第22話 皇帝と邪神がご対面だ!
ネファーゾの案内で一行は神殿の奥に向かう。
「この先にグモリア様がいらっしゃいます」
「こんな普通に会えるんなら、なんで信者たちに顔を見せないんだ?」
「なにしろシャイな神様なもので」
「シャイな神様ってなんだよ……」
アーティスの指摘に、レイラが口を挟む。
「でも神様ってそういうものなのかもしれませんよ?」
「そうなの?」
「だっていつも神様は自分たちの世界にいるじゃないですか。きっとシャイだからですよ!」
「なるほど……」
アーティスは思わず納得してしまった。
まもなく大きな扉にたどり着く。
ネファーゾは取っ手を取り、ゆっくりと扉を開く。
「グモリア様、客人を連れてきました」
扉の中から瘴気が漏れてきた。
「うっ……ものすごい暗黒の気を感じます!」
いつも明るいレイラが珍しく顔をしかめる。聖女だけあって、邪気の類には敏感なのだろう。
中にいたのは全身紫色、筋骨隆々の巨大な男。頭には角が生えており、逞しい髭を生やす。全身から「邪神」の名にふさわしい禍々しさを放っている。
「こいつが……邪神グモリア!」
アーティスも緊張の面持ちである。
レイラはミグを抱き寄せる。いざという時、もっとも邪神に対抗できるのはレイラだろう。
そんな邪神グモリアの第一声は――
「初めまして、邪神グモリアです」
丁寧な挨拶をするグモリアにアーティスも思わず、
「どうも、皇帝アーティス・メイギスです」
と返してしまう。
他のメンバーも自己紹介を終えると、グモリアは頭を下げる。
「我のような邪神のためにご足労いただきありがとうございます」
「あ、いえこちらこそ。突然訪問してしまって……」
アーティスも頭を下げる。お互いに頭を下げ続ける。
「――ってちょっと待てぇ! お前は邪神なんだろ!?」
「ええ、まあ」
「帝国を滅ぼそうとか、人々を苦しめようとか、そういう存在なんだろ!?」
「めっそうもない! 我など、しがない一邪神でして。誰かを傷つけたりとかそういうのは大嫌いで……」
アーティスらは調子が狂ってしまう。
「こいつ……一皮むける前のヒリアムよりも気弱じゃんか!」
「まあまあ、いいじゃないですか!」
レイラが前に進み出る。
「人を傷つけない邪神様なんて、素敵ですよ!」
「どうも……」グモリアはもじもじと照れる仕草をする。
「グモリア様、お近づきの印にぜひ握手を!」
「レイラ殿、邪神と握手など……」ボルツは不安そうだ。
「大丈夫ですって!」
しかし、レイラとグモリアが握手をした瞬間――
「んぎゃああああああああああああああっ!!!」
悲鳴が上がった。
「レイラ!? 貴様ァ!」
アーティスが怒る。しかし、レイラは至って平然としている。
「違いますよアーティス様。今の声は私じゃありません!」
「そういえば、やけに野太い声だったな。ってことは……」
悲鳴の主はグモリアだった。握手した瞬間、顔を歪ませて叫んだのだ。グモリアは焦げた右手を撫でながら、レイラに問いかける。
「もしや……あなた聖女では?」
「はいっ、聖女です!」
「どうりで……我は邪神なので聖なる存在には弱いんですよ」
「そうだったんですか、ごめんなさい!」
レイラはいつものように傷ついたグモリアの手を聖なる光で癒やそうとするが――
「んぎゃああああああああああああああっ!!!」
「ご、ごめんなさい!」
悪霊に聖水をぶっかけるようなものであった。
邪神と聖女のコントのようなやり取りに、アーティスは呆れ返った。
「妙な邪神もいたもんだ……」
アーティス一行はグモリアとネファーゾから、グモリア教団設立の経緯を改めて聞いた。
事情は次のようなものだった。
無害だが邪な存在であるグモリアは、かつて封印されてしまったという。
しかし、時間と共に封印が弱くなり、復活を遂げてしまった。その時たまたま近くにいたのが、大工のネファーゾだった。
グモリアはネファーゾにこんな頼みをした。
「我を崇める宗教を作ってくれませんか」
――と。
ネファーゾはグモリアの境遇に同情し、自らは教祖に扮して、グモリア教団を作ったのだった。宗教運営のノウハウなど当然知るわけもないので「教義は特になし」「お布施も自由」「信者は神殿で好きなようにくつろいでよい」といった前代未聞の宗教になってしまった。
ボルツが質問する。
「なぜ宗教団体を作りたかったのだ?」
「いやだってほら、やっぱり憧れるでしょう。神として生まれたなら、自分の宗教が欲しくなりまして」
「そんなものだろうか」
しかし、かつて『アーティス教』設立を目論んだアーティスはうんうんうなずいている。
「分かる、分かるぞその気持ち!」
「私も分かります!」
「あたしもー!」
ボルツは三人に呆れつつも、「『ボルツ教』、悪くないな」などと考え、すぐにそれを打ち消す。自分がだいぶアーティスに毒されていることに気づく。
一通り経緯を説明すると、グモリアはこう締めくくった。
「こうして神殿を建ててもらって、ここで皆さんにくつろいでもらって、我は満足しました。もう再び封印されても結構です。我は所詮邪神、この帝国にどんな災いをもたらすか分かりませんから」
ボルツがアーティスに目を向ける。
「陛下……どうなさいますか?」
「どうなさいますって、別にいいよ。グモリア教団、認めるよ。許可許可」
「即答!?」
「だってグモリアは悪い邪神じゃないし、認めない理由がないだろ」
「しかし、邪神は邪神。彼の言う通り、本人が意図しなくても災いをもたらす可能性もあります」
「そこは俺の皇帝パワーで中和するということで。それにレイラもいるしさ」
「はいっ、私が中和してみせます!」
「あたしもいるもん! 元奴隷の侍女パワー!」
仲間外れにされ、ミグが頬を膨らませる。
「おお、悪い。皇帝パワー、聖女パワー、侍女パワーで邪神のパワーを中和だ」
ため息をつくボルツ。もう付き合うしかないと腹をくくる。
「分かりましたよ、陛下。ついでに宰相パワーも使って下さい」
「さっすがボルツ! というわけだ、調査の結果グモリア教団に問題はなかった。今後の活動も認めよう」
寛大な措置にネファーゾとグモリアは大いに喜んだ。
「ありがとうございます!」
「邪神である我を受け入れてくれて……感謝です!」
「ただし、しばらくは神殿に監視の兵を置かせてもらう。邪神を崇める教団なんて不安がってる住民もいるからな。完全放置というわけにもいかない」
「珍しくまともなアフターフォローですな、陛下」
「まぁな。こういう“やってる感”はしっかり出さないと」
「統治者が堂々と“やってる感”とか言わないで下さい」
グモリアは喜び、アーティスらと握手を交わす。
しかし、うっかりレイラと握手してしまい――
「んぎゃああああああああああああああっ!!!」
「ごめんなさい、忘れてました!」
その後、グモリア教団は正式に存続を認められ、現在でも神殿は大勢の町民で賑わっている。
シャイな性分も少しずつ改善し、グモリアも今では仲良く談笑に加わっているようだ。
ある日の政務会議にて、ボルツからグモリア教団について報告がなされる。
「今のところ、邪神グモリアが存在していることで、何らかの悪影響を及ぼしているという情報はないようです」
これを聞いてアーティスは安堵する。やはり不安もあったようだ。
「あの見た目と邪気を持つところから、邪神扱いになったんだろうが……本来は優しい神なんだよな。本当に恐ろしいのは邪神じゃなく、グモリアを邪悪だと決めつけて封印した人間の心なのかもしれないな……」
「なに上手くまとめようとしてるんですか」