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第17話 皇帝は奴隷を飼ってこそ皇帝だ!

 皇帝の間にて、アーティスは高笑いしていた。


「フハハハハハ……!」


 身振り手振りをつけ、邪悪な君主を演出する。


「俺は悪の皇帝アーティス・メイギス!」


 何かの小説か漫画の影響だな、とボルツはスルーを決め込む。


「レイラ!」


「なんでしょう、アーティス様!」


「お前は……俺の奴隷だ!」


「ええっ、私奴隷ですか!?」


「そうだ……奴隷は主人の言うことを絶対聞かなきゃならない」


「分かりました!」


 レイラも拒否をしない。ボルツは「そこは殴っていいのに」とさえ思う。


「じゃあレイラ、逆立ちして猿の真似をしろ!」


「分かりました!」


「え」


「ウキーッ! ウキーッ!」


 自慢の銀髪が床につくこともいとわず、レイラは逆立ちをして、猿の鳴き真似をした。

 見事にやってのけたレイラに、アーティスは申し訳なさそうに頭を下げた。


「……ごめん」



……



 気を取り直して、アーティスが改めて説明する。


「俺としてはレイラには『できませんよそんなこと!』と言ってもらって、『じゃあ本物の奴隷を探しに行こう』という流れにしたかったわけだな」


「すみません、アーティス様!」


「全く謝る必要はないですよ、レイラ殿」


 ボルツは呆れ、そのまま質問をする。


「で、奴隷というのは?」


「古の皇帝は数百数千の奴隷を使役してたっていうだろ? あれを俺もやる」


「やるって……我が帝国では奴隷制は百年以上昔に廃止されてますよ」


「分かってるよ。でもどこかにきっとまだいるだろ? そういう噂知らないか?」


 ボルツはどうにか記憶を絞り出す。


「噂というと、南の都市カフスで、まだ人身売買が行われていると聞いたことがあります。もっともあくまで噂ですが……」


「よっしゃ、そこ行こう!」


「ええ!?」


「レイラも行くよな?」


「行きたいです!」


「ボルツも行くだろ?」


「行きたくないですな」


「よし決まった。三人で南の町カフスで、奴隷探しだ! フハハハハハ……!」


 悪の皇帝らしく、再び高笑いするアーティスだった。



***



 帝都メランから南に行くと、カフスという町にたどり着く。


 首都から近すぎず遠すぎずという地理が影響しているのかいないのか、華やかさもなければ、のどかさにも欠けている。どことなく荒んだ気配のする町である。


 アーティスが町を見回す。


「この町で奴隷売買が行われてるんだな」


「断定しないで下さい。あくまで根も葉もない噂というやつですよ」


「火のないところになんとやらっていうだろ?」


「だからって自分から火事を見つけに行くようなことしなくてもいいでしょうに」


「火事があったらすぐ消すのが皇帝の役目だ。なぁ、レイラ?」


「はいっ! そして聖女の役目でもあります!」


 肩をすくめるボルツ。


「まあ、奴隷なんかいるわけないけどな。せっかくだし、カフスの町を楽しんでいこうじゃないか」


「呆れましたな。やはりそれが目的ですか」


 アーティスとて、本気で奴隷が欲しいわけではない。最近読んだ小説がたまたま奴隷を題材とする物語だったので、奴隷に関する何かをしたくなった程度の動機だった。


 三人がある建物の角を曲がる。

 そこには――


「奴隷だよー! 奴隷だよー!」


 商人風の男が声かけを行っている。

 その横には、足に鉄球つきの鎖をつけられたぼさぼさの黒髪の少女がいた。


「は……!?」


 アーティスは少女を見て、目と口が塞がらなくなる。


「こき使うもよし! あれこれ楽しむもよし! さあさあ、いかがー!?」


 商人の言葉に、アーティスの顔が怒りに歪んでいく。


「おい……これはどういうことだ、ボルツ!」


「まさか……本当に……!」


 奴隷制が廃止されたメギドア帝国において、この荒んだ町では奴隷売買がまかり通っていた。

 アーティスは商人に近づいていく。


「おい」


「おやお兄さん、いらっしゃい」


「俺は“奴隷を買いに行く”って名目で、この町に来たんだけどよ……」


「へへへ、噂を聞きつけて? そりゃありがたいこって」


「まさか本当にいるとは思わねえだろうが! いるわけないよね~って笑い話で終わらすつもりだったのによォ!」


 アーティスがキレた。


「陛下……!」

「アーティス様!」


 アーティスは商人に剣を突きつける。


「斬られたくなきゃその子を放せ。今すぐにだ」


「ふざけるなよ。誰が放すかよ。せっかく今まで上手くやってたってのに、てめえは国の回し者か?」


「俺はメギドア帝国皇帝アーティス・メイギスだ」


 名乗りを上げるが、商人はまるで怯まない。


「これといった産業もない、名物もないこんな荒んだ町に皇帝がわざわざ来るかよ!?」


 商人の言う通り、この町は帝国の運営上はっきりいって重要ではない。特別保護するほど貧しい町でもない。だからこそこんな商売がまかり通ってしまったといえる。国の監視が行き届かないエアポケットが発生してしまっていた。


「来たんだから仕方ないだろうが。とにかくその子を解放しろ」


「正義の味方気取りが……。おい!」


 商人が指を鳴らすと、スキンヘッドの巨漢が現れた。雇われの用心棒である。


「こいつが目障りでな……殺っちまえ!」


「へい」


 用心棒は巨大なサーベルを抜く。

 アーティスも国宝メギドアソードを構える。


 戦闘を始めようとするアーティスを、ボルツは慌てて止めようとする。


「ちょっ、陛下! お待ち下さい!」


「ボルツ! レイラ! 手を出すなよ、こいつらは俺が倒す!」


 こう命じられるとボルツとしても手を出しにくくなる。だが、こんなところでアーティスを失うわけにはいかない。


「陛下っ!」


「大丈夫です、宰相様」


 レイラがボルツの袖をつかむ。


「なにをいうのだ、レイラ殿。陛下がどうなってもよいのか」


「アーティス様は勝てますよ」


 戦いは始まっていた。

 レイラの言う通り、アーティスは用心棒相手に優勢だった。お互い真剣同士、命をかけた戦いだというのに。


「くそっ、なんだこいつは!」


「どりゃああああっ!」


 アーティスの剣が明らかに用心棒を押している。用心棒も腕利きといえるレベルだが、それを上回っている。


「どうして陛下がここまでやり合えてるんだ……?」


 ボルツの疑問にレイラが答える。


「当然ですよ、宰相様。アーティス様は冒険者をやったり、狩りを体験したり、帝国軍の訓練に参加したり、剣闘士をやったり、数々の経験をしてきました。私とも時々ボクシングをやっていますしね。強くなってないはずがないんです!」


「陛下……」


 アーティスの確かな成長を目の当たりにし、ボルツも目の奥が熱くなるのを感じていた。


「うりゃあああああああっ!」


 メギドアソードが用心棒の胸を切り裂いた。致命傷ではないが、戦闘不能に追い込むには十分な傷だ。


「ぐおおおっ……!」


「はぁ、はぁ……どんなもんだ」


 さらにアーティスは奴隷商人に剣の切っ先を向ける。


「覚悟しろよ。お前は牢獄行きだ」


「ひっ……!」


 刃以上に鋭い恫喝に、奴隷商人は腰を抜かしてしまう。


 アーティスは奴隷にされていた少女に目を向ける。


「大丈夫か?」


「……うん」


「よかった。すぐこの鎖を外すからな。この剣なら使い手がイマイチでも斬れる」


 アーティスが剣で鎖を切る。これで少女は解放された。


「名前は?」


「あたし……ミグ」


「ミグっていうのか。俺は皇帝アーティスだ」


「ありがとう……皇帝さま」


 ミグから話を聞くと、両親を亡くして一人きりで暮らしているところを商人に捕まり、鎖をつけられ売られるところだったという。

 商人は根っからの奴隷商ではなく、あくまで副業のような形で人身売買をやっていたことも分かった。

 この町はそうした金稼ぎに最適だったのだ。


「ボルツ、この後はどうする?」


「これは氷山の一角でしょうな。すぐさまこの町に調査団を送り込み、うみを取り除く必要があるでしょう」


「分かった」


 荒んだ町カフスの闇を目の当たりにし、アーティスもボルツもこの町にはメスを入れる必要があると決める。


「ミグはどうしようか?」


「私がいた教会に預けるというのはどうでしょう? ベルグ大司教様はお優しい方ですから」


「うん、それがよさそうだな」


 レイラの提案で、ミグは教会に預けることになった。無難かつ最善の案といえる。

 しかし、ミグはどこか不満そうだ。

 とにかくこれで事件は一件落着、アーティスらは場所を移そうとする。が、腰を抜かしていたはずの商人が動いた。


「ク、クソがっ……!」


「!」


「捕まってたまるかよ……! 捕まるぐらいならてめえら殺してやる!」


 用心棒が持っていたサーベルを拾い、アーティスたちに斬りかかってきた。


 剣を構えるアーティス。拳を構えるレイラ。魔法を唱えようとするボルツ。

 が、三人より先に動いたのは――


「えーいっ!」


 ミグのローキックが商人の足に炸裂した。


「うぎぇああああああああっ!?」


 骨が折れたような音が響き、そのままダウン。目に涙を浮かべてうずくまってしまう。


「なにいいいい!?」叫ぶアーティス。


「ざまあみろ!」


「なんつう蹴りだよ、今の……」


「あたし、足にずっと鉄球つけられてたから、鍛えられちゃったみたい」


 ミグの言葉に「そんなトレーニング方法もあるのか……」と唖然とするアーティス。


 商人を倒したミグはアーティスに向き直る。


「皇帝さま、あのね……」


「ん?」


 ミグは何かを言おうとするが、言い辛そうに口をもごもごさせるだけ。アーティスは首を傾げる。

 すると、レイラがその気持ちを察する。


「あ、もしかしてミグちゃん、アーティス様と一緒にいたいの?」


 ミグはこくりとうなずく。教会に預けられるよりアーティスの元にいたいと思っているようだ。


「そうだったのか……。ボルツ、今侍女は足りてるか?」


 ボルツもまたアーティスの意図を察し、首を振る。


「いえ、ちょうど人手が欲しかったところです」


「よし決めた! ミグ、お前は今日から城勤めだ!」


「えっ、ホント!?」


「ああ、立派な侍女になって、俺の生活を楽にしてくれよ!」


「うん、がんばる!」


 ミグは笑顔でうなずく。

 「奴隷が欲しい!」という無茶な思いつきから、奴隷だった少女を救ったアーティス。ローキックが得意な頼もしい侍女を迎え入れることができた。

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