35 光
「は………?い、今何と……」
部屋に集まったのはアリヴィアンの他、エマ、ジェミアン、ウルリヒ。加えて王女姉妹や宰相ら。そして騒ぎを聞きつけた王や王妃までやって来ていたから、結構な人数になっていた。
その人たちの前で、老いても腕は一流の医者は冷静に診断結果を告げる。
「ですから、ご懐妊です。エステル様のお腹には赤子がおられます。おめでとうございます」
「……………」
呆気にとられたのはアリヴィアンだけではない。エステルもだ。
勿論、その他の者達も。
「目や頭が痛んだと…?ああ、なるほど。妊娠中は体が変わりますから、頭痛がすることもありますでしょう。目が痛いのはそのせいでしょうね。特定の食べ物を受け付けなくなるとか、眠気が強くなることもあると思いますが普通なのでご安心を。慣れない場所での緊張や疲れもあるかもしれませんしね。ゆっくりされて下さい」
「あ…えっと……。そ……、そうなのですか…」
「ともかく、体を冷やさずに。無理は禁物です。安定期に入るまで、穏やかにお過ごしください」
「あ…は、はい……」
医者が去り行くと、その場に残った人たちは言葉を発することができないでいた。
が、お転婆王女のラトニータが第一声を発した。
「子供ができたって……。兄さま、結婚式を上げていないのに、ですか?しかも今日婚約発表したばかりですが…」
「……あー……うん」
ここで我に返った王が叫ぶ。
「こ……この馬鹿息子おおおおおおおお!突然王太子という重責がかかるお前が可哀相だと思って自由にさせていたが……!まさか、まさかもうエステル嬢を妊娠させてしまうとはあああああああ!」
「い…いや…。私もまさかもう妊娠するとは予想外で……」
「そもそも結婚前だと言うのに、お前は何してるのだああああああ!」
「あーいや…申し訳ございません。適度に適当にやっていたものでして…」
「適当すぎるわ馬鹿者がああああああ!」
アリヴィアンはあさっての方向を見つめながら、ぽりぽりと頬を指で掻く。
エステルを全身で可愛がっていたから妊娠という結果は当然かと一人で納得していたが、周りの者達が完全に呆れていた。
「殿下あ~……。頼みますよ…。ただでさえ、殿下とエステル嬢のご結婚には反対する者達もいると踏んでいるのに…。更に問題を増やしてどうするのですか……」
「……返す言葉もない」
「あああ…仕事が、また仕事が増えそうです……」
嘆くウルリヒに、アリヴィアンは少しだけムッとして言い返した。
「ちょっと待て、ウルリヒ。お前だけにはそんな事言われたくない。初対面の時に堂々と‘お妃さまを決めて早くお世継ぎを’とか言っていたのはどこのどいつだ」
「確かに言いました!言いましたけれど、それは婚約期間を終えて、きちんと結婚式を挙げてということを前提とした話ですっ!」
「相変わらず頭が固いなお前……」
「いや普通のことでしょうー!?」
嘆く家臣たち、呆れる家族。横で王はぷりぷり怒っている。
「エステル様、大丈夫ですか?お体は」
そっとラトニータがエステルに声をかけると、エステルはハッと我に返る。
「え、ええ…大丈夫です。薬も頂きましたし。あの…アリー様は今どんなお顔をされておりますか?」
見えないからこそラトニータに聞いた。今のアリヴィアンがどんな様子なのか知りたかった。妊娠と聞いて、困っているのか、それとも喜んでくれているかと。
こっそりエステルが聞けば、ラトニータは「ああ」と呆れた声を出した。
「ニヤけていますよ。父上が怒っていて母上は困り果てているというのに。呑気なものです」
その言葉を聞いて、エステルは笑い出してしまった。アリヴィアンの気持ちが手に取るように分かる。
エステルの笑い声に、皆の視線が集まった。
エステルは起き上がり、アリヴィアンの声がする方へ手を伸ばして歩いて行く。慌てたようにアリヴィアンはその手を取り、きゅっと抱きしめた。
「アリー様、私嬉しいです。自分のお腹の中に子供がいるなんて」
「……エステル…?」
「私、家族らしい家族がいませんでしたから……。私の中に子供が宿って家族になれるなんて、嬉しくて仕方ないです!」
アリヴィアンは言葉を失った。つられるように、他の者達も。
ここにいる者達は、エステルの過去をよく知っている。家族に恵まれなかったことも、ずっと一人で頑張ってきたことも。そして先ほど、マハノヴァ侯爵家の人達の冷たい空気も直で感じた。
「アリー様に出逢えて、私は幸せ者ですね!」
「……エステル……」
アリヴィアンの目の奥が熱くなった。自分こそ、エステルに逢えて良かったと心の底から思う。
「エステル…愛している。生涯にわたって、私の妻は君一人だ」
「はい。私も愛しています」
二人の抱擁と愛の告白を目の当たりにし、他の者達は全員同じタイミングで盛大に息を吐いた。
「もう何を言っても仕方ありませんよ…。ここは諦めて、我々で根回しをして準備を整えましょう、陛下」
「ああ…そうだな。もう怒っている俺がバカみたいじゃないか…」
「まあ孫ができるのは喜ばしいことですしね!盛大にお祝いしてやりましょう」
「言われてみればそうですね…。エド兄様もディー兄様にも子供はまだでしたし。ミロ姉上もまだとなると……!初の子供!そして王位継承権を持つ子ですよ!」
先ほどの空気から一変して、今度はお祭り騒ぎになる。
なんて現金な、と呆れたアリヴィアン。そんなアリヴィアンを見てエステルが笑うと、アリヴィアンもつられて笑った。
「生まれてくる子の性別はどっちだろう…。男かな、女かな」
「気が早いですね、アリー様。でも…そうですね。アリー様は男の子がお望みでは?後継ぎのこともありますけれど……お兄さまや弟君と仲がよろしかったのでしょう?男の子がいいのかなと思いましたけれど?」
「……全く、エステルは全てお見通しだな。でも本当に、性別はどちらでもいいのだ。女の子でも絶対に可愛いと思うし」
「はい!」
「それに、子供は沢山欲しいのだけれども……。その、エステルはどうだ?」
「……………子供はその…なるようになるとしか……」
「じゃあ沢山エステルを可愛がってもいい?」
「っ!!もう……一々聞かないで下さいっ!!」
真っ赤な顔でポカポカアリヴィアンの胸元を叩くエステルが可愛くて、アリヴィアンはぎゅっと抱きしめて、エステルだけに聞こえるようにそっと言う。
「容体が安定したら、マハノヴァ侯爵領の温泉に行かないか?あそこなら、ゆっくりできるだろう?」
「ふふふ…アリー様も相変わらず温泉が好きですね。勿論です、私もゆっくりしたいです」
「そこで今度こそ一緒に入ろうか」
「…………絶対に諦めませんよね……それ……」
「勿論。私の望みだから」
「………変態」
「男は皆変態だからね」
「開き直り!」
周りの者達を気にせずに二人の甘い世界を創り出したアリヴィアンとエステル。
そんな二人の様子を見ていた者達は、
「ああほら早く出て行きましょう!この空気はきついです!」
「そうね……、私達はお邪魔虫だわ」
「殿下、エステル様の安定期に入るまでは大人しくしていないと駄目ですよ」
などと言いたい事を放って外に出ていく。苦笑しながらアリヴィアンと、顔を赤くさせたエステルは全員が退出していくのを見ていた。
ややあって、二人は笑って抱き合う。
「アリー様、これからもどうぞよろしくお願い致しますね!」
「こちらこそ、私の愛しい人」
二人は笑い合って、踊って抱き合ってキスをして。
明るい部屋の中で、エステルはアリヴィアンを見上げた。するとその時、一瞬だけだがアリヴィアンの顔を見た気がしたのだ。
薄い金髪の、青い目をした綺麗な顔の男性。すらりと背が高く、一見細身だがその腕は逞しく太く、頼りがいのあることを知っている。
(ああ…綺麗だわ……。アリー様は、こんなお顔をされていたのね…。私ってば、こんな綺麗な男性の隣にいたのね…)
うっとりしたのも一瞬で、すぐに視界は白くぼやけ、いつも見ている世界に変わった。
エステルはアリヴィアンの首に両腕を回し、ぐっと近づく。
「アリー様は、私の光だわ…」
「…どうした、急に?」
「綺麗な金髪、綺麗なお顔の事だけを言っているのではないですよ? 暗い洞窟にいた私に、光を当てた人って意味もありますのよ?」
「私が光か…。そう思ってくれるならば嬉しいな。因みに、エステルは私の弱いところとか人に見せたくないところを見せられる相手だな」
「……まさに洞窟にいる女のようですね、私」
「言い得て妙だな。そうだな、私の暗いところを曝け出せるということだな」
「アリー様の誰も知らない姿を知っているみたいで嬉しいです」
あははと楽しそうに笑う声はいつまでも部屋に響き渡る。
ドロニア国の王太子・アリヴィアンと、盲目の妃・エステルの話はその日から広く国中に知れ渡った。
二人はとても愛し合っており、周りの者達が困る程の仲の良さだったらしい。
またアリヴィアンはその容姿からも「光」と称えられ、一方でエステルは黒髪で盲目のこともあって「闇」と言われることもあったという。
二人の馴れ初めを知っている者達は、その例えはまさに、色々な意味でドンピシャなのだがなと苦笑したのはここだけの話。
そんな二人は、今日も互いの手を繋いで人生を楽しんでいる。
これにて終幕です!ありがとうございました!
誤字脱字ご報告、そしてブクマなどありがとうございました~!




