第20話 不老不死の女と出会ったぞ!
声に導かれるまま、アーティス達は道を進む。
やがて島の頂上にたどり着く。
一人の女が岩に腰かけていた。
長い黒髪を持ち、素足で、羽衣のような薄い服をまとった女だった。切れ長の瞳が儚い美貌を演出している。明らかにメギドアの民族ではなく、人間なのか、そうでないのかすら分からない。
「お前が……この島の主か」
「そうじゃ」
女は微笑をたたえたまま答える。
「お前は何者だ?」
「人に名前を尋ねる時は自分から言うのが礼儀ではないかのう」
「あ、そうだった。俺はメギドア帝国皇帝アーティス・メイギスだ!」
「皇帝……!?」
他の三人も続く。
「私は宰相ボルツ・ラーチンと申す」
「私は聖女レイラ・ローズです!」
「あたし、奴隷のミグ・パーシィっていうの! あ、元奴隷か」
四人の自己紹介を受け、女は笑う。
「ふふふ、皇帝に宰相、聖女に元奴隷……どういう組み合わせじゃ」
「パーフェクトだろ。四人パーティーとしてこれ以上の組み合わせはないと断言できる」
「変わった男じゃのう」
女はうなずくと言葉を続ける。
「わらわはシェンハという。おぬしらの狙いは分かっておる。この島にあるという不老不死の薬を求めて来たんじゃろう」
「その通りだ。で、あるのか?」
「ある」
「どこに?」
「ついてくるがいい」
腰を上げ、ゆっくりと歩き出すシェンハ。アーティス達も続く。
シェンハについていくと小さな岩山があり、そこにはこれまた小さな洞穴があった。
「ここに……不老不死の薬が……!」
緊張で唾を飲み込むアーティス。
「ほれ」
「え?」
蓋がされた白い瓶を出してきた。
「まだあるぞ。ほれ、ほれ」
「こんなにあるの!?」
不老不死の妙薬が大量に出てきてアーティスは驚愕する。
「なにしろわらわもこれを飲んで不老不死になったからのう」
「あ……!」
シェンハの正体は、この島で妙薬を飲んで不老不死になった人間だった。だからこそ人間の容姿でありながら、超然とした雰囲気を纏っていた。
「シェンハ様は、いったいどのぐらい生きてらっしゃるんですか?」
レイラが尋ねる。
「どのぐらいかのう。よう覚えておらんな。百年か、千年か、それとももっと……」
とぼけてはいるが、千年以上生きていることをほのめかす。言葉から嘘は感じられない。
その膨大な時を想像し、アーティスたちは絶句する。
「シェンハ、あなたは何者なんだ。もしよければ詳しく語ってくれないか」
「よかろう」
シェンハは遠い目をしながら半生を語り始める。
「もはや名前も思い出せんが、わらわはある国の権力者じゃった。権力というのは魔物じゃ。日に日にこの権力をずっと手にしていたい、手放したくない、という気持ちが強くなってきてのう。不老不死を求めて航海に出たんじゃ」
「俺と同じことを……。つまり俺の大先輩と……」
「先輩って言葉で片付くでしょうか」ボルツが口を挟む。
「長い航海の末、わらわはこの島にたどり着き、この薬を飲んだ。そして、自分の体を傷つけたりし、不老不死になったことを確認したんじゃ」
「ほうほう」
「わらわは国に戻った。むろん永遠に頂点に君臨するつもりでな。最初のうち、統治は順調じゃった。しかし、わらわと苦楽を共にした仲間たちは次々に死んでいった。わらわを置いてな」
「……」
「やがて、いつまでも若いわらわは不気味がられるようになった。それに時代が進めば考え方も変わる。徐々にわらわの統治には限界が来た。ついにわらわは国から追放される。しかし、恨みはなかった。むしろ当然じゃと思った。あのままわらわが君臨しても、国のためにならんかったろう」
シェンハは一息つく。
「いつしかわらわは再びこの島に来ていた。もうここしか居場所がなかったのでな」
「それ以来、ずっとここに……?」
「そうじゃ」
かつての仲間には先立たれ、民から疎んじられ、国からは追放される。
そこから始まる千年以上、あるいはそれ以上かもしれない孤独の日々。
その寂しさはどれほどのものだっただろうか、アーティスには想像することもできなかった。
ここでレイラが――
「だけど、この島には狼さんたちがいました。彼らがいれば寂しくはなかったんじゃ……」
「あれはわらわが作ったものじゃ」
「え……」
「暇じゃし、ここで修行しとるうちに霧から狼を作れるようになってのう。今では番犬代わりにしとる」
「そうだったんですか……」
不老不死の女シェンハに対する質疑応答は続く。
今度はアーティスが問う。
「今までここに人間が来たことは?」
「そりゃあわんさか来た。不老不死を求めてな」
「で、どうしたんだ?」
「むろん追い返した。わらわはこの島を荒らされたくないという気持ちが強くなっていたからのう。中にはわらわを害しようとする者までいた。あまりにうっとうしいので、わらわはこの島に特定の者しか来れぬよう仕掛けを施した」
「特定の者?」
「すなわち、『不老不死を求めてこの島を目指したが、船酔いしてすぐ引き返す』ようなマヌケにしかたどり着けんようにな。それ以来、この島に来る者はなくなったが、まさかこうして来られる者がおったとはな」
「……」
マヌケ認定を受け、アーティスは黙り込んでしまう。
「しかし、久しぶりにこうして人と出会えて楽しかったぞ」
シェンハは笑った。その笑顔は美しかったが、どこか寂しそうだった。
こうして人に会えたのは嬉しいが、しょせん一時の喜びだという悲しみからだろうか。
慰めなどなんの意味もないと、誰も言葉を紡げない。
そんな中、口を開いたのはアーティスだった。
「なぁ」
「ん?」
「もし俺もその薬を飲んだら、あなたは孤独じゃなくなるわけか」
「何を言うとる!?」
「そうですよ、陛下! 何を言ってるんです!」ボルツも狼狽する。
「シェンハが元々どこの国の人間だったかは知らんが、この島はメギドア近海にある。つまり今は帝国民だ。皇帝として、不老不死仲間を一人作ってやるぐらいの義務はあるだろう」
「よさんか! 一生……いや永遠に後悔するぞ!」
「帝国民のために何かして、やっちまったと後悔する……皇帝の醍醐味じゃないか」
アーティスは笑った。
不老不死の妙薬の入った瓶を手に取った。
そのまま止める間もなく、瓶の中の液体を飲み干してしまった。
「陛下ーッ!」
「悪いボルツ……。不老不死になっちゃった」
「陛下……!」
「とはいえずっと皇帝でいるのもなんだから、今からちょうど60歳ぐらいまで皇帝やって、その後はこの島に移住……って感じでいいかな?」
「“いいかな”じゃないですよ。あなたって人は……!」
ボルツは怒りと悲しみが混ざったような顔つきをする。
「これで一人じゃなくなったろ?」
屈託のない笑顔を見せるアーティスに、シェンハは唖然としていた。
すると、レイラも前に進み出る。
「シェンハ様」
「なんじゃ」
「お薬……まだありますよね?」
「う、うむ」
「では私もお付き合いします!」
「レイラ殿!?」
レイラもまた、妙薬を一気飲みしてしまった。腰に手まで当てて、迷いなく飲み干した。
「ぷはぁっ!」
空になった瓶を置くと、レイラはにっこりと笑う。
「不老不死の聖女というのもいいと思います!」
皇帝と聖女が不老不死になってしまって、焦るボルツ。
「じゃああたしもー!」
ミグも飲んでしまった。
勢いで三人とも不老不死になってしまった。
ボルツは愕然としている。
アーティスはボルツに謝罪する。
「すまない、ボルツ。みんな不老不死になっちまった」
「……」
「だけど俺は、シェンハの気持ちを考えると……」
「もう結構です、陛下。そういう陛下だからこそ、私も今日までついてきたのです」
「え」
「妻には……先立たれることになってしまいますな」
アーティスがその発言の意図に気づいた瞬間、ボルツは薬を飲んでいた。濡れた口元を拭う。
「不老不死の宰相……というのもオツなものでしょう。どうせならもっと若い時になりたかったですが」
「ボルツ……!」
ボルツまで不老不死になってしまい、アーティスはその忠臣ぶりに驚きと感激を抱いた。
一連のやり取りを見ていたシェンハは笑い出した。
「アハハハハハハッ! ハハハハハハッ!」
口を喉まで見えるほど大きく開け、笑い続ける。
シェンハの豹変した姿に、一同は立ち尽くしてしまう。
「なんでいきなり……」
「まさか、みんなして薬を飲んでしまうとは……アホじゃなおぬしら」
「ア、アホ……」
「アホなのは陛下だけ……」
「ボルツ!」
アーティス一人がアホと決まったところで、シェンハは全てを明かす。
「嘘じゃよ」
「え」
「おぬしらが飲んだのはただの水じゃ。不老不死の薬なんてもうない。かつて、わらわが飲んだやつだけじゃ。それっぽい瓶を用意して、ちょっとからかっただけのこと」
アーティスは呆気に取られる。
「そうだったのか……」
「だが、嬉しかったぞ。わらわのために不老不死に付き合ってくれると言ってくれて。ただし皇帝としては軽率な行為と言わざるを得ないがの」
「うぐ……ごもっとも」
アーティスは反省する。
じっくり反省した後、ゆっくりと顔を上げる。
「シェンハ」
「なんじゃ」
「これからも遊びに来ていいか?」
「は?」
突然の言葉にシェンハは面食らう。
「せっかく友達になったし。かといって毎度船酔いするのもなんだから、俺らはこの島にいつでも来れるようにしてくれないか?」
シェンハは穏やかな笑みを浮かべた。これまでにも何度か笑ったが、初めて彼女は心の底から笑えたのかもしれない。
「よかろう。おぬしらなら大歓迎じゃよ」
「ありがとう!」
こうしてアーティスの不老不死を求める旅は終わった。
アーティスは不老不死にはなれなかったが、シェンハという新たな友と知り合うことができた。
それからというもの――
「シェンハー、遊びに来たぞ!」
「シェンハ様、今日はボクシングしましょう!」
「あたしとは鬼ごっこしよー!」
頻繁に遊びに来るようになったアーティスらに、シェンハは喜びつつ、ボルツに尋ねる。
「来てくれるのは嬉しいんじゃが……こやつら、ちゃんと皇帝や聖女としての仕事はしとるのか?」
「うーん……どうなんでしょうなぁ、ハハ」
ここで一区切りとなります。次回から第三章となります。
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