第29話 皇帝ならば会談相手がおっかない国王でも恐れはしない!
メギドア皇帝アーティスとガイン国王ドグラの会談は、やはり国境に近いガイン軍の砦で行われることになった。
出席者はメギドアとしてもベストメンバーを揃えた。
皇帝アーティス。
宰相ボルツ。
優秀なる弟イディス。
聖女レイラ。
軍団長ゴラン。
他の重臣も、いずれも先帝時代からの忠臣といえる者ばかりである。
「どんな会談になるか読めませんな」不安そうなボルツ。
「兄上はとにかく自分の持ち味を出すことに専念してくれ」イディスがアドバイスする。
「ドグラ様の顔のシミを私が癒やしたら……同盟できるでしょうか!?」レイラは混乱している。
「いざという時はこのゴラン、必ずやメギドアに勝利を捧げます!」敬礼するゴラン。
アーティスは落ち着いた表情でうなずく。
「ありがとう、みんな。さあ、皇帝vs鉄の王を始めるぞ!」
***
砦内の会議室で、メギドアとガイン、両陣営が顔を合わせる。
ガイン国王ドグラの迫力ある面相に、メギドア陣営は緊張に包まれる。
こんな男をアーティスがどうにかできるのか、という不安がよぎる。
ドグラは笑顔で近づいてくる。
「これはこれは……アーティス殿。お初にお目にかかる」
右手を差し出す。指は太く、掌は分厚く、歴戦の戦士であるというのが分かる。
だが、差し出した相手はイディスだった。
「私はアーティスの弟イディスで……」
「おおっと、これは失敬!」
ドグラはアーティスとイディスをそれぞれ見比べる。
「似たお二方がいるので、優秀そうな方がアーティス殿だと勘違いしてしまった。どうか許して欲しい」
むろん、わざとである。ドグラとて皇帝のことは事前に調べ上げている。
露骨な挑発行為に、メギドア陣営は不快感をあらわにする。ボルツも抗議の声が喉まで出かかる。
ところが――
「弟を褒めてくれてありがとう」
アーティスは受け流した。というか、本心であった。他国の王に弟を褒められて嬉しかった。
挑発が通じず、今度はドグラが顔をしかめる番になった。
アーティスは「ヤバイ、俺失言したかな」と不安になる。
「まぁいい、会談を始めようではないか」
「ええ」
両陣営が席につき、テーブルを挟んで向かい合い、メギドア・ガイン君主会談が始まった。
まずドグラが話題を切り出す。
「書状への回答……検討頂けたかな」
「ああ、検討した」
強硬に出るか、それとも弱腰か。ドグラはここでアーティスの器を見定めるつもりでいた。
「答えは?」
「フェザードとの同盟をやめるつもりはないし、貴国と戦争するつもりもない」
ドグラの眉が動く。この答えも想定内。重要な決断ができない優柔不断な君主と結論づけることもできる。
「ほう……ならばどうするつもりで?」
「同盟を結ぼう!」
これにはガイン陣営は「ハァ?」という表情になる。実際に声を上げた者もいた。
「同盟!? フェザードに続いて、我が国とか!?」
「そうだ!」
「フハハハハ、バカなことを……三国で仲良くしたいとでもいうのか!?」
「仲良くしたい!」と返すアーティス。
ドグラは呆れたような表情を浮かべる。駄々をこねる子供を見るような目つきだ。
「兄上、ここからは僕が」イディスが代わる。
ここからイディスはメギドア帝国とガイン王国が同盟することが、いかに両国にとって利益になるか語り出した。
単に平和になるだけでなく、文化、産業、軍事、科学、魔法、さまざまな点で交流することができる。
世界にはまだ見ぬ強国もあるはずであり、いつか攻めてこないとも限らない。そんな時、三国が連携していなければ各個撃破される恐れもある。今こそしがらみを捨て、つまらないいがみ合いはやめるべきだ。
また、周辺の小国も安心するだろう、と――
この間、アーティスはうんうんとうなずいていた。
ボルツは小声で「絶対よく分かってないでしょ」と肘で突いた。
イディスの理路整然とした発言に、ドグラは理解を示す。
「ふむ、実に分かりやすいし、整理されておる。やはり皇帝はイディス殿がやった方がよいのでは?」
「恐れ入ります」淡々と答えるイディス。
「兄として誇らしいぞ!」満面の笑みのアーティス。
嬉しそうなアーティスに、ドグラはプライドがないのかと内心舌打ちする。
硬骨漢でならすドグラにとって、アーティスという皇帝はなにもかもが癇に障った。
貫禄も威圧感もなく、同盟を組みたいなどと絵空事をいい、弟の方が皇帝らしいと言われても喜ぶ始末。
ドグラも国としてのメギドアには一定の敬意を払っている。アーティスがそんな大国を背負っていけるような人材とはとても思えなかった。
この青すぎる若造にキツイ灸をすえてやりたい――そんな思いがドグラの中に芽生えつつあった。
会談は続くも、流れは変わらない。
歩み寄るメギドアと受け付けないガイン。議論は平行線が続き、半ば空気が弛緩してきた頃、ドグラがこう提案する。
「アーティス殿、おぬしはどうしても我が国と同盟したいのかね」
「ああ……したい!」
「ならば、こういうのはどうだ? おぬしと余で決闘をするというのは」
突然の提案にメギドア陣営も、ガイン陣営も驚いた。
「余とおぬしとで一対一の決闘をする。むろん剣は真剣を用いる。余が勝てばこちらからの要求は飲んでもらう。しかし、おぬしが勝ったなら、同盟については善処してもよい」
君主同士で決闘をして、全てを決める。もっと遡った時代ならいざ知らず、今の時代にこんな方法での外交などあり得ない。
ドグラもそれは分かっている。目の前の若造が怖気づく様子を見たかっただけである。
「分かった、受けよう」
その期待はあっけなく裏切られた。
「……なに?」
「俺としてもガインとは同盟を結びたい。それしか方法がないなら、あなたと決闘をしよう」
堂々と言い放つアーティスに、ボルツは気を動転させる。
「ちょ、ちょ、ちょ、待って下さい!」
「なんだよ」
「決闘って……なに考えてるんですか! 軽々しく受けないで下さいよ! だいたいあなた、そんなに強くないでしょうが!」
「そんなことないぞ。俺だって色々やってるし……ほら、ミグだって助けたし……」
「相手はドグラ国王ですぞ! “鉄の王”と恐れられる戦士でもあるのです! たとえ軍団長のゴランや、あるいは闘技場王者のバイロンなどが挑んでも、確実に勝てる相手ではないのです! あなたが勝てるわけないでしょうが! 決闘というかただの自殺ですよ!」
この点についてはイディスも同意する。
「その通りだ、兄上。どうか撤回してくれ!」
アーティスは引かなかった。
「いいや、もう受けるといったし、俺は決闘を受ける」
「吐いた唾を飲み込むなよ、若造……」
睨みつけるドグラに、アーティスはあっさりうなずく。
「日時はどうしようか」
「おぬしにも準備がいるだろう。一ヶ月後、この砦の試合場でということでどうだ?」
「いいだろう」
ボルツは「よくない!」と叫んだが、宰相の言葉で覆るはずもない。決定してしまった。
前代未聞、大国の君主同士の“決闘”が――
***
会談を終えてからというもの、さっそくアーティスはヒリアムを呼び出して、訓練を始める。
「悪いな、剣闘士として大事な時期だってのに」
「いえいえ! 国家の一大事以上に大事なことなんてありませんよ!」
二人は訓練用の木剣で打ち合う。
「せやぁぁぁっ!」
「あまり力みすぎないように! もっと変化をつけて!」
ヒリアムはすでに強豪剣闘士の域に達しているが、アーティスの剣はなかなかさまになっていた。
少なくともヒリアムに格段に劣るということはない。
ヒリアムとの訓練を終えたアーティスに、レイラが名乗り出る。
「次は私とボクシングしましょう!」
「よしきた!」
グローブをつけ、レイラとボクシングをするアーティス。
「いいフットワークですよ、アーティス様!」
「なんたって真剣勝負、斬られないように動き回らないとな!」
帝国軍の訓練に参加した時はすぐにバテていたアーティスだが、だいぶスタミナもついているようだ。
ボルツが休憩中のヒリアムに尋ねる。
「ヒリアムよ」
「宰相閣下!」
背筋を正すヒリアムに、ボルツは単刀直入に疑問をぶつける。
「お前の目から見て、陛下は……勝てるか?」
「……」
ヒリアムは神妙な表情を浮かべる。
「僕もドグラ国王の噂は知っています。自ら兵を率い、先頭に立ち、国内の過激派を叩き潰したこともあるとか。もし、その噂通りの強さであれば……勝つのは難しいでしょう」
ボルツもうなずく。ヒリアムが正直に答えたことに好感を覚えている。
「しかし、僕は皇帝陛下なら……きっとあの“鉄の王”にも食い下がり、何かをやってくれると信じています」
「そうだと……よいのだがな」
二人の目の前で、アーティスはレイラのアッパーカットをもろに喰らっていた。
たった一ヶ月で何が変わるのか。
しかし、アーティスは必死に鍛錬を続けた。三国による同盟を実現させるために――