5 洞窟にて
それから三日間、アリヴィアンは高熱が出てベッドから起き上がることが出来なかった。
その間、エステルは甲斐甲斐しくアリヴィアンの世話をした。食事を運んでくれて、どこでどのようにして手に入れているのか分からないお湯で体を丁寧に拭いてくれて。
部屋の中は常にランプの光で明るく灯される。
その光に照らされて濁った白い目のエステルに顔を覗き込まれた時は、実のところアリヴィアンは声が出ない程驚いてしまったが、勿論ギリギリで耐えた。
しかしアリヴィアンのそうした様子を、エステルは敏感に感じ取ったようだ。
次の時には、目に包帯を巻いてアリヴィアンの前に姿を現した。
(悪い事をしてしまったな……)
謝罪するのも今更な気がするし、エステルは何も言わなかったからアリヴィアンも何も言えずじまいだ。
五日目にはもう熱も下がり、ようやくベッドから起き上がれるようになった。
足の痛みはまだまだ引かないものの、部屋でトレーニングをするまで回復したアリヴィアンは、両目を包帯で隠したエステルの姿に眉をひそめた。
「今更包帯が必要なのか?」
わざとらしく聞いてみれば、エステルは笑いながら首を横に振った。
「いえいえ、そうではなくて。常々兄に言われたことを思い出したのです。もし他の人の前に出るときは目に包帯をしろと。普段誰かとお会いすることなんてないものですから、すっかり忘れていました…。ですので、先日は大変失礼しました」
やはり自分の失礼な態度がエステルに気を遣わせてしまったのか…とアリヴィアンは思うも、何と言ったらいいのか分からなくて、そうかとだけ頷いた。
熱が下がり体力も戻れば余裕も戻って来る。
アリヴィアンはようやくエステルにあれこれ聞くことができた。
「私は凄く助かったのだが…、すんなり男を部屋に案内するべきではないものだぞ…。いや、本当に私は助かったからこんな事を言える立場ではないが…だがその、洞窟に一人暮らしなんて…危険だろうし…」
エステルはきょとんとしたが、すぐにプッと噴出して笑った。
「もう…今更ですよ! それに騎士様ならば、婦女子に乱暴なんてしないでしょう?」
「いや、それは確かに一般論だが…男というものはいつの時代も…こう、狼だと言われているし……」
「あら。では騎士様も私を襲いたいと思いますか?」
「……っ」
「思いませんでしょう?私は見ての通り、目の見えない女ですよ。加えて顔も平凡ですし、男性から見て底辺の女でしょうから」
返答に困る内容だった。
確かに、暗闇の中で一人佇むエステルの姿は、知らない者が見れば怖いかもしれない。
長く真っ直ぐな黒い髪と白い包帯、薄明りの中で照らされて不気味だと思う者もいよう。
だがアリヴィアンはそんな事はもう思わない。
エステルは、目が見えない事を除けば普通の女だった。それに意外と明るく活発で、元気が良い。盲目であろうに、料理の時によく包丁や火が使えるなとハラハラしてしまうが、それでも出された食事は全て美味しかった。
加えてよくよく見れば胸が大きくてスタイルも良い。
コルセットをしていないことは明らかで、ゆったりとした服は自然なままのエステルの身体の線を浮かび上がらせ、嫌でも変な妄想をしてしまう。
己の体力が戻るにつれ、アリヴィアンは違う苦悩を抱える結果となった。
「いいか、エステル…。もう一度言うが、男を信用するな…」
「はあ」
分かっていないのだろう。アリヴィアンもそれ以上言っても仕方ないと分かり、ここでその話は終わりとなった。
「それにしても…、君は先ほど自分のことを、‘顔も平凡’と言っていたが…。自分の顔を見たことがあるのか?」
エステルは笑いながら頷く。
「昔は目が見えていたのですよ。なので、自分の顔くらい覚えています」
「そ…れは……。盲目なのは後天的なものなのか……。苦労したな……」
「ふふふ、ありがとうございます。でも今でも薄っすらですが、近づけば見えるのですよ。思いっきり近づけば、の話ですが」
「………そうか……」
「とは言え、強い光が目に入るのは苦手でして。できれば暗闇の方が目には楽ですね。ま…兄が来た時とかは流石に光を灯しますけれど。兄は暗闇の中だとすぐに転ぶので」
笑って話をするエステルを見て、アリヴィアンもついつい笑ってしまった。
「何度か聞こうと思ったのだが…エステルの兄とは一体? それにどうしてエステルはこんな洞窟で一人暮らしを……?」
「ああ、その話ですか。実は兄はいいところのお坊ちゃまで。要は貴族なのです」
「…ああ、なるほど」
通りで、部屋の中にある家具やらが豪華だと思ったとアリヴィアンは納得した。
「兄とは異母兄弟なのです。私の母は平民でして。メイドをしていました」
「ほう?」
「母は美人でしたからね。父が母に目をつけて、私が生まれました。けれど本妻である夫人が、母と私を疎ましく思っておりまして。母の死後、私は夫人に虐待を受けました。目が盲目になったのはその時です」
「………」
段々ヘビーな話になってきた。アリヴィアンは絶句しながら話を聞く。
「何かは分かりませんが、液体を投げられて目に入りました。薬品か毒なのかは分かりませんが、目が視力を失う程のものでした。当然、私は死にかけまして。一命を取り留めましたが、夫人は私をやはり憎く思っていたのでしょう。見かねた兄が、私をここに匿ってくれました」
割愛して話したのだろうが、どうして視力を失うことになったのかはざっくりと分かった。異母兄がどうやってこの洞窟を見つけたのかは、その流れの中には出てこなかったが。
「つまり…エステルはどこかの貴族令嬢だと。その目は義理母によって光を失って。そして異母兄によってこの洞窟に隠れ棲んでいると」
「そういうことになりますね」
うんうんと満足げに頷くエステルとは違い、アリヴィアンはぐったりと首を垂れた。
そんな事をする貴族の夫人なんてどこのどいつだと。しかもだ。いくら何でもうら若き女性を洞窟に棲まわせるなんて酷くないか?と。だが無関係の自分がこれ以上あれこれ突っ込むのも躊躇われた。
「これは…聞いていいのか迷ったが…。エステル、お前はどこの貴族の者だ?」
「………」
一瞬だけ空気が変わった。
エステルはゆっくりと口を開く。
「騎士様…。私はルンドスフィア国の者です。そこの貴族です…」
「………」
ルンドスフィア国の貴族、だということはアリヴィアンとエステルは敵同士で、今のアリヴィアンは敵の手の中にいるということになる。一気に緊張感が増す。
エステルは目が見えないが、もしエステルの兄がここに来たら。アリヴィアンを発見したら…無事では済まされないだろう。
しかし、とアリヴィアンは思った。
エステルは自分を助けてくれた恩人だ。
エステルの緊張具合から、アリヴィアンがドロニア国の騎士と分かっていただろう。だと言うのに助けてくれた。敵に売り渡すことも可能だっただろうに、それをしなかった。
(もし殺されても…エステルを憎むことはできないだろうな)
アリヴィアンはそんな事を思いながら、ふと笑った。




