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第24話 人間の皇帝と竜の皇帝の真剣勝負だ!

 巨大竜エンペラードラゴンが口を開く。


「ふん、貴様らが次の交渉役か」


「ああ」


「貴様は先ほどの人間と似ているな」


 似ているのは当然だった。アーティスとイディスは実の兄弟なのだから。


「といっても、先ほどの人間の方がだいぶ賢そうだったが」


「よく言われるよ……」うつむくアーティス。


「先ほどの人間は理路整然と侵入者どもの罪を謝罪し、生贄は応じられないが貢物の用意はあると言い、ワシと貴様ら人間が争う不利益を訴えていた。ワシ相手に臆することなく堂々と話していたし、誠意も感じられた。しかしワシの怒りは収まらん」


 イディスらしい正統派な交渉術であった。エンペラードラゴンも一定の評価は下している。


「だから兄である俺が出張ったってわけだ」


「ほう、貴様は兄なのか。どうりで似てるわけだ」


「ああ、俺こそ現メギドア帝国皇帝アーティス・メイギスだ」


「!」


 まさかの皇帝登場にエンペラードラゴンも驚く。


「ほう……皇帝自らこんな僻地に足を運ぶとはな」


「悪いが、俺はもっととんでもないところに行ったこともあるからな。船酔いしてないと行けない島とか」


「なんだそれは。まぁいい、皇帝が来たということは、生贄を連れてくるか、それともワシと戦うか、決めたのか」


「どっちも断る」


 アーティスは言い切った。


「今さらそんな回答が通ると思っているのか」


「通るかは分からない。けど、とりあえず俺の話を聞いてくれないか」


 アーティスのまっすぐな言葉と眼差しを、エンペラードラゴンも汲み取る。


「よかろう」


「ありがとう」


 ボルツとレイラが緊張した面持ちで見守る中、アーティスは話を始める。


「最初はさ、頭の中で生贄を検討したんだよな」


「検討したのか」


 エンペラードラゴンは虚を突かれる。


「ああ、検討した。さすがに善良な市民100人は無理だから、例えば罪人100人を生贄にする、とかさ」


「ずいぶん思い切った判断だな」


「だけど俺は昔、処刑器具を作ったことがあって、その時処刑しようとした死刑囚が冤罪だったことがあるんだ。その死刑囚は今も国にいてくれてる。あの時のことを考えると、とてもそんなことできなくなってしまった」


「どういう皇帝なのだ、貴様は……」


 披露された逸話に呆れるエンペラードラゴン。


「生贄を出せないなら戦うしかないが、そうなるとエンペラードラゴンvs帝国軍の戦いになる。大軍と巨大竜の戦い、確かに心が躍るものがある」


「躍るのか」


「俺も男の子だからな。ただし、そんなのは物語の中での話だ。現実に起こったら大勢死ぬ。あんたも無事じゃ済まないだろう。俺はそんなのは見たくない」


「見たくないといっても、このままでは見るはめになるがな」


「だから考えたんだよ……どうすればいいかって。で、思いついたのがこれだった」


「……?」


 アーティスは姿勢を正して、頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!!!」


「!?」


 ド直球の謝罪だった。

 これまでにも人間サイドからの謝罪はもちろんあったのだが、ここまでまっすぐな謝罪は初めてだった。


「最初は、あんたに対して“宝石盗まれたぐらいで”って思ったよ。だけど帝都図書館から取り寄せた資料で、皇后竜の涙のことを知った。捕まった冒険者どものやったことは、あんたの妻の亡骸を辱めるに等しい行為だよな」


 エンペラードラゴンは黙って聞いている。


「俺はまだ独身だけど、父上と母上の墓が墓荒らしにでも遭うのを想像してみた。もしそんなことされたら絶対許せないと思う。こっちが死ぬか、向こうが死ぬかってなって当たり前だ。贈り物します、何か保証します、じゃ済まない」


 心の底から神妙な表情になるアーティス。


「だから……考えたのはこっちも一番偉い奴が出てきて謝ることだった。だから……すみませんでした!」


 エンペラードラゴンは率直な感想を述べる。


「バカ正直……というか、バカな皇帝だな、貴様は」


「うぐ……」


 心の中でごもっともと思うボルツ。口に出しそうになる。


「それと後ろにいるのは……その聖なるオーラ、聖女か?」


「は、はいっ! 私、聖女なんです! 八年間、聖女やってます!」


 話を振られ、かしこまるレイラ。銀髪の乙女が背筋をシャキンと伸ばした姿はなんともいえないものがある。


「本来は無辜の民の味方であるはずの聖女が、権力者である皇帝と結びつくなど珍しい。なにか魂胆があってのことか?」


「そうです、魂胆があります!」


「む?」


 魂胆があると堂々と言われ、エンペラードラゴンは意表を突かれてしまう。


「よろしければ、私からアーティス様の素晴らしさを語らせてもらえないでしょうか!」


「……よかろう」


 レイラが咳払いしてから語り出す。

 アーティスは「俺の素晴らしさを語って、竜を落とす作戦か」と心の中で感心し、ボルツも似た考えを抱く。


「まずですね、アーティス様はとても変わった人でして……」


「ちょっ!」


「これまでのやり取りだけでそれは十分分かった」


「分かったの!?」


 その後もレイラはアーティスと出会ってからのことを、事細かに語った。

 決して喋り上手ではなかったが、とにかくアーティスの素晴らしさを伝えようと懸命にアピールを試みた。

 エンペラードラゴンはアーティスの珍エピソードを聞くたび、首を傾げたり、ひねったり、怪訝な表情を浮かべる。

 当のアーティスも「俺ってこんな変なことしてたんだ……」と恥ずかしくなる。

 ボルツは「私も色々言いたい」という気持ちを懸命に抑えた。


 話し終えるレイラ。


「こんな……ところですかね! 私はこんなアーティス様と世の中をもっとよくしたい、と思ってるんです!」


 本人はやり切ったという顔をしているが、アーティスは困惑していた。


「俺ってこんなにメチャクチャしてたんだな」


「今更ですよ」とボルツ。


 少し考えた後、エンペラードラゴンが口を開く。


「貴様が皇帝として適格かはともかく、邪悪ではなく、国のために働く男であるというのは分かった。先ほどの謝罪も心に響くものがあったと認めよう」


「どうもありがとう」


「だがそれでも、ワシは納得いかないといったら貴様はどうする」


 巨大な眼光がアーティスを射抜く。アーティスは臆することなく視線を返す。


「その時は……」アーティスは自分の胸に掌を置いた。「俺の命をくれてやる」


「なに?」


「だって……皇帝竜の怒りを鎮めるなら皇帝の命、もうこれしかないだろう!」


「“これしかないだろう!”じゃないですよ!」


 ボルツは慌てふためく。

 レイラも同じく慌てる。


「そうですよ、ミグちゃんの紅茶はどうするんです!」


「そこなんだよな。俺の墓に紅茶をかける方向でなんとか……」


「なんとかって……! あ、そうだ、聖女の命でもいけますよね! 私の命を受け取って下さい!」


 レイラも自分の命を差し出そうとする。


「いやいや、俺一人の命で十分だって! 二人だとちょっと多い気が……」


「いえいえ、ここは奮発しちゃいましょう!」


 厳粛な交渉の場だったのが、いつの間にか空気がおかしくなってしまっている。

 その最中、エンペラードラゴンはアーティスの目をじっくり覗き見る。


「本気のようだな」


「冗談で“命をやろう”って言えるほど肝は太くない」


 皇帝と皇帝竜が睨み合う。


 エンペラードラゴンとしても、ここで落とし所を決めておきたい。その落とし所をアーティスという人間で判断しようとしている。


 するとそこへ――


「皇帝竜様、私からもお願いします」


 現れたのは眼鏡をかけたゴブリンだった。

 アーティスはすぐに気づいた。


「お前は……ゴブラス!」


「よく覚えていましたね。あなたが私を覚えてる確率は五分五分と踏んでましたよ」


「一度会った人間の顔と名前は忘れないのが、俺の数少ない特技でな。まして、お前はライバルだろう」


「さすがですね、アーティスさん」


 エンペラードラゴンもゴブラスを知っていた。


「ゴブラス、なぜ貴様がここに?」


「あなたがお怒りになったというニュースは私の耳にも入っておりました。人間たちが交渉に当たることもね。成功率は五分五分と踏んでおりましたが……ついに皇帝自ら交渉に出向いたという噂を耳にし、ここに来たのです」


 ゴブラスは続ける。


「皇帝竜様、彼は私と五分五分に戦うほどの使い手、それに……我々魔物を人間と五分五分に扱ってくれるお方です」


「うむう……」


 エンペラードラゴンもゴブラスの言葉に耳を傾ける。


「私からもお願いです。どうか、ここはお怒りを鎮めて下さいませ」


「ゴブラス。ワシも貴様のことはよく知っている。よかろう、貴様の顔を立ててやろう」


「ありがとうございます」


 アーティスの本気とレイラの健気さで、エンペラードラゴンの心は動いていた。

 しかし、彼にも竜の長としてのメンツがある。振り上げた拳をどうするか迷っていたところに、ゴブラスが現れてくれた。拳を下ろすきっかけができた。


 事態はようやく落着した。

 エンペラードラゴンは全てを水に流し、捕えていた冒険者らを解放した。

 愚かな行動を取った冒険者らは、むろん厳しく処分されることになった。資格剝奪はもちろん、牢獄に入ることとなる。

 アーティスは無事城に戻り、ミグの紅茶を味わうことができた。



***



 さて時は遡り、和解が成った後、エンペラードラゴンはゴブラスと会話していた。


「ゴブラスよ……」


「なんでしょうか」


「貴様はワシが怒っていることを聞きつけてここに来たと言ったが、本当のところはどうなのだ?」


「さすがですね……。使いが来たのですよ」


「誰からだ」


「ボルツ宰相からです。私が竜の皇帝とも知り合いだということを、抜け目なく覚えていたのでしょう」


 ゴブラスがやってきた背景が分かり、エンペラードラゴンは納得する。


「やはりそうか……。貴様のおかげでワシとしても牙を収めることができた」


「皇帝竜様、彼らの印象はいかがですか?」


「皇帝も聖女も、それらしさが全くなかったな。だからこそワシもペースを乱され、怒るに怒れなくなってしまった部分がある」


「なるほど」


 笑みを浮かべるゴブラスに応じるように、エンペラードラゴンもまた空を見上げる。


「あの若き皇帝がどんな帝国を築いていくか……少し楽しみだ」

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