《☆~ アマギー山で淡い初恋 ~》
王城から追放されたレアレイズンは、母親のフルレイズンや数人の女官たちと、東のパンゲア帝国へ向かっている。
国境にはアマギー山があるので、一行は、それを越えなければならない。
峠を過ぎて少しばかり進んだところ、やや平坦な場所に原っぱを見つけ、休憩を挟むことにする。清い水の湧く泉があり、そこで腰を据える。
辺りは静寂に包まれ麗らかである。第一女官のアルビュミンが、用意しておいた鳥肉の燻製を小皿に取り分ける。
ここへ突如、弓を手にした人族の若い男が現れる。
「おや、淑女らの昼餉会かな。お邪魔ですね、済まないことをしたよ」
「いいえ、お気になさらないで」
レアレイズンが優しい口調で返答した。
若者は、頭を軽く縦にふり、そしてすぐ背を向ける。
「あら、あなた、お待ちになって!」
この麗しい声を聞いた若者は立ち止まらざるを得ない
すぐに向き直り、レアレイズンに問い掛ける。
「どうかしましたか?」
「いいえ、その」
「あ、もしかして、この僕を昼餉会に招待してくれるのかな?」
「えっ、はい、そうですの……」
本当のところは、パンゲア帝国へ向かう近道を尋ねようとしたのだけれど、レアレイズンは、成りゆきで肯定してしまった。
若者が小麦色の瞳と白い歯を輝かせる。そして軽い足取りで戻り、背袋と矢筒を地面に置いてから、彼自身も腰を下ろす。
「僕は流離いの狩人、ブレドンバタだよ」
「あら、なにを狩りますの?」
「鹿を狙ってきたけれど、予定を変えて君の御心を狩ろうかな。ふふ」
若者は、地面に置いた矢筒から矢を一本取り出し、レアレイズンに向けた。
「あらまあ、どうしましょう!」
「御心の随意に」
「うふふ。おかしなお方ですこと」
十六年の生涯で初めて知る、淡い恋の始まりとなった。
「ところで、君の名は?」
「あたくしは、レアレイズンですの」
「そうかい、とても愛らしい名だね。ふふふ」
「お口のうまいこと」
「いいや、限りなく純粋な僕の本心さ」
燻製を取り分けていたアルビュミンは、人数分より多くは用意していないから、気を利かせて自身の小皿を差し出す。
それを受け取ったブレドンバタは、気の毒そうな気色を顔面に浮かべ、先ほど地面に置いた背袋の中から、数本の細長い麺麭を取り出す。
「グリッシーニだよ。君たちも食べるといい」
「ええ、頂きますわ」
レアレイズンとブレドンバタ、そしてフルレイズンや女官たちは、こうして山中での食事を始める。
この頃、エルフルト王国の城内、第一玉の間では、強引に王の座を奪ったペペロミアに、魔女族のサラミーサラドが、なにやら進言しているところ。
「後顧の憂いがないよう、先手を打つのがよろしいかと」
「それもそうだな。やってくれるか?」
「御意!」
サラミーサラドは、丁重に頭を下げ、第一玉の間を後にする。