第1話 帝国といったら世界征服だろ!
メギドア帝国の城内、皇帝の間にて玉座に座る皇帝アーティス・メイギスは突如こう言い放った。
「帝国といったら世界征服だろ!」
「……は?」
宰相を務めるボルツ・ラーチンは首を傾げる。
この若き皇帝が妙なことを言い出すのはいつものことなのだが、「世界征服」だとか言い出すのは流石に初めてだった。
「なぜ世界征服なんです?」
「帝国といえば、その強大な軍事力で世界を征服しなきゃならないだろ!」
唖然とするボルツ。
「いや……別にそんな義務はないと思いますが」
「いいや、帝国は世界征服をしなければならん! というわけで、軍団長を呼んでこい!」
まもなく帝国軍を統べる軍団長であるゴランがやってくる。
鉄の鎧に身を包んだ、屈強なベテラン軍人である。
「お呼びでしょうか、陛下」
「うむ……ゴランよ。俺は世界征服をしたい。さっそく軍を編成してくれないか」
「かしこまりました」
「え」
即答され、焦るアーティス。
「ちょ、ちょっと待てゴラン」
「なんでしょう」
「いや……なんていうか、『世界征服などおやめ下さい』とかないの? 暴君をなだめる的なムーブというか……」
「私は軍人ですから。陛下のご命令に従うのみです」
「それはご立派だけど……」
「では編成して参ります」
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」
背を向けるゴランにアーティスが叫ぶ。
「なんでしょう?」
「やっぱり……無し! 今の命令はキャンセルだ!」
「そうですか。では失礼いたします」
命令をキャンセルできてほっとするアーティス。
ボルツがそんなアーティスをじろりと見つめる。
「陛下、軽いノリで世界征服を口走ったのにホントに世界征服が始まりそうになったからビビったんでしょう?」
「ああ、その通りだよ。あんなトントン拍子に進むとは思わなかった」
「ゴランは生真面目でああいう男ですから……以後気を付けて下さい」
「うん、気を付けるわ……」
「気を付けたところで、とりあえず世界征服は中止しますか?」
「いや……中止しない!」
「え」
しないのかよ、と心の中で毒づくボルツ。
「軍を使って世界征服をするのはやめだ……」
「じゃあ何を使って征服するんです?」
「俺の手でやるんだよ!」
「えええええ!?」
金髪で青い瞳を持ち、黙ってさえいれば整っている顔をきりりと引き締めるアーティス。ただし残念ながらこの男は黙っていられない。
「いきなり世界ってのも無謀だからな。まず、町内から攻めていこう」
「はぁ」
「というわけで、城下町に出るぞ。ボルツ!」
「え、私も行くんですか?」
「当たり前だろ! それが宰相の仕事だ!」
絶対違う、と思いつつも小柄でやや頭の薄くなり始めた中年宰相ボルツも、彼に付き合うのだった。
***
帝都メラン。大国メギドアの中心地だけあって、大勢の人が行き交い、活気に満ちている。
そんな城下町を征服しようと、一人の皇帝が足を踏み入れた。
「よーし、今日は町を征服する!」
「自国領土を征服しようとする皇帝なんて聞いたことないですよ」
「いやー、照れるな」赤面するアーティス。
「褒めてませんので」睨みつけるボルツ。
町を歩く二人。
特に着替えもせず、皇帝の正装のまま歩いているのに、あまり反応がない。
「なんか……みんな冷たくない? もっとキャーキャー言われるものかと」
「冷たいというより、みんな忙しいんでしょうな。町をフラフラしてる皇帝や宰相にかまってる暇などないのでしょう」
「それなのに俺は町内征服とかやってるのか……申し訳なくなってきた」
「変なところで真面目にならんで下さいよ! 奇行をやるなら最後まで貫いて下さい!」
アーティスは特に何をするでもなく、きょろきょろしながら歩き続ける。ボルツが尋ねる。
「陛下、さっきから何をなさってるんで?」
「町内を征服するからには、誰か適当な人間を屈服させたいと思ってな。誰を殴ろうか探してるんだ」
「なんつう物騒な……」
ボルツは顔をしかめる。が、主君を満足させるのも宰相の仕事である。
細身の青年を見つけ――
「あそこにいる青年は弱そうですよ、陛下でも勝てるんじゃないですか」と提案する。
しかし、アーティスは首を振る。
「あんな真面目そうな青年を殴れるか!」
「ご、ごもっともですな」
あまりにもまともな答えが返ってきたので、ボルツが恥じ入る結果となってしまった。なんか理不尽だ、とボルツは心の中で愚痴った。
さらに10分ほど歩くと、こんな声が聞こえてきた。
「や、やめて下さいっ!」
「いいじゃねえかよ! ちょっと付き合ってくれよ!」
チンピラが町の若い娘の腕を引っ張っている。
アーティスはこれを見て「あいつに決めた」と笑みを浮かべる。
そして――
「おい、そこのお前!」
「なんだ?」チンピラが睨み返す。
「俺はメギドア帝国皇帝のアーティス・メイギスだ。その娘を離せ」
「はぁ? 皇帝がこんなとこいるわけねえだろうが!」
いるんだよなぁ……とボルツは心の中でぼやく。
「とにかく、その娘を解放しないと皇帝パワーでお前を断罪するぞ」
凛々しい言葉を吐くが、チンピラは怯まない。アーティスをただの変人か何かだと思っている。実際、変人ではあるが。
「うるせえ! やれるもんならやってみやがれ!」
「行くぞぉ!」
皇帝と平民による喧嘩が始まった。
アーティスの華麗なるパンチは空振りし、カウンターでチンピラの拳が命中した。
「うげぇっ!」
「へ、陛下!」さすがにボルツも駆け寄ろうとする。
「大丈夫だ……俺は皇帝、まだやれる」
アーティスは口元を拭う。
その後も殴りかかるが、チンピラにまるで歯が立たない。
もう勝負は見えているが、アーティスは諦めない。
「う、うぐ……!」
「はぁ、はぁ……もういいだろ」
チンピラもアーティスの根性に辟易している。
「陛下、もうおやめください! すぐに近衛兵を呼んで、この者にはしかるべき罰を……」
「やめろ!」
アーティスが凄まじい形相でボルツを制する。
「これは俺が始めた戦いだ……余計な真似はするな!」
「は、はい……!」
その後も挫けずチンピラとの死闘を繰り広げ、ついにアーティスの拳が炸裂する。
「どうだ!?」
「いでで……! わ、分かった……俺の負けです……すんませんでしたぁ!」
逃げていくチンピラ。
アーティスはボコボコにされた顔面でガッツポーズをするのだった。
「勝った……!」
助けられた町娘のアンが近づいてくる。茶髪でお下げの髪型の、可愛らしい娘である。
「あの……ありがとうございました!」
「いいんですよ、お嬢さん……」
ニヤリと笑うアーティス。
「何かお礼を……」
「いえいえ、礼などいりませんよ。俺にとっては、市民の笑顔がなによりのお礼なのですから」
そう言って、アーティスはボルツに肩を借りながら、その場を立ち去った。
よろよろと歩きながら、アーティスはボルツに笑いかける。
「いやー、こりゃ町内征服もキツイな……。だけど、あの子を助けることができて、よかった……」
そんな皇帝にボルツは笑みを返した。
「だから私、あなたのこと嫌いになれないんですよ」
連載作品となります。
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