第3話 皇帝は教会と結びつかないとな!
アーティスが城内で使用人とすれ違う。普段と服装が違うことに目が留まる。
「今日はいつもよりおめかししているな。どこに行くんだ?」
「ええ、教会にお祈りをと」
「ふーん……」
そういえば教会ってあまり行ったことがなかったな……とふと気づくアーティスだった。
こうなると、やることは決まっている。
皇帝の間にて、いつものように宰相ボルツに話を持ちかける。
「ボルツよ、皇帝は帝国で最も偉く、強大な権力者だよな」
「そうですね、一応」
一応と言われたにもかかわらず、アーティスは満足そうにうなずく。
「教会もまた、大勢の信者を持っており、強大な勢力といえる」
「我々としても無視できない存在ですな」
「もし、皇帝と教会が結び付いたらどうなると思う? ――そう、最強になれる!」
「まあ、確かに」
あなたにしてはいい考えだ、というニュアンスである。
「よっしゃ、さっそく教会に行くぞ!」
「今日ですか!?」
「当たり前だ。明日になったら“やっぱり面倒になった”ってなってそうだしな」
「ああ、その気持ち分かります」
これには納得するボルツ。彼にも心当たりがあるようだ。
「てなわけでボルツ、このあたりで一番大きい教会は?」
「帝都から少し離れたところにある『大教会』がよろしいかと。そしてここには……“聖女”がいます」
「聖女だと!?」
聖女とは神から直接神託を受けた乙女のこと。魔法とはまた違う、不思議な力を持っているとされる。
アーティスも聖女の噂を聞いて胸を高鳴らせる。
「教会と結びつき、聖女からも『あなたは神に選ばれた皇帝』などと言ってもらえれば、俺の権威はうなぎ上りって寸法よ!」
「確かに……あなたにしてはいい案ですな」
はっきりと“あなたにしては”と言われたのに、アーティスは満足そうに微笑む。
「そうと決まれば、目的地は『大教会』だ!」
***
大教会に到着した二人。
メギドア帝国最大級の教会の一つであり、大勢の僧侶が暮らしている。
さっそく手続きをして、教会の責任者と会えることになった。
現れたのは金色の僧衣に身を包んだ、白髪の老人であった。皺の深さがそのまま信仰の深さを表しているかのようだ。
「彼がベルグ大司教、この教会の最高責任者です」とボルツ。
「ベルグと申します」
「皇帝のアーティスだ。よろしく!」
満面の笑みで挨拶するアーティス。
「ところで、本日はどのようなご用件で……」
「皇帝は権力を強化するため、教会と結びつくべきだと判断してな。今日は教会というものを存分に教えてもらいたい」
アーティスはストレートに伝える。
「なるほど……教会としても、皇帝陛下と結びつきができるのはありがたい」
ベルグも皇帝との結びつきは望むところのようだ。
「楽しませてもらおうか」
邪悪に微笑むアーティスとベルグ。二つの大権力が出会ってしまった。
ボルツはそんな二人を不安そうに眺めていた。
……
二人はプールのような施設がある部屋に案内される。
「ここは?」アーティスが尋ねる。
「沐浴室です」
「もくよく?」
「水で体を清める場所です」
「なるほど……よし、やるぞボルツ! レッツ沐浴!」
「私もですか?」
「当たり前だろ」
アーティスとボルツはパンツ一丁で沐浴を始める。
「ふぅ~……気持ちいいな、ボルツ」
「ええ、水とはいえ適度な温度にしてあって、決して冷たくありませんな。体が癒やされます」
しばらく浸かっているうち、アーティスがボルツに水をかける。
「えいっ!」
「何をするんですか!」
「今のが暗殺者の攻撃だったら……宰相暗殺事件になってたな」
アーティスがニヤリと笑う。
「だったらお返ししますよ! 皇帝を暗殺します!」
ボルツも反撃に水をかける。
「やるなボルツ!」
「こういうのは無礼講ですよ!」
神聖なる沐浴室で水の掛け合いをする二人。バシャバシャという音が響き渡る。
やがて、二人とも我に返る。
「なんで20歳の皇帝と、50歳の宰相が、教会で仲良く水かけ合わなきゃならないんだ!」
「それはこっちの台詞ですよ!」
……
続いて、食堂にて食事が振舞われる。
大司教ベルグがおごそかに告げる。
「さ、お二人とも、どうぞ」
教会の食事は野菜が中心の質素なものではあるが、味は悪くなかった。
アーティスもボルツも、ナイフとフォークが止まらない。
「宮廷料理に比べるとだいぶ質素だが、悪くないな」
「ええ、私ぐらいの年齢になると、こういう食事の方が体にも合ってますよ」
談笑し、二人で笑い合う。
気づいた時には出された料理をすっかり平らげてしまった。
……
食事を終えると、教会が信仰する神の像まで案内される。
「では、お祈りをどうぞ」
「うむ」
膝をつき、神に祈りを捧げるアーティスとボルツ。
一分間祈ったところで、合図があり立ち上がる。
「ボルツ、何を祈った?」
「陛下がもう少しマシになるように、と」
「ハハハ、冗談キツイなぁ。ボルツったら……」
「マジですが」
「あ、そう……」
冷酷に告げられ、へこむアーティス。
「陛下こそ、何を祈ったんです?」
「それはもちろん、メギドア帝国がいつまでも平和でありますようにって」
「明日は雪でも降りそうですな」
「だろ? 自分でもそう思う」
にっこり笑うアーティスに、ボルツは雪玉でもあれば石を入れて投げつけてやりたいと思う。
祈りを終えた二人にベルグが話しかけてくる。
「いかがでしたかな? 教会は」
「とても楽しかった! ごちそうさまでした!」
屈託のない笑顔で返すアーティス。
「じゃあ、帰るぞボルツ」
「え、これで終わりですか?」
「ああ、終わり」
「いやいやいや! これじゃただの教会ツアーじゃないですか! 水浴びしてメシ食ってお祈りしただけですよ!」
「だけど楽しかったろ?」
「……楽しかったです」
ボルツもなんだかんだ楽しかったようだ。
心が洗われた二人は、爽やかな顔でうなずき合う。心底教会に来てよかった、という表情である。
「じゃあ帰りますか、陛下」
「そうしよう」
教会を出ようとする二人の背にベルグが声をかける。
「お待ち下さい、皇帝陛下」
「ん?」
「せっかくですから、我が教会の“聖女”に会っていきませんか?」
「あ、聖女」
教会ツアーが楽しすぎて、アーティスは聖女の存在をすっかり忘れていた。
「ぜひお願いする」真面目な表情で依頼する。
「では連れて参りますので」
アーティスとボルツが待っていると、ベルグが聖女を連れてきた。
背中にかかるほどの長い銀髪に白い衣、透き通るような白い肌を持った美しい娘だった。
「彼女が聖女レイラ・ローズです」
「これが……聖女……。レイラ……」
この世のものとは思えない美貌に、思わず見とれてしまうアーティスとボルツ。彼女を自分の視界に入れて汚してもいいのか、という思いすら抱く。
聖女レイラが前に進み出る。
唇が開かれる。
この美しく細くなめらかな唇からいったいどんな神々しい言葉が紡がれるのか、アーティスは緊張する。
「初めまして!」
「え」
「私、レイラと申します! この教会で聖女として活動させて頂いております! よろしくお願いします!」
「よ、よろしく……」
そこらの町娘かと言いたくなるような元気のいい挨拶が飛び出したので、さすがのアーティスも呆気に取られてしまった。