第23話 竜の皇帝が怒ってるなら皇帝の出番だな!
メギドア帝国でも特に険しい山の一つ、皇竜山。
巨大な竜のテリトリーということで、歴代メギドア皇帝の名において長らく立ち入り禁止区域に指定されていた。
それにもかかわらず、ある冒険者一味が山の奥深くに侵入していた。
彼らの目の前には、琥珀色に輝く美しい宝石があった。
「あったあった……」
「それが“皇后竜の涙”って宝石か?」
「ああ、この山に巣食うエンペラードラゴン、その妻が死ぬ寸前に流した涙が結晶化したものなんて言われてる」
「これを売れば一生遊んで暮らせるな!」
「一生どころじゃねえ。贅沢しまくっても孫の代まで安泰だろ」
「孫なんかいらねえけどな」
「ねえ、なに買う? あたしブランド物のバッグ欲しい!」
浅ましい皮算用をする冒険者たち。
だが、そこに地の底から響くような声が届く。
「待て……」
「な、なんだ!?」
彼らの前に現れたのは、巨大な竜だった。
「それは置いていけ……。そうすれば侵入したことは目こぼししてやる……」
「ふ、ふざけんな! ここまで来るのにどんだけ苦労したと思ってんだ! お前も討伐してやる!」
一味のリーダー格の言葉に、竜は目の色を変えた。
「愚か者が!!!」
怒れる巨大な竜と欲に駆られた冒険者たち。
ここまで勝敗の見えた戦いもそうないであろう――
***
帝国城にて、アーティスは玉座に肘をつき、ため息と共にボルツに問う。
「状況を教えてくれ」
「ゴランが軍を率いて、皇竜山を囲んでおります。イディス殿下も出向いてエンペラードラゴンの説得に当たっていますが、難航しております」
「向こうの要求は?」
「エンペラードラゴンが捕らえた冒険者たちの命は当然として、100人の生贄を要求しております。用意できなければ徹底的に暴れると……」
「ったく、バカなことしてくれたもんだ」
事件の概要――
立ち入り禁止区域になっている皇竜山に、腕に覚えはあるが素行の悪い冒険者集団が侵入。山の主であるエンペラードラゴンの秘宝・皇后竜の涙を盗もうとする。
しかし、それをエンペラードラゴンに見咎められ、戦闘が発生。冒険者らはあっけなく敗れ、捕らわれてしまった。
ドラゴンの怒りは全く収まらず、帝国軍が出撃する事態となった。
「こうなったら俺が行くしかないなぁ」
「陛下が!? いくらなんでも危険すぎます!」
「あっちはエンペラードラゴンなんだ。こっちも皇帝が行かなきゃならないだろ」
「しかし……!」
「ボルツ、行くと決めた俺を止める術はあるか?」
「全力で魔法を叩き込みます」
「ちょっ、やめろよ!」
「冗談ですよ。その気になったあなたは、たとえ魔法でも止まりますまい」
「よく分かってるな、ボルツ」
ニヤリとするアーティス。彼の心にあるのは、エンペラードラゴンとどんな対話をするかのみ。
レイラがすかさず寄ってくる。
「私も行きます!」
「ああ、頼む」
「あたしもー!」
ミグも申し出るが、アーティスはきっぱり断る。
「ダメだ」
「どうして!」
「子供じゃ危ないからだ」
「あたし、アーティスさまより強いよ!」
「かもしれないが、今回は連れていけない。分かってくれ……」
「……」
ミグはまだ不満そうだ。
「お前は侍女だ。俺は必ず帰ってくるから、紅茶を用意して待っててくれ!」
「うん、わかった。アーティスさま、レイラさま、ボルツさまの紅茶用意して待ってる!」
「いい子だ」
アーティスはにっこり笑うと、すぐさま皇竜山行きの馬車を手配させた。
ミグの紅茶はぜひ飲みたいが、約束は果たせないかもしれない――という思いを抱きながら。
***
皇竜山周辺はまるで戦場というような様相になっていた。
ゴラン率いる帝国軍が、いつエンペラードラゴンが暴れてもいいように陣形を組んでいる。もし戦いになれば、それこそ戦争規模の戦闘となるだろう。
アーティスの弟イディスもエンペラードラゴンとの交渉に努めているが、状況は芳しくない。
「イディス、ご苦労だな」
「すまない兄上。力になれなくて。やはり贈り物を献上とか、そういう条件では和解は望めそうにない」
「いや、よくやってくれた。他の人間に任せてたら、竜を怒らせてもう決裂してたかもしれないしな」
兄に褒められ、イディスも安堵したように微笑む。
「だから今度は俺が行く」
「兄上が!?」
「ああ、100人も生贄なんか差し出せないし、かといって暴れられても困る。こうなったら俺が出るしかないだろう」
「兄上……」
「なあに、心配するな。俺の交渉術ってやつで、エンペラードラゴンを納得させてみせるさ」
アーティスは高くそびえ立つ皇竜山を見上げた。
***
エンペラードラゴンに会いに行くのはアーティス、ボルツ、レイラのみとなった。
ゴランも護衛としてついていきたいと申し出たが、軍の統制を取る方が優先だということで、却下される。ゴランの屈強な容姿はドラゴンを警戒させる恐れがあるので、的確な判断といえる。
ドラゴンが待つという中腹へと登っていく三人。
三人とも無言だった。下手に会話をするとエンペラードラゴンに聞かれる危険性があるし、なによりやはり緊張していた。
やがて三人は――
「来たか……」
エンペラードラゴンの元にたどり着いた。
貴族の豪邸を彷彿とさせる巨竜だった。
全身はグレーがかった鱗に覆われており、鋭い牙を生やし、眼光は牙以上に鋭い。戦闘になれば灼熱の炎を吐くという情報も入っている。
アーティスはこの巨大な相手に、今まさに“舌戦”を挑もうとしていた。