少し眺めてから答えた。
「死ぬのは……怖いかな」
ドグラはそうだろうという顔をする。
「ただし、俺が死ぬことでメギドアがどうかなっちゃうんじゃ、とかそういう怖さはないな」
「なんだと?」
「俺が死んでも……イディスがいて、ボルツがいて、レイラがいて、ゴランがいて、ミグがいて、みんながいて……必ずうまくやってくれる。俺が死んだぐらいで、メギドアは何も変わらない。だから、そういう意味では怖くないともいえる」
アーティスはまっすぐドグラを見据える。
「だから俺は帝国が大ピンチって時にはこうやって体を張れるんだ。みんながいるから……俺はあんたと戦えるんだ!」
「……!」
ドグラは動揺する。
目の前の若き皇帝は紛れもなく国のために命を懸けてきた。
それに引き換え、自分はこの決闘に命を捧げる覚悟はあったのかと。
「うおおおおおおっ!」
アーティスが仕掛ける。名剣メギドアソードで、気合の入った攻撃を繰り返す。
ドグラが初めて守勢に回る。
これにはガイン陣営もざわつく。
「国王陛下!?」
「ドグラ様!」
「バカな!」
負傷を感じさせない決死の攻撃を繰り出すアーティス。だが、ドグラは腕力を生かした一閃を返す。
「ぬあああっ!」
この一撃でアーティスは体ごと吹き飛び、間合いが広がった。
決闘を見守る者たちは皆、確信していた。次の激突で勝敗が決すると。
両雄が剣を構え、息を整えながらじりじりと間合いを詰める。
永遠にも思える沈黙の後――
「だああああああああっ!!!」
アーティスが猛然と斬りかかった。迎え撃つドグラ。
激しい金属音。
剣が中空を舞った。
メギドアソードの刃が、ドグラの巨大な剣を弾き飛ばしていた。
カラン、と床に剣が落ちる音が響く。
ドグラは静かに言った。
「余の……負けだな」
「え……」
「剣を失ってはもはや戦えまい」
降伏を受けて、アーティスも剣を下ろす。
あなた素手でも十分強そうだけど、と思ったが口には出さないでおいた。
「じゃあ……同盟を検討してくれると?」
「こうして決闘を挑み、皆の前で負けたのだ。検討などとケチくさいことはいわん。同盟を組もうではないか」
「……!」
「アーティス殿、一国の皇帝であるあなたに数々の無礼、どうかお許し頂きたい」
深々と頭を下げるドグラ。
「あ、いや、こちらこそ……」
恐縮してしまうアーティス。今頃になって負傷が痛む。が、どうにか我慢する。
「アーティス様ッ!」
真っ先にレイラが駆けつける。
「すぐ治療します!」
イディスやボルツを始めとした重臣たちもアーティスを囲む。
「兄上、すごかったよ……! やはりあなたは……帝国を救ってくれた!」
「少しは兄として、かっこいいところを見せられたかな」
「陛下……立派になられて……」
「おいおい、泣くなよボルツ……」
臣下に慕われるアーティスを見て、ドグラは薄く笑みを浮かべた。
***
会談は終わった。いくらドグラが宣言したとしても、さすがに今日同盟を組むということにはならなかったが、フェザード女王国と同じく具体的に同盟話を進めるということで落ち着いた。
帰路につく途上、馬車の中でドグラの側近が尋ねる。
「陛下、あのアーティスという皇帝、陛下に比べると剣の腕は大したことがありませんでした。なのになぜ……」
「なぜだろうな。余にもよく分からぬ。ただ……戦いの最中、あの若造を気に入り始めている自分がいるのは分かった」
「ということは、わざと敗北を……?」
「いや、そうではない。戦っている最中、余は奴の後ろにメギドアという大国を見た」
「大国を?」
どういう意味か分からず、側近は首を傾げる。
「奴は自身の命を本当に国や国民に捧げていた。一方の余はどうだ。元々負けるはずのない戦いだったし、万が一負けたところで『決闘などお遊び、同盟など結ばん』と話をつけるつもりでいた。こうして口に出してみるとなんと醜悪な……負けるのも必然ではないか」
主君の自嘲に側近は何も言えない。
「それに、おそらくあの皇帝を余に殺されたら、メギドアは全力で弔い合戦に出ただろう。そんな予感がした。あの男、ふざけてはいるが民や重臣から愛されているな。もし余が決闘で死んだところで、そんなことにはなるまい」
「いえ、そんなことは……」
「ハハ。とにかく、あのイディスという弟が皇帝につき、怒りに燃え上がるメギドア帝国軍。もはや止める術はあるまい。そういう意味では、余の敗北は我が国にとっては最善の結果だったともいえる」
自分の敗北を冷静に分析したドグラは、心なしか嬉しそうだった。
「メギドア帝国のアーティスか……面白い奴が出てきたものだな」
***
その後、紆余曲折を経ながら三国の同盟話はどうにか進み、ついにはメギドアの帝都メランにて、調印式が行われる。
大勢の市民が見守る中、イザベラとドグラがそれぞれアーティスを称える。
「我々の仲を取り持った皇帝アーティス殿の偉大な功績に心から敬意を表したい」
「余に勝利した偉大なるアーティス殿が作り上げたこの同盟、未来永劫続くことを祈る」
さて、トリを飾るアーティスはというと――
「あ、どうも。偉大な皇帝……アーティスです。このたびは三国が仲良くなって、とてもよかったです!」
緊張のあまり、子供の作文レベルの感想を述べてしまったアーティス。
これには皆が笑った。
レイラは無邪気に拍手し、ミグは涙を流す勢いで爆笑し、ボルツは「絶対やると思ってました」とつぶやいた。
ここで一区切りとなります。
第三章は終了となり、物語はクライマックスに移ります。
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