第10話 皇帝は自分の功績を確認せねばな!
穏やかな昼下がり、アーティスは玉座でつぶやいた。
「なぁ、ボルツ」
「なんでしょう?」
「俺は皇帝としてちゃんとやれてるんだろうか?」
「なぜいきなりそんなことを?」
「俺は普段から思いつきで変なことばかりしてるだろ。皇帝として仕事を果たせてないんじゃないかと不安になってきたんだ」
「え、今更!?」
この反応にアーティスはむくれる。
「なんだよ、今更ってのは」
「失礼いたしました。あれだけふざけてるのにそんな殊勝なことを考えることもあるんだなぁ、と」
「まぁな。俺だってたまには真面目なこと考えるさ。そして、時折不安になることだってある。俺は皇帝としてちゃんとやれてるのかなぁってな」
ボルツは腕を組み、側近としての意見を述べる。
「やれてないということはないんじゃないですか? とりあえず国内で大きな問題は起きてないですし」
「……」
アーティスはまだ不満そうだ。
レイラがこんな提案をする。
「でしたら実際に評判を聞いてみればいいんですよ!」
「評判……今ボルツに聞いてるけど」
「そうじゃなくて、実際に町の人々にです」
この提案にアーティスの顔が明るくなる。
「それは面白いかもしれないな。やってみよう!」
アーティスはボルツとレイラに言う。
「では町に行くぞ!」
「はいっ!」
「まあ、私もついていくべきしょうな」
ボルツもしぶしぶついていくことに決めた。いつも通りの流れである。
***
城下町を歩くアーティス一行。
店が立ち並ぶ大通りはいつものように活気に満ちている。
アーティスは市民から声をかけられるのではと、そわそわしている。
期待通り町の人々から声をかけられるが――
「あ、聖女様!」
「この間はありがとうございました!」
「口内炎がすっかり治って……」
あるいは、
「宰相様だ!」
「お疲れ様です」
「今日もお元気そうで……」
レイラとボルツにばかり声をかけられ、アーティスは不満げだ。
「な、なんで……?」
「仕方ありませんよ。私は先代陛下の時代からずっと宰相ですし、レイラ殿は時間があれば町の人々を癒やしています。陛下はぶらぶらしてるように見えて、まだまだ民衆への露出は少ないですから」
「ようするに全然顔を知られてないってことか……」
アーティスは渋い顔つきになる。
「アーティス様はこれからですよ!」
レイラも励ますが、アーティスの暗い表情は戻らない。
すると――
「あの時の!」
町娘がアーティスに声をかけてきた。
かつて、チンピラに絡まれていたアンという娘である。
「ん、君は確か町内征服しようとした時の……」
「町内征服?」首を傾げるレイラ。
「あ、いやなんでもない。まさか、また出会えるとは」
「あの時は本当にありがとうございました。そうだ、あの時はお礼できなかったので、これをどうぞ!」
アンは三人にパンを手渡してくれた。彼女の実家はパン屋なのである。
「おお、これは柔らかくてうまいな」
アーティスが褒める。宮廷料理のパンと比べても遜色ない出来らしい。
「ええ、店が流行るといいですな」
咀嚼しながらボルツもうなずく。
「おいしいでふ!」
パンを口に入れすぎて、レイラは頬を膨らませたまま感想を述べる。
「よかった!」
かつて自分が救ったアンと出会えたことで、アーティスも上機嫌となった。
あの時のチンピラとの死闘は無駄じゃなかったんだな、としみじみ思った。
……
町の一角にある広場にやってきた一行。
ボルツが遊ぶ子供たちを眺めながら言う。
「ここは陛下が提案して作られた広場ですな」
「え、そうなんですか!?」驚くレイラ。
中では少年たちがサッカーをしている。狭い路地裏でサッカーをやっていた時より生き生きしている。
「あっ、皇帝様!」
リーダー格の少年ライが、アーティスに気づいた。
「皇帝様、広場を作ってくれてありがとう!」
「作ったのは俺じゃなくて大工さんとかだけどな」照れ臭そうに答えるアーティス。
「何を言ってるんですか」ボルツが肘でアーティスを突く。
「そうだ、サッカーしない?」
「しかし、今は俺の評判を聞いて回ってて……」
「いいじゃありませんか、やりましょうよアーティス様!」
「私も別にかまわないと思います」
レイラとボルツに後押しされ、アーティスも乗り気になる。
「いいだろう、やろう! 俺の弾圧シュートを見せてやる!」
少年たちに混ざり、サッカーを楽しむアーティス。
レイラは聖女ながら大活躍し、少年たちの喝采を浴びた。アーティスは足手まといになっていた。
しかし、アーティスの顔にはすっかり笑顔が戻っていた。
……
サッカーを楽しんだ後、アーティスらは帝都図書館に立ち寄った。
女司書のフローラが迎えてくれる。
「あら、皆様。来て下さったのですね」
「ああ、よろしく」
「今日はどのような漫画をお借りに?」
「いや、たまには漫画以外も借りるから……」
アーティスは苦笑いする。
図書館内にはかつてマナー違反をしていた学生達がいた。今では真面目になって自習している。
「あいつら、すっかり静かになったようだな」
「ええ、おかげさまで。成績も上がったみたいですよ、彼ら」
学生達もアーティスに気づいたようだ。
「皇帝陛下! こんにちは!」
立ち上がり、一斉に挨拶する。
「!」
「あの時は無礼をして、申し訳ありませんでした」
アーティスは手を振る。
「いやいや、気にするな。しかし……」
「なんでしょう?」
「さっきの挨拶、気持ちよかったからもう一回やってくれない?」
「は、はい。皇帝陛下! こんにちは!」
学生たちが再び挨拶する。
「ごめん、もう一回」
「こんにちは!」
「もういっ……」
「図書館ではお静かに」
フローラに注意され、平身低頭するアーティスだった。
……
図書館を出て町を歩いていると、番兵が駆け寄ってきた。
アーティスは何事かと思ったが、槍の切っ先を突きつけられた。
「怪しい奴め!」
「え、俺!?」慌てるアーティス。
「いや、あなたは……!」
アーティスの顔を見るなり、番兵の態度が変わる。
「あの時私を雇ってくれた……皇帝陛下!」
「お前はあの時の強盗!」
番兵の正体はレイラのいた教会に乗り込んできた強盗だった。
レイラとボルツもその場に居合わせていたので、すぐに思い出す。
「立派に番兵として働いているんだな」感心するアーティス。
「はい……! あの時は本当にありがとうございました!」
「いやいや、なにしろ俺を倒すほどの男だったからな」
「陛下を倒せるというのはステータスになりませんな」冷たく突っ込むボルツ。
「さっきの『怪しい奴!』というのも俺が皇帝だと気づいて、たわむれにやったんだろ?」
「いえ、本当に怪しいと思ったので……」
「……」
どうやらアーティスは不審者に見えたらしい。ボルツは噴き出しそうになる。
しかし、アーティスは微笑むと、
「これからも帝都をしっかり守ってくれ」と激励する。
強盗だった番兵は頭を下げた。
ボルツとレイラは彼が改心できたのはアーティスのおかげだと褒め称える。
しかし、アーティスは暗い顔で、
「俺ってそんなに不審者に見えるかな……」
とつぶやくのだった。
さらにその後、三人は冤罪だった死刑囚とも出くわす。
かつてアーティスに処刑されかけ、命を救われた彼も今は息災だった。
現在は事件があった地域から離れ、帝都で荷物運びをして働いているとのこと。彼の味わった事件を考えれば、当然といえる。
「あの時は陛下のおかげで助かりまして……」
「いや、詫びなければならないのはこっちの方だ」
「え?」
「お前を処刑するところだった。申し訳なかった」
アーティスは深々と頭を下げる。
これにボルツが慌てる。
「陛下! 皇帝が一市民に頭を下げるなど……」
「考えてもみろ。やってもいない罪で死刑にされるところだったんだぞ。もしも自分だったら……と思うとぞっとする。今も帝国にいてくれることがありがたいぐらいだ」
レイラもこの言葉にうなずくと――
「私からも謝ります!」
こうなるとボルツも――
「本当に申し訳ない!」
皇帝、聖女、宰相からペコペコされて、困惑してしまう元死刑囚。
そして笑顔で別れる。彼はこれからも帝都で真面目に働いていくことだろう。
***
城に戻ったアーティス、ひとまずほっとする。
「こんな俺だけど、市民のために役に立っていたようで嬉しい」
「そうですよ! アーティス様は素晴らしい皇帝です!」
ボルツもうなずく。
「陛下の独特な目線が、古く巨大なメギドア帝国にとってよき影響をもたらしてくれるかもしれませんな」
「ん? 分かりやすく言って?」
「陛下の変人ぶりが国にとっていい方向に働くかも、ということです」
「分かりやすい!」
自信を取り戻したアーティス。先ほどまでの意気消沈ぶりはどこへやら、すっかりレイラとはしゃいでいる。
しかし、ボルツは真剣な表情でアーティスに聞こえない声で語りかける。
「帝国内にはまだまだ問題も多く、メギドア帝国の東にはフェザード女王国、西には鉄の王国ガイン王国が控えている。陛下、どうかこの荒波を乗り越えて下さい……」
ここで一区切りとなります。次回から第二章となります。
楽しんで頂けたら、感想・評価・ブクマ等頂けると嬉しいです。