6 穏やかな日
「君がルンドスフィア国の貴族令嬢と言うならば…私と君は敵同士だな」
「………」
「でも安心していい。私は君を殺して逃げるなんてことはしたくはない。勿論、怪我が良くなってもっと体が動かせればここから出ていくだろうが…」
「………騎士様は私が兄に密告するかも、なんて思わないのですか?」
「密告するならばとっくにしているだろう? まぁ…積極的に密告はしないだけで、君の兄がここに来た時は、あっさり私を売り飛ばすかもしれないかもな…とは思うがな…」
エステルはふうと息を吐いた。アリヴィアンはじっとエステルを見つめる。
「騎士様、ごめんなさい」
「………何を謝るのだ?」
既に密告した後かとアリヴィアンは警戒したが、エステルはあははと声を高らかに上げて笑ったのだった。
「ごめんなさい! 嘘つきました! 私はドロニア国の出身です! つまり騎士様の味方です!」
「…………な……に……?」
「いやー良かったです! 騎士様がドロニア国の騎士様で! いえね、多分そうだとは思っていましたけれど、確信はなかったのですよ。私の目に映るところまで甲冑にぐんっと近づいてみましたけれど、甲冑を見たところで、ドロニア国の甲冑かどうかなんて区別つかなかったですしー! あ、これは意味のない事をしているって分かり、早々諦めました!」
「………」
「言葉の訛りから、ドロニア国の人だろうとは思いましたよ。でももし間者だったら言葉の訛りを変える事なんて朝飯前だろうなとか。直接聞くには信頼関係がまだ薄いなとか! あれこれ色々と考えていました。ああ、味方だと知ってほっとしましたー!」
「……………」
再びアリヴィアンは頭をかかえた。
思えば最初からエステルに振り回されてばかりのような気がしてならない。いや、己の情けなさ具合がはっきりしたと言うべきか。
「ともあれ、私とエステルは、同じドロニア国の民だということだな……」
「はい! 味方で良かったです、騎士様!」
「全く…。これで本当に私が君の敵だったどうするつもりだった? 下手したら乱暴されていたか、命を落としていたか…」
「何とかなりますって! そこら辺は適当にやっていればいいんですよ」
「…いや、よくないだろう」
何でもないことのように笑うエステルに、アリヴィアンもついつい苦笑してしまう。
エステルの明るさの前では、自分の悩みなんてどうでもよくなってしまう気配があった。
「騎士様、折角だから身体を綺麗になさりたくはありませんか?良き場所があるのですよ。あ、勿論歩けるならば…ですけれど」
「ん?ああ…別に構わない。怪我も大分治ったし」
「凄いですよね。足に矢が刺さったというのにその回復力…。私ならば一か月以上寝込みそうです」
実を言えば立っているのもまだまだ辛いアリヴィアンだが、ここはやせ我慢だ。
それに身体を綺麗にできると聞いて少しだけ心が弾む。寝込んでいたこともあって、自分の身体が汗臭くて痒いのは嫌だったから。
「そうと決まれば、良き場所にエスコートしますよ。騎士様。さ、お手をどうぞ」
「…く……だから、男の面子が丸潰れだ…」
どうもこの盲目の娘といると調子が狂う。アリヴィアンは笑いながら、エステルのエスコートを受けることにした。
***
連れて来られたのは、洞窟の外にある、とある場所。
「これは……!」
「ふふふ、驚きました? 温泉、というモノなのです!」
山の中だと言うのに、暖かいお湯の溜まりが存在している。かなり深さがあるようだ。湯気がもくもくと出ている。
「湯が温かい!そんな…これは自然にこうなっているのか?」
「私もよく知らないのですけれど、ここら辺の山では時々あるようですよ。発見できたのは僥倖だって兄も喜んでいました」
アリヴィアンは感動して温かい湯に手を入れてみる。丁度いい暖かさだ。
成程、ここで体を綺麗にすると言うわけか。これは気持ちよさそうだと、思わずにんまりと笑う。
「兄の服ですが、こちらが替えです。こちらが体を拭くもので…」
籠を持っていたのは気づいていたが、何が入っているのかと思いきや。用意のいいことで…とアリヴィアンは笑う。 だがエステルの発した言葉に再び絶句したアリヴィアンだ。
「さ、お手伝いします。脱いでください」
「………」
年若い女性に堂々と脱いでくれと言われたことは、絶世の美男子であるアリヴィアンならば何回もある。あるのだが、こうまでして色気がない言われ方は初めてだ。
それだと言うのに、なぜかアリヴィアンの胸が急激に高鳴る。今までのアリヴィアンならば、女性からこんな言葉を言われれば嫌悪感しか沸かなかったというのに。
驚き固まるアリヴィアンを無視して、エステルはアリヴィアンの服に手をかけて、今まさに脱がそうとしている。
「いや、待て! 一人でできる…!」
「何を言いますか。騎士様は怪我をしているでしょう? お手伝いします」
「大丈夫だ! うら若い娘に手伝ってもらうほど…!」
「もしかして、全裸を私に見られるのは恥ずかしいですか? 問題ないですよ。私、見えませんので!」
堂々と開き直って見えないと言われると返す言葉もない。
結局折れたのはアリヴィアンで、両手を腰に添えて堂々と立つエステルの前で、小さくなりながらいそいそと服を脱いで全裸になった。
(なぜ私は恥ずかしがりながら全裸になっているのだ……。げ、解せない……)
結論から言えば、人生初の温泉はとても気持ち良かった。
怪我をした部分をお湯につけるのは躊躇われたので、岩の上に腰かけてお湯を体から流し、エステルが背中や体全体を綺麗に拭いてくれる。
目に包帯を巻いているせいもあり、今のエステルはアリヴィアンの全裸を見ることない。
しかしその小さな手はアリヴィアンの身体をくまなく触っていくわけで。早くもアリヴィアンが後悔したのは言うまでもない。
「騎士様は…やはり騎士様なだけあってよい筋肉をお持ちですね」
「……そう…か……?」
逞しい男だと言われているので、結構嬉しい。どんなに鍛えても、ぱっと見のアリヴィアンは線が細く見えてしまうらしいから。
「石鹸で泡立てた後、少し力を入れて擦りますね。痛かったら言ってください。腿にお湯がかからないようにしますけれど、もしもの時はお伝えください」
「……その石鹸は……? 初めて見るな。いい香りだ」
「植物から抽出したもので、自然に良きものですよ。オレンジのいい匂いがしますよね」
「……エステルが作ったのか?」
「まさか! 王都で流行りだと兄が言っておりました。私も詳しくは知りません」
「……適当だな」
「人生、適度に適当なのが楽ですよ」
良き香りと共に、エステルの指がアリヴィアンの頭皮をほぐし、体全体を擦ってくれる。
あまりの気持ち良さに、そのまま眠ってしまいたくなる。
「怪我が完全に治ったら、是非お湯の中に浸かってみて下さいね。本当に気持ち良いですよ」
「……そうか。それは楽しみだな…」
「ふふ。その為にも早く全回復!しなくてはですね」
「……そうだな」
戦争中だというのに、自分だけこんなのんびりしていて良いのか。早く仲間達に、自分は無事だと知らせなくては。
そう思うも、お湯の暖かさとエステルの指の気持ち良さにぼうっとしてしまう。
ここ数年で、一番穏やかで優しいと感じた時間だった。




