9 帰還
「殿下!?」
「え、アリヴィアン殿下!?」
「嘘だろう!?ご無事でしたか!」
洞窟を抜けた先は、マハノヴァ辺境伯邸に続く道だった。そして幸運にも、その道は騎士団が集う砦まで真っ直ぐ続いている。
砦には沢山の騎士やら人が集まっていた。戦の戦況状況でも確認していたのだろうか。そんな時に行方不明の第三王子が登場したとあって、誰しも驚きを隠せない。
「殿下ああああ!よくぞ!よくぞご無事でえええ!」
一目散に駆け付けて来たのは、二か月前の戦で身を張って囮を買って出たラースだった。アリヴィアンも笑顔でラースと抱き合った。
「ラース! お前も無事だったか…良かった!」
「何を仰いますか! 俺のことよりも…殿下がご無事で良かったです…! 本当に…!」
ぐしゃぐしゃに泣くラースを宥め、同僚たちに礼を言い、団長にまで「よく帰った」と強く抱きしめられる。
(きっと戦で大変だっただろうに…私だけのんびりしてしまって申し訳なかった……)
そんな風に思いながら、アリヴィアンは彼らの熱い歓迎を受けた。
戦況を聞けば、こちらが敵国のルンドスフィアを蹴散らしたらしい。国境付近からは一次撤退し、今残っているのは残党だそうだ。
「まだ克服もしていないから戦闘は続くだろうが…。でも一先ず山場は越えたのです。殿下が行方不明だったことを除けば…ですがね」
「…それは…すまない。本当に心配かけた」
「いえ、お命があっただけ良かったです。正直に言えば、諦めるしかないと皆が思っていましたから」
「それはそうだろうな…。二か月も行方不明だったのだから」
「殿下の無事の知らせは、すぐに王都にも届くでしょうね。殿下が行方不明となった時、王都から第二王子殿下と第四王子殿下が来られたほどでしたから……」
兄の第二王子・ディートリアンと、弟の第四王子・ボニファーツ。
その二人が自分の無事を確認するためにわざわざ来てくれていたなんて思いもしなかった。家族にも心配かけてしまったかとアリヴィアンは反省しきりだ。
連絡の取りようがなかったと言ってしまえばその通りなのだが、あまりの心地よい環境に、外の事をほぼ忘れかけていたアリヴィアンだ。本当に迷惑をかけてしまった、王族失格だと心の中で最大に呟く。
それからは怒涛の忙しさだった。
各方面に己の無事を知らせ、沢山の人達から喜びの歓迎を受け、どこで何をしていたか詰められる。
「腿に矢が刺さって…ほぼ野宿をして生活をしていてだな…。助かったのは幸運だった」
そうやって誤魔化せば、不思議な顔をして質問をされるわけで。
「しかし殿下、大怪我をしていたわりにすっきりしていますよ」
「すっきり…そうか?」
「確かに…ちょっと太った感じありますよね」
「太った!? そ……そうか…それは気づかなかったが…。太ったのは嫌だな…」
「顔色もいいし、髪の毛もサラサラだし。誰かの助けを借りていたということですよね」
鋭い質問ばかりでタジタジなアリヴィアンだったが、流石に上司である騎士団の団長・レイヴンには真実を話すことにした。
砦の中にある団長室で、二人だけで話をする。レイヴンは黙ってアリヴィアンの話を聞いており、終わった後は深い溜息をついた。
「マハノヴァ辺境伯家の、洞窟に隠された盲目のご令嬢か…。ったく、侯爵家の人間は癖ある連中ばかりだな」
「…癖があるのですか。いえ、想像はしていましたが」
「辺境伯だから、それなりの人望と実力はあるぞ。だが侯爵は己の腹の中を見せない。実に国境を守る貴族らしいよ。王都にいる貴族たちより何倍も手ごわい」
「まあ…辺境伯と言われるくらいですからね」
辺境伯に任された者達の中には、時代によっては国から独立をし、国家を建ててしまう者もいるくらいだ。
マハノヴァ辺境伯が治める領地の隣には敵のルンドスフィア国があるから反旗を翻すとは考えにくいが、そのくらい国とってはある意味厄介な存在だ。
「味方にしておけば最高だが、敵に回せば厄介だな。殿下はマハノヴァ辺境伯とは会ったことはあるだろう?」
「はい…。戦が始まる数年前に少しだけ。でも会ったと言うよりは見たことがあるという程度です」
辺境伯は、年のころ五十歳前後。少し小太りで、人の良さそうな顔をしており、テキパキと領の騎士達に指示出しをしていた。領民たちへの非難と支援も惜しまないと聞く、優秀な人物だと思った。
「その後は私も戦場に出ずっぱりになりましたから、全く顔を見ておりません」
「王子なのだから直接挨拶しても良かったんだぞ?」
「私が王子だからと言っても、今は騎士の一人でしかありませんし。辺境伯から声をかけられたら対応するつもりでしたが、そんな事はありませんでしたので」
「…ふーん…。騎士団の中に殿下がいると知っているはずなのにな。ある意味殿下を無視か」
「……別に私は深く考えていませんでした」
「何だそれ。適当だな」
「人生、適度に適当がいいかと」
エステルが言っていた言葉をそのまま使ってみて、心の中で一人笑ってしまう。
少しレイヴンが呆れたような顔をしている。
アリヴィアンは王族であるから、普通ならば団長か副団長という地位でおさまる。だが本人が「そんな贔屓は御免だ」と言い、結果、他の貴族男子達と同じような扱いとなった。
故に、マハノヴァ辺境伯と話す機会もない。高い身分の貴族と会話をするのは、団長か副団長だから。
「今更ながら、殿下を副団長にしておけばよかったと後悔したぞ。第二王子殿下と第四王子殿下が来て詰められた時は、ああ俺もここまでの命だったかと思った」
「……申し訳ございませんでした……」
「そう思うならば、無理はしないようにしてくれ。殿下はこの国の王子だ。一騎士として、という心意気は立派だが、殿下が死ねば国は動揺する」
「………はい、ありがとうございます」
団長の言うことは尤もだ。今回ばかりは自分は迂闊で、心配も迷惑もかけすぎた。
「ところで団長。もう少し落ち着きましたら、今一度エステルの元に行きたいのですが…許可を頂けますか?」
「ん? なぜだ?」
「その、馬を…置いてきてしまいまして…」
「馬ならばここにあるぞ? わざわざ戻らんでもいいだろ」
「………私の愛馬は白ですよ……」
「白も多少いるが…………。………ああ、……いや何でもない。いつでも取りに行け」
いきなり何かを悟ったような顔になったレイヴンに、アリヴィアンは少しだけ首を傾げる。レイヴンは楽しそうにアリヴィアンを眺めた。
「時に殿下。その盲目のご令嬢は美人か?」
唐突な質問に、アリヴィアンは面食らった。
「エステルですか? 顔は別に普通かと思いますが……」
「ほう? 平凡ってやつか」
「まあそうですけど」
ちょっとだけムッとした顔をしたアリヴィアンに、益々レイヴンは愉快になる。
「へえ~? ふう~ん? いや、女嫌いの殿下がよくもまあ二か月間、女と一緒の空間にいられたなと思って」
「一緒って…。寝るときは別々の部屋でしたし、やましい事は何もありませんよ。それに別に私は女嫌いってわけではなくて…」
「分かっているって。そこは説明せんでも。殿下が女性を避ける理由は、よ~く分かっているからな」
「………なぜニヤニヤ笑うのですか……」
解せない。レイヴンはとうとう声を上げて笑うも、ややあって真面目な声でアリヴィアンに問う。
「で? どうする? マハノヴァ辺境伯らに会うか? その盲目の令嬢について、一言ぶつけたい気分なんだろ」
「……!………」
「虐待をしていたのは夫人だっけ? それと隠した兄も?」
「………いえ……夫人だけで…。兄の方は彼女を洞窟に隠して…」
会ったところで何を言うと言うのか。あの生活を辞めさせろと?しかしエステルは楽しいと言っていた。
それに盲目にした張本人の夫人に会えば、自分が何をするのか分からない。それはエステルの兄に対しても同様だ。
レイヴンはうんと頷いて、優しくアリヴィアンに言い聞かすように言った。
「まあ会わない方が賢明だ。人様の家の事情に首を突っ込むと後が怖い。エステル嬢は可哀相だが、日陰の身となって生活してもらわないとならんな」
レイヴンのその言葉に、アリヴィアンは悔しそうに拳を握りしめる。
そんなアリヴィアンの様子を、レイヴンは笑って見つめていた。
【登場人物紹介】
●レイヴン……アリヴィアンの所属する騎士団の団長。三十八歳。侯爵家出身。




