第28話 皇帝は戦争の危機にも立ち向かわねば!
メギドア帝国とフェザード女王国が同盟を前向きに進めるという話は、一つの波紋を起こした。
帝国から西に位置するガイン王国である。
もし、この同盟が成立すれば、これまでは一対一対一だった三国の関係が、二対一になることになる。
ガインとしては面白くない状況だ。
ガイン王国の君主は国王ドグラ・アイヒマン。
齢はすでに50を越えているが、筋骨隆々の逞しい肉体を誇り、今でも自ら戦場を駆け回る。
白髪頭と白髭を蓄えた顔面は迫力満点。周囲からは「鉄の王」と畏敬の念を浴びている。
「フェザードの女狐め、何を考えておる。メギドアと同盟などと……」
玉座に深く腰掛け、忌々しげにつぶやく。
側近が答える。
「メギドアは先代皇帝が崩御し、長男アーティスが皇帝の座につきました。この者が動いている模様です」
「若造が……」
奥歯を噛み締める。
「いかがいたしましょう」
「こんな同盟を成立させるわけにはいかん。世間知らずの若造に、余の怖さを直々に教えてやらねばなるまい!」
国王ドグラは猛禽類を思わせる目をギラリと光らせた。
***
アーティスはいつものように玉座でくつろいでいた。全身の力を抜き、リラックスしている。
「帝国はやはり戦争をせねばな!」
リラックスしつつ物騒なことを言い出すのがアーティスの常である。
レイラは素直に驚いてしまう。
「戦争するんですか!?」
ミグも頬を膨らませて怒る。
「ダメだよ、戦争なんて!」
二人の反応に慌てるアーティス。
「落ち着け。マジでやるわけじゃないって。例えばチェスとかでさ……」
ボルツが血相を変えて飛び込んでくる。
「陛下、大変です!」
「おお、どうしたボルツ」
「ガイン王国から書状が届きました」
「まさか、チェスをやろうとか?」
「そんなわけないでしょう! 恐るべき内容の書状ですよ!」
「どんな内容?」
「ご自分で確認して下さいませ」
アーティスは書状を読み進める。
内容は「フェザード女王国との同盟を即刻破棄すべし。でなければ貴国との戦争も辞さない」という過激なものだった。
「本当に戦争が起こりそうじゃないか!」
「起こりそうです」
「……皆を政務室に集めろ!」
アーティスの号令で緊急会議が始まった。
意見は割れた。フェザード女王国との同盟を破棄するか、あるいはガイン王国との武力衝突も辞さないか。
「せっかく陛下が掴み取った同盟のチャンス、こんな書状一つで撤回できるものか!」
「弱腰の外交はガイン王国の思うつぼだ!」
「断固として突っぱねるべきだ!」
「ガイン王国は強国だ、敵に回すべきではない!」
「フェザードとの同盟のチャンスはまた作ればいい!」
「ドグラ国王は恐ろしい男だ。戦争するといったら本当にする男だ!」
意見が飛び交う中、ボルツが武人として会議に参加しているゴランに問う。
「ゴランよ、ガイン王国と戦争になったとして、どういった内容になると思う」
「はい、ガイン軍は極めて精強であり、“鉄の王”ドグラを中心に一丸となって帝国へ攻め込んでくるでしょう。兵力こそ我が帝国軍が上ですから勝利は収められるでしょうが、帝国軍の犠牲もかなりのものになるでしょう」
ゴランが淡々と答える。
ガインに勝てはするだろうが、こちらの犠牲も大きい。これがゴランの出した答えだった。
これに対し、アーティスがしみじみとした口調で応じる。
「昔、俺は“世界征服したいなぁ”なんて口走ったもんだけど、やっぱりそう簡単にいかなかったってことだな」
「ああ、そんなこともありましたねえ……って、何を言ってるんですか、こんな時に!」
ボルツが叱る。
「戦争は無しだ。犠牲が大きすぎる」首を振るアーティス。
「では、フェザードとの同盟話を白紙に戻しますか?」
「いいや、ここで白紙に戻したら、あの女王の気も変わっちゃうだろ。そこまであの女王は甘くない」
「それではどうするというのです?」
ボルツの問いかけに、アーティスは凛々しい顔つきで答える。
「ガインとも同盟を組もう」
「それはいい考えですな! って、えええええ!?」
「だってガインとも同盟組めれば全て解決するだろ」
「そりゃしますけど……。しますけども……」
「というわけで、お前のやることは決まったな。俺とガイン国王の会談をセッティングしてくれ!」
アーティスにまっすぐな瞳で見つめられ、「こうなった陛下は止まらない」と悟る。
「分かりましたよ……やりますよ、やればいいんでしょ!」
もうどうにでもなれという態度で、ボルツは命令を承諾する。
しかし、心の中でイザベラ女王の心を開いたアーティスならばもしかすると、という思いも抱いていた。
***
ガイン王国のドグラは会談の申し入れを受け、大笑いした。
「ガッハッハッハ! 若造が……余と会談だとォ!?」
「はい、いかがいたしましょう?」
「若造め、何を考えておる。まさか許しを乞うてくるわけでもあるまい」
ドグラは笑いながら、自慢の髭を撫でる。
「ふむ、面白いことを思いついたぞ」
「面白いこと?」
「余自ら、あのアーティスとかいう若造を試してみたい。本当にメギドアという大国を背負えるほどの男なのかをな……」
殺気を宿した主君に、長年仕えている側近ですら戦慄を覚えた。
両国君主の合意が成ったので、アーティスはイザベラに続き、君主と会談をすることになった。
強国ガインとの関係がどう転ぶかは、アーティスの双肩にかかっている。