第12話 皇帝は野蛮な異民族とも対話をしないとな!
皇帝の間にて、アーティスは歴史書を読んでいた。
「これは珍しい。明日は雪でも降りますかな」とボルツ。
「お城のみんなで雪合戦ですね!」レイラも笑う。
「揃いも揃って失礼すぎるだろ。まあ、俺も同意見だけど」
本を閉じて、アーティスがつぶやく。
「我がメギドア帝国は“ヴィルト族”という異民族を併合しているんだな」
「ええ、ここ帝都メランより北に集落を持つ部族です。およそ200年前帝国領地に組み込まれ、今では自治区のような扱いになっておりますな」
「父上を始め、歴代皇帝はヴィルト族と何か関わりはあったのか?」
「いえ、帝国領土ではありますがほとんど手つかずだったと聞いております」
「ようするに“あっちはあっち、こっちはこっち”状態だったと」
「乱暴な言い方をするならそういうことです」
帝国中枢とヴィルト族はほとんど交流がないらしい。
「ふーん……ヴィルト族ってのはどんな部族だ?」
「未だに狩猟や採集で生活している部族と聞きます。首長を中心に、集落で独自の文化を保っています」
「なるほどな……よし、俺は決めたぞ」
この時点でボルツはアーティスが何を言い出すか分かった。
「ヴィルト族とやらの集落に行くぞ!」
「やっぱり……」
ため息をつきながら、ボルツが答える。
「しかし、ヴィルト族の集落は遠いですよ。その間政務はどうするんですか?」
「こういう時のために……あいつがいるんだろ」
「あいつ?」
「兄より優れた弟だよ」
アーティスがニヤリと笑う。
兄に呼び出されたイディスが皇帝の間を訪れる。
呼び出したアーティスはさっそく弟に命令を下す。
「イディスよ、ちょっと出かけてくるから皇帝代行頼む」
「うん、いいよ」
「軽い!」驚くボルツ。
「というわけで、ヴィルト族のとこに行くぞ! ボルツ! レイラ!」
「はいっ!」レイラは元気よく返事する。
「私もですか!?」慌てるボルツ。
「そりゃお前、皇帝が異民族んとこに行くんだぞ。宰相がいないとまずいだろ」
「宰相って城で仕事をするものだと思うんですけど」
「我が帝国は層が厚いから大丈夫だ。さあ、ゆくぞ!」
「行きましょう!」レイラも同調する。
「はいはい、分かりましたよ。私もついていきますよ」
皇帝アーティス、宰相ボルツ、聖女レイラ。毎度おなじみのメンバーで異民族の集落に向かうことになった。
三人を見送ると、イディスは顔を引き締める。
「兄上、ヴィルト族は僕らとは全然違う風習を持っている。温厚ともいえない。だけどあなたならきっと……。さて兄上がいない間、ちゃんと皇帝代行として仕事をこなさないと!」
***
ヴィルト族集落への道のりは遠出となる。
交通網の整備された帝国内、なおかつ魔法科学研究所の尽力で魔力強化を施された馬車でも、そう簡単にはたどり着かない。
とはいえたどり着いた先に待ち受けるのは、別世界だった。
短い草が生い茂る光景が地平の彼方まで続いている。帝都とはまた違う、開放感に満ちた景色が広がっている。
馬車から降りたアーティスが尻をさする。
「う~、ケツがいてえ」
レイラも同意する。
「私もです……お尻が石みたいになってますよ」
「相当固くなってるのか」
「触ります?」
「触るか!」
ボルツに至ってはだいぶよろよろしている。
「こ、腰が……!」
「おい大丈夫か」
「いやはや私ももう年ですな」
「でしたら私が!」
レイラが聖なる光で腰を癒やす。
「き、効くぅ~!」唸るボルツ。
ボルツは目に涙すら浮かべてレイラに感謝する。回復魔法でも腰痛は癒やしにくいのだ。
「今ほど聖女がこの世にいてよかったと思ったことはないですよ!」
「光栄です!」
この光景を見ながらアーティスはぼそりとつぶやいた。
「俺はまだ若いけど、腰には気をつけないとな……」
……
ヴィルト族の集落が見えてくる。
毛皮で作られたテントのような建物が点在する。これが彼らの住居である。
すると、数人の若者が槍を持って近づいてきた。明らかにアーティスらとは雰囲気が異なる。肌は褐色で、露出が多く、袖のない動きやすい民族衣装を着ている。
「止まれ!」
アーティス達は言われたとおりにする。
「お前たち、何者だ!?」
アーティスは胸をはって堂々と答えた。
「メギドア帝国現皇帝アーティス・メイギスだ」
「皇帝!?」
ヴィルト族の若者たちもさすがに慌てている。彼らからすれば皇帝がやってくるなど歴史的な大事件だろう。
「数百年前、我が帝国はお前たちヴィルト族を併合した。だがそれ以来あまり交流がないと聞いてな。こうしてやってきたわけだ」
「……!」
若者たちはどう対応していいか分からず、手をこまねいてしまう。アーティスたちもあえて催促するような真似はしない。
そうこうするうち集落から若い女がやってきた。
黒髪の三つ編み、ヴィルト族特有の浅黒い肌をしている美人で、若者たちよりも装飾の多い衣装を着ている。
「あたしは首長の娘エラノールだ。話は聞いていたが、なにか皇帝である証拠はあるのか?」
アーティスはふんぞり返る。
「俺のこの姿を見ろ。皇帝という風格がムンムンだろ!」
「いや、あんまり……」
「え!?」
エラノールに即座に否定され、ショックを受けるアーティス。
ボルツが援護射撃する。
「確かにこの方には皇帝という威厳はありません。しかし、残念ながら本物なのです」
「ボルツ!?」
「アーティス様は本物の皇帝です! そりゃ変なことばかりしますけど……ホントはすごい人なんです! 信じて下さい!」
「変なことばかり……!」
微妙なフォローをされ、落ち込むアーティス。
これじゃ絶対追い返されるじゃん、と落ち込む。
顎に手を当て考え込むエラノール。
「分かった、信じよう」
「信じるの!?」
フォローになっていないフォローをされ、なのに皇帝だと信じてもらえ、珍しく振り回されるアーティスだった。
***
集落の中でもひときわ大きな住居で、ヴィルト族首長バンモートと面会する。
頭には大きな羽根飾りをつけ、逞しい黒髭を生やし、部族の長の名に恥じない威厳を醸し出している。
「皇帝が我々に会いにくるなど、一体どういう風の吹き回しか?」
「かつて我がメギドア帝国はヴィルト族を併合したと聞いてな。だが、これまであまり交流はなかったという。だから、こうして会いにきたんだ」
「ほう……」
ジロリと睨みつける。
ベテラン宰相ボルツですら、汗を滲ませる迫力である。
「まだ若そうな貴様にヴィルト族の歴史を教えてやろう」
「教えてもらおう」
「我々ヴィルト族は200年前、貴様ら帝国に併合された。当時この大陸はずっと荒れ果てており、そうするしか我らが生き残ることはできないと判断したためだ。だが我らは誇りを失ってはおらん。決して帝国の奴隷になったわけではない。だからこそ今もこうして高度な自治を保っている。慣れ合うつもりなど毛頭ない」
やはり帝国に併合された歴史に思うところはあるらしい。
「貴様らと話すことなどなにもない。とっとと帰ってもらおう」
アーティスらは全く歓迎されていなかった。これからも「あっちはあっち、こっちはこっち」というわけだ。
しかし、アーティスはこれを鼻で笑った。
「ハッ、しょせん蛮族か」
「なにい!?」
いきなりの暴言。ボルツは慌て、レイラは驚く。
「俺は正直、過去のいきさつとか、ヴィルト族が今の状況をどう思ってるかなんてあまり興味はない。俺にとって大切なことは、お前たちヴィルト族もまた帝国民だってことだ。だからこうして帝国皇帝として会いにきた」
「む……」
「俺は散々ケツを痛めてここまで来た。レイラもそうだし、ボルツに至っては腰までやっちゃってる。それなのにお茶一つ出さず、いきなり『帰れ』だなんて蛮族の所業だろう!」
ボルツは「あ、ここで我々死ぬかも」と覚悟した。レイラも身構える。
ところが――
「それもそうだ」
バンモートがうなずく。アーティスの遠慮のないずけずけとした物言いが、かえって彼を冷静にさせたのである。
「食事を用意しよう。ぜひ食べてくれ」
「うひょっ、待ってました!」
「ただし、食えるものなら……だがな」
ヴィルト族の女たちによって食事が運ばれてくる。
出てきたのは巨大な骨付き肉であった。ヴィルト族が当たり前のように食べるメニューだが、帝都で目にすることはまずない。
「周囲の平原で狩った獣の肉だ。お上品な料理に慣れているであろう、皇帝殿にこれを食べられるかな?」
我らの接待を受けられるなら受けてみろ。
挑戦的な笑みを浮かべるバンモートだったが――
「うまい! これうまいな!」
肉を豪快にかじるアーティス。
「ええ、とてもジューシィでおいしいです!」
レイラも全く臆していない。
二人の様子にバンモートは目を丸くしている。
「これは驚いた。てっきり“こんなもの食べられるか”となるものかと……」
「ん~? 俺、食い物に好き嫌いないし。よそで出されたもの残したこと、多分ないと思う」
「私もです!」
アーティスとレイラはあっという間に肉を平らげてしまった。さすがにボルツは残してしまったが、「年齢のわりによく食べた」などと褒められていた。
「やるな……」
「そっちこそ……」
睨み合う皇帝と首長。
「これがヴィルト族のおもてなしか。まあ……なかなかだったぞ」ニヤリと笑うアーティス。
「ふん、我々のおもてなしはこんなものではないぞ!」
「なに? さらなるおもてなしがあるってのか!」
「明日は“狩り”を体験させてやろう!」
「体験させてもらおうかぁ!」
「わぁ、狩り!? 楽しみです!」
盛り上がる三人を見ながら、ボルツは冷ややかな顔をする。
「我々ってここに何しに来たんだっけ……」