第11話 魔法科学研究所って絶対ヤバイ兵器開発してそう!
メギドア帝国の会議で、『魔法科学研究所』という施設への予算追加が決まった。
会議が終わった後でアーティスは宰相ボルツに――
「魔法科学研究所か……。そういえば、俺はあそこが何をやっているのかよく知らないんだよな」
「まあかなり独自性が保たれた施設ではありますからな。古くからの慣例で、国としてもあまり干渉はいたしません」
「もしかしたら、かなり危険な研究とかやってるんじゃないか?」
「危険な研究とは?」
「例えば非人道的な研究とか……」
「そんなことはないと思いますが」
「いいや、絶対やってる。ワクワクしてきた!」
こういう話になるとレイラも乗ってくる。
「私もワクワクしてきました! 世にもおぞましい兵器があると嬉しいですよね!」
「だよな。猛毒をまき散らす兵器とか、魔法使いを生贄にして動く兵器とか」
「相変わらず皇帝と聖女の会話ではないですな」
「魔法科学研究所に視察に行くぞ! どんな危険な兵器を開発しているか、この目で確かめてやる!」
危険な研究をしていると完全に決めつけ、アーティスの視察が決定した。
***
魔法科学研究所。
文字通り、魔法を科学的に研究する場所である。白を基調としたドーム状の建物は、ある種の神秘性を纏っている。
魔力のメカニズムを解明したり、魔法と道具を組み合わせた、いわゆる魔道具の研究などが行われている――とされる。
もっともアーティスは「絶対危険なことやってる!」と心を躍らせているが。
所長のハルバーがアーティスらを歓迎する。
銀髪で白衣を身につけ、右目にモノクルをつけた知的な男である。彼自身も優れた魔法使いという一面もある。
「ようこそいらっしゃいました」
「突然の視察を受け入れてくれてありがとう」
「いえいえ、皇帝陛下が来られるとなると我々の身も引き締まりますよ」
「では、どういう研究をしているのか見せてくれるか」
「ええ、こちらへどうぞ」
ハルバーは研究所内を案内してくれた。
魔法で植物の生長を促進させる研究。
さまざまな病気に効く回復魔法の研究。
汚染された大地を癒やす研究。
いずれも夢のような話だが、その夢を実現させるために研究員たちは日々尽力している。
馬を魔力で負担なく強化させる技術や、遥か遠方に救難信号を送る魔道具など、すでに現実化しているものも数多い。
帝国民は自分も知らないところで研究所の恩恵にあずかっているのである。
これらの最新研究を見て、アーティスはついこんな感想をこぼしてしまう。
「なんか……健全だな」
「へ、陛下!」
慌てるボルツ。
ハルバーが「どういうことです?」と聞くと、レイラがにこやかに打ち明ける。
「アーティス様はここで世界を滅ぼすぐらいの研究をしているのを期待してたんですよ!」
「そ、そこまでは言ってない!」
慌てて否定するアーティス。
すると意図を察したハルバーが笑う。
「ようするに、例えば兵器開発の研究を期待してたと」
「うん、まあ……ごめん」
「実はありますよ。兵器」
「え?」
「この研究所では“魔導兵器ゴーレム”を開発中なのです」
「えええええ!?」
あれだけ期待してたにもかかわらず、アーティスは驚いてしまう。
「よろしければご覧になられますか」
「ご覧になる!」
アーティスの内に眠る少年心に火がついた。
研究所の奥にゴーレムがあるという。アーティスらはついていくことにした。
「こちらがゴーレムです」
鉄でできた巨人が格納されている。
アーティスらがはるかに見上げる大きさである。
「おお……! かっこいい!」
「ただし、色々と問題が残っていましてね」
ハルバーは面目が立たないといった表情をする。成功作とはいえないようだ。
「よく出来てると思うが、どのあたりが失敗なのだ?」ボルツが問う。
「出来上がった後、ゴーレムはちゃんと動いたんです。さっそくモンスター退治に向かわせたんですが……」
「ひょっとして負けちゃったんですか?」
レイラが予想する。
「いえ、戦わなかったんです」
「あらま」
「それ以後は全く動かなくなってしまって……。いくら調べてもどこに異常があるのかさっぱり分かりません」
自分の無力を嘆くように、ハルバーはため息をつく。
「完全な失敗作ですが、処分するのも忍びない。仕方ないのでこうして格納しているわけです。現在、ゴーレム計画は凍結状態となっております」
「不思議ですね……なぜ動かなくなってしまったんでしょうね?」
「さあ……ゴーレムの気持ちが分かれば、なんてメルヘンなことさえ考えてしまいますよ」
優れた魔法使い・科学者でもあるハルバーだが、魔法や科学といった鉱脈は彼でも掘り尽くせないほど奥深い。
不意にアーティスがゴーレムに近づいた。
そのままアーティスはゴーレムをじっと見つめる。
誰も口を挟めないほど集中している。ボルツは「死刑囚の冤罪を見抜いた時とそっくりだ」と思った。茶化さない方がいいと判断する。
見つめ終わると、アーティスはゴーレムに語りかけた。
「お前さぁ……戦いたくないんじゃないか?」
こう言った途端――
ゴーレムが動き出した。
「うわっ!?」創造主ハルバーを始め、見ていた皆が驚く。
しかし、アーティスは動じていない。
「どうなんだ?」
ゆっくりとゴーレムがうなずく。
「やっぱり! ビンゴ!」
「ワタシ……タタカイタク……ナイ」
ゴーレムが喋った。言葉で意思表示をした。
「ワタシハ……ワタシハ……」
言葉を続けるゴーレム。
ゴーレムは戦いたくなかった。そのためモンスター退治の命令を聞かなかったし、かといって研究者たちに反逆することもしたくない。
自分なりに悩んだ末、彼は動かないことを選択した。戦わず、反逆もせずに済ませる方法はこれしかなかった。
処分されるならそれまで、という覚悟もあったようだ。
ようやくゴーレムが動かなかった理由が分かり、ハルバーは納得する。
「作ってる最中に“戦いたくない心”のようなものが芽生えてしまったか。これは計算外だった。ならばそれを封じ込めるパーツを作れば……」
これを聞いて、ゴーレムの肩がビクリと動く。
「まあ、待て」
アーティスがハルバーを制する。
「そんなことする必要もないだろ。本人が戦いたくないって言ってるんだし」
「しかし、戦わない兵器など……」
「いいじゃないか。戦わない兵器がいたって。なぁ、ボルツ?」
「それもそうですな。まともに統治しない皇帝もおりますし」
「ハハ、ボルツは冗談が上手い」
「冗談ではありませんが」
「ハハ……ハハ、ハハハ、ハハ……ハハハ……」
笑うしかなくなるアーティス。
気を取り直して、ゴーレムに顔を向ける。
「ゴーレム、戦わないでもいい代わりに俺から命令を下す」
「……ナンデショウカ」
「一緒に遊ぼう!」
「ワカリマシタ!」
ゴーレムは嬉しそうに返事をする。
「じゃあキャッチボールしましょう!」
ゴムボールを持ち出すレイラ。
「なんでそんなもん持ってるんだよ」
アーティスのツッコミは無視され、キャッチボールが始まった。
レイラがゴーレムにボールを投げる。滑らかに動きボールをキャッチする。
ゴーレムがボールを投げようとする。
「本気で来い、本気で!」
「ワカリマシタ」
命令通り、ゴーレムは剛速球を投げた。
「ぶげあっ!」
顔面で受け止めてしまうアーティス。
「陛下ァァァァァ!!!」ボルツが叫ぶ。
アーティスはよろよろと立ち上がると、
「いいボール……だった」
ニヤリと不敵に笑う。
「よくご無事でしたな……」
「俺もそれなりに丈夫だからな」
顔面蒼白で平謝りするハルバーを、アーティスは「さすがは魔導兵器。なかなかのパワーだった」と褒め称える。
アーティスの傷はレイラに癒やしてもらい、その後も三人はキャッチボールを楽しんだ。
「今日は楽しかったな、ゴーレム!」
「ワタシモデス。デスガ……」
「?」
「モットモット皆サンノ役ニ立チタイデス……」
やはりゴーレムも命令を無視したことを気にしていた。自我が芽生えているのなら、兵器として活躍できていない現状は心苦しいものがあるだろう。
アーティスもそんなゴーレムの気持ちを察する。
「だったらそうだな。力仕事ならできるか?」
「デキマス!」
「よっしゃ! なら近いうちに力仕事が必要な現場を斡旋してやるよ」
「アリガトウゴザイマス!」
「それと“ゴーレム”じゃ味気ないから、名前をつけたいところだが……」
これにレイラが挙手をする。
「だったら“レムレム”というのはどうでしょう?」
「レムレムか……どうだ?」
「気ニ入リマシタ!」
ゴーレムの声が明るい。名前をつけてもらったことは嬉しかったようだ。
ハルバーは研究に勤しむあまり、ゴーレムの気持ちに寄り添えてなかったことを心の中で反省した。
レムレムやハルバー、研究員たちと別れ、魔法科学研究所を後にするアーティス。
城に戻る途中、ボルツが質問する。
「陛下、なぜあのゴーレムが“戦いたくない”と分かったのですかな?」
「なんでと言われても……んー、優しそうだな、って思ったから」
「ほとんど勘じゃないですか」
「まあ、勘だな」
レイラはイディスの言っていた「兄上は目の付け所が違う」という台詞を思い出す。
「やっぱりアーティス様は目の付け所が違いますね!」
「いや、俺の目はちゃんと顔面についてるけど……」
「そういう意味じゃないですよ」ボルツはため息をつく。
その後レムレムは多くの建設現場や工事現場に赴き、そのパワーで大きく仕事を助けた。
そんな成果もあり、魔法科学研究所はさらに潤沢な予算を得て、帝国のために力を尽くしていくこととなる。