第2話 皇帝は市民を弾圧すべきだよな!
昼下がり、政務もひと段落し、皇帝の間にてアーティスは玉座に座って貧乏ゆすりをしていた。やたらカタカタと音を鳴らしている。
「皇帝が“貧乏ゆすり”ってのも変な話じゃないか?」と宰相ボルツに問う。
「別に変ではないと思います」
「そうか……」
冷たく返され、しょげるアーティス。
「ところで……ふと思ったんだが」
「なんでしょう」
この時点でボルツは嫌な予感がしている。この若き皇帝の「ふと思った」はろくなことがない。
もちろん予感は大当たりすることになる。
「皇帝たる者、市民を弾圧すべきだと思うんだが」
とんでもない言葉が飛び出た。
「“すべき”ということはないと思いますが……」
「いいや! 皇帝といったら弾圧だろ!」
反論してもどうせ無駄なので、ボルツは受け流すことに決める。
「皇帝といったら弾圧なのはいいでしょう。具体的にどういった人物を弾圧するんです?」
「例えば、俺の悪口を言った奴を弾圧するとか」
「なるほど。では陛下の悪口を誰かが言ってないか監視する組織が必要になりますな」
「いいや、必要ない!」
「え?」
「なぜなら俺が直接やるからだ! 町へ出て、悪口を言ってる奴を弾圧する!」
この行動力だけはすごい、とボルツは感心する。内容は伴っていないけど。
「分かりました。行ってらっしゃいませ」
「何を言ってる。お前も来るんだよ」
「なんで私も行かなければならないんですか」
「皇帝の気まぐれに付き合うのが宰相の仕事だろ」
「そうだったかなぁ……」
意気揚々と町に出るアーティスとしぶしぶ付き合うボルツであった。
***
町に出る寸前、ボルツがアーティスに問う。
「ところで陛下、弾圧といってもどのように弾圧するんです?」
「決まってるだろ。頭を押さえつけて、こうやってグイッとやる」
「物理的な弾圧ですなぁ……」
ジェスチャーを交えて説明するアーティスに呆れるボルツ。
「まあ、皇帝の悪口を言う度胸のある奴がそうそういるとは思えんがな。多分、散歩して終わる感じになるんじゃないか」
自分の悪口を言う市民などいるわけがない、とタカをくくっている。
そんな二人が町に出ると、こんな若者たちの声が聞こえてきた。
「今の皇帝ってどうよ?」
「亡くなられた先代はこれといって非のない名君だったが、次の奴はどうだろうな……」
「若すぎるし、頼りにならなそうだよな~」
早くも悪口が聞こえてきた。
「……」
「町に出て5秒で悪口が聞こえてきましたね」
アーティスは露骨に表情を曇らせる。
「どうします? 彼らを弾圧しますか?」
「いや……今のはノーカンでいこう」
気を取り直して城下町を歩く二人。
相変わらず、城下は活気に満ちている。途中アーティスがジュース屋でバナナジュースを購入し、値切ろうとする場面もあった。残念ながら失敗に終わる。
「くそっ、少しぐらい安くしてくれても……」
「皇帝が値切らないで下さい」
ぶつぶつ言いながら狭い路地裏に入るアーティス。
そこへゴムボールが飛んできた。
全く避けられず、アーティスの顔面に直撃する。
「ぶはぁっ!」
「へ、陛下!」
「い、いてえ……誰だ!?」
そこでは少年たちがサッカーをして遊んでいた。
「ごめんなさい!」
「ごめんで済んだら、皇帝はいらん!」
「え、お兄さん皇帝なの?」
「皇帝だよ! この国で一番偉いんだ!」
ここぞとばかりに胸を張るアーティス。
ところが、リーダー格であろう赤髪のライという少年がこう言った。
「ふん、あんなボールもよけれないで何が皇帝だよ」
「なんだと!?」
「いつもお城でふんぞり返ってるから、体がなまってるんじゃないの?」
「おのれ~!」
アーティスが怒りをあらわにする。ボルツは慌ててなだめようとする。
「落ち着いて下さい、陛下。相手はまだ子供ですし……」
「いいや、決めたぞ! 俺はこいつらを弾圧する!」
「えええ!?」
ボルツは驚き、怒れる皇帝の迫力に子供達も怖気づく。
「サッカーで弾圧してやる!」
「ああ……はい。頑張って下さい」
まさかの弾圧手段に、呆れるようなほっとするような心境のボルツ。
「行くぞぉ、キックオフだ!」
子供たちに混ざり、若き皇帝が華麗なるテクニックを見せつける――とはならなかった。
フリーでシュートを外す。
あっさりドリブルで抜かれる。
うっかり手を使う。
「こんなバカな……。全然弾圧できない……だと……!?」
子供達に歯が立たず、アーティスは膝から崩れ落ちる。
結果は分かりきっていた、という顔のボルツ。
「お兄さん、もっと頑張ってよ! 皇帝なんでしょ!?」
「……!」
ライの一言で奮起する。
そうだ、その通りだ。自分は皇帝、帝国で一番偉い人間。子供たちにいいところを見せなければならない。彼らに希望を与えねばならない。
「うおおおおおおおおっ!」
アーティスの必殺シュートがゴールに決まった。ついでに靴がすっぽ抜けた。
「やったーっ!」
ライやチームメイトとハイタッチを決めるアーティス。
試合を見ていたボルツに、ドヤ顔を浮かべる。
「どうよ、今の弾圧シュート!」
「今のそういう名前だったんですか」
結局この日、アーティスは夕方までサッカーをしてしまった。
ボルツと共に城に帰る。
「あー、楽しかった」
「しかし、陛下は子供たちに圧倒されてましたね。陛下風にいうと“弾圧された”というべきでしょうか」
「う、うるさい!」
アーティスは図星を突かれてしまう。
「ところで……ふと思ったんだが」
また「ふと思った」が出たので、ボルツは眉をひそめる。今度はいったいどんな珍アイディアが飛び出すのだろう。
「あんな狭い道でしか遊べない子供らが気の毒だ。どうだろう、遊び場になるような広場を作るというのは。次の会議で議題にしないか」
「それいいですね!」