第13話 皇帝は異民族と狩りだってできるんだ!
次の朝、アーティスとレイラは狩りに参加することになった。
狩りのリーダーはバンモートの娘エラノールだった。細身ではあるものの筋肉質な肢体は彼女の狩りの熟練度を感じさせる。
「皇帝、お前も来るのか?」
「うむ、この国宝メギドアソードで獲物をバッサバッサよ!」
「あーあ、国宝を気軽に持ち出して……」ため息をつくボルツ。
「女、お前も来るのか? 危険だぞ」
「自分の身は自分で守れます!」
凛々しくファイティングポーズを取るレイラに、「なるほど大丈夫そうだ」とうなずくエラノール。
「聖女というより武闘家だなぁ……」ため息をつくボルツ。
「ではゆくぞ!」
エラノールに先導され、ヴィルト族の狩りが始まった。
集落の近くには大きな平原があり、ここには狩りに適した草食獣が数多く生息している。
「獲物だ!」
まもなく一行は鹿を発見した。
エラノールが弓を引いて、矢を放つ。鹿を一撃で仕留めた。
歓声が沸き起こる。
「すごい腕だな……。帝国軍にもあそこまでの弓の使い手はいるかどうか……」
アーティスはエラノールの弓の腕に驚く。
「ええ、ビックリしました!」
レイラも目を輝かせている。
エラノールを中心に、ヴィルト族の狩りは続く。アーティスとレイラは彼らの手際のよさに驚くばかり。狩りという行為にすっかり魅了されてしまった。
しかし、彼らの前に手強い猛獣が現れる。
鋭い牙を生やし、黒い体毛に覆われた虎。デビルタイガーだ。
肉食で極めて凶暴性は高く、幼体のドラゴンなら捕食してしまうこともある。
「くっ、デビルタイガーとは……!」
テリトリーさえ侵さねば滅多に遭遇することのない強敵に、エラノールも表情を曇らせる。
ヴィルト族の若者たちも及び腰だ。なにしろ集落でも、年に数人はデビルタイガーの犠牲が出ているのだ。
とはいえデビルタイガーは今にも飛び掛かってきそうだ。誰かが挑まねばならない。俊敏な猛獣相手は守勢に回ると一気に不利になる。
「よぉし……俺がやってやる!」
アーティスが飛び出した。
皇帝の勇気に、エラノールも驚いた。
「喰らえッ! メギドアソード!」
アーティスの華麗なる一撃はもちろん外れるが、すかさずレイラが間合いを詰めていた。
「せいっ!」
ズドンという重い拳が入り、デビルタイガーが怯む。
「今だ!」
若者たちが一斉に槍で攻撃する。
さらにエラノールが弓を引き絞る。
彼女の矢はデビルタイガーの急所を射抜き、仕留めることに成功した。
「やったぁ!」レイラが両手を上げて喜ぶ。
「見事だエラノール」
「いや皇帝こそ、あのデビルタイガーに立ち向かうとはあっぱれな勇気だった」
「猛獣の怖さを知らなかっただけさ」
「そうだとしてもだ。あの瞬間の皇帝の顔は“誰かが行かなければならないのなら俺が行く”という表情をしていた」
アーティスは集団の怯えを敏感に感じ取り、それが蔓延する前に自ら突撃したのだ。
もしも、アーティスが動かなければ、デビルタイガー狩りはもっと困難になっていたかもしれない。
「ありがとう、皇帝」
「どういたしまして」
アーティスとエラノールは握手を交わした。狩りに同伴したことで、アーティスらとヴィルト族の溝は確実に埋まっていた。
……
狩りが終わると夜には祭りが始まる。
燃え盛る炎を円のように囲んで、部族で大騒ぎする。
デビルタイガーに率先して立ち向かったアーティスとレイラの話は語り草となり、大いに褒め称えられた。
「皇帝、デビルタイガーに立ち向かったんだってな!」
「あんたは偉い!」
「聖女様もいいパンチだったぜ!」
すっかり気をよくするアーティスとレイラ。二人揃ってしまりのない笑みを浮かべている。
アーティスがデビルタイガーに挑んだ話を聞いたボルツは流石に顔をしかめていた。一歩間違えば、アーティスは今頃ここにいなかっただろう。
「あなた自分が皇帝だってこと忘れてませんか!?」
「正直ちょっと忘れてた」
ボルツは歯がゆさを覚える。
「それで今後はどうするんです?」
「せっかくヴィルト族と交流できたんだ。もう何日か滞在しようと思う」
「確かに感触はよさそうですし、そうするのがよいかもしれませんな」
ボルツも同意し、アーティス一行の集落滞在が決まった。
***
一週間後――
狩りの先頭に立ち、叫ぶアーティス。
「うおおおお! 野郎ども、狩りに行くぞぉぉぉぉぉ!」
「うおおおおおおおおっ!!!」
呼応する若者たち。
「はいいいいいいいいっ!!!」
レイラも雄叫びを上げている。
エラノールはそんな二人に苦笑している。
アーティスはヴィルト族にすっかり馴染んでいた。馴染みすぎて、半ばリーダーのようになっていた。
「今日もでっかい獲物を仕留めてくるからな、ボルツ!」
「いや馴染みすぎでしょ!」
ボルツがツッコミを入れる。
「楽しんでるところ申し訳ないですが、そろそろ帰りませんと……」
「いや俺はずっとここで暮らす! 俺はヴィルト族の戦士だ!」
「陛下……!」
ボルツ渾身の睨みを受け、アーティスの血の気が引く。
「冗談だよ、冗談。俺だって皇帝としての自覚ぐらいあるさ……」
「とても冗談とは思えませんでしたよ」
慌ててレイラにも呼びかける。
「おーいレイラ、そろそろ帰るぞ!」
「分かりました、アーティス様!」
声が力強い。レイラもまた、この一週間ですっかり“部族の女”らしい風格を身につけていた。
***
集落の住民が見守る中、バンモートがアーティスに告げる。
「皇帝殿」
「ん?」
「実は我らヴィルト族は大陸の戦乱で滅びかけているところをメギドア帝国に併合され、助けてもらったという経緯がある」
「そうだったのか」
これはアーティスが読んだ歴史書にも載っていなかった。恩着せがましくしないよう、時の皇帝が記録に残さなかったのだろうか。
「だから本来帝国には恩があるのだ。最初は無礼な扱いをしてすまなかった」
「いやこちらこそ、突然やってきた俺たちを歓迎してくれてありがとう」
エラノールも別れを惜しむ。
「お前たちと狩りができて楽しかった! また遊びに来てくれ!」
「ああ、ぜひ来させてもらう!」
「エラノールさんたちと会えて……よかったです!」
レイラは下唇を噛んで涙を流す。
「宰相として、ヴィルト族の今後については善処しますよ」
ボルツも穏やかな表情でヴィルト族の将来を約束する。
「じゃあな、みんなー!」
馬車で帰る三人を、ヴィルト族の面々はいつまでもいつまでも見守っていた。
***
一週間も異民族での狩猟生活を満喫した後、城に戻ったアーティス。懐かしい気分になる。
「きっとイディスの奴、苦労してるだろうな。すぐ代わってやらないと……」
皇帝代行として玉座に座るイディス。心なしか兄よりも玉座が似合っている。
「やあ兄上! お帰り!」
「ただいま!」
アーティスは笑みを浮かべながら言う。
「大変だっただろ」
「ううん、順調だったよ」
「え」
自分がいなかったことで特に困ったことはなかったらしい。アーティスはショックを受ける。
重臣たちも――
「イディス様は即断即決で、素晴らしい皇帝代行ぶりでした」
「いやー、驚くほど政務がはかどりました」
「難航していた議題もイディス様がだいたい片付けて下さいました」
口々に褒めるので、アーティスも落ち込む。
「マジかよ……。もうあいつが皇帝でいいんじゃないかな」
「あなたはともかく、私にも流れ弾が当たっているんですが……」
ボルツも愕然としている。
しかし、一方で――
「イディス様だとやはり会議が緊張しますね」
「ええ、やはりアーティス陛下の方が、ゆるやかな気持ちになれるというか……」
「実家のような安心感がありますな」
「そうだろう、そうだろう! やっぱ俺の方が皇帝に相応しいんだよ! 皇帝なんてのは“ちょっとこいつ危ないな”って思われるぐらいでいいんだ!」
「よくないと思いますが」
こうしていつも通りの生活に戻ったアーティス。
イディスは「またいつでも呼んでくれよ」と自宅に戻っていった。
再び玉座に座ったアーティスは、集落での生活を思い返して独りごちる。
「今回は楽しかった。今後もヴィルト族との交流を進めていきたいものだ」