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美貌の王太子は、孤独な娘を逃がさない  作者: Aki


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34 嵐のあと


「全く、計画通り過ぎて拍子抜けだな」


 エステルの耳元で優しく囁いたアリヴィアンに、エステルもつい笑ってしまった。


(やっぱりアリー様の計画だったのね…)


 部屋の前に衛兵がいなかったこと、部屋の中に数名の人の気配を感じたこと、一人になりたいかとアリヴィアンが聞いてきたこと。全てを総合して考えればすぐに分かった。

アリヴィアンは、アマーリエ夫人に罰を与えたかったのだ。エステル本人と母に、酷い仕打ちをした夫人を。


「マハノヴァ侯爵夫人。ここは王族専用の部屋なのだが?なぜそなたがいる」


 エステルが聞いたこともない、低いアリヴィアンの声が真っすぐアマーリエ夫人に向かう。


 チャッキッと音がした。きっと剣を夫人に向けているのだろうとエステルは予想する。

 その通りで、アリヴィアンの剣は夫人の喉元の真ん前にあった。


「その…!殿下!これは違います!私はその子に呼ばれたのです!そう、その子はかつて私の屋敷にいた子なのですよ!それで…!」

「よくもまあ、この状況でそれだけ悪知恵が働くな。この部屋には騎士を含め、数名の者が隠れていた。そなたの話は全部筒抜けだぞ」

「……!」


 バラバラと騎士達が隠れていたところから出現する。

 ああ、ソファーに寝転ぶ以上の恥ずかしい事をしないで本当に良かったとエステルは一人胸を撫で下ろしていた。



「アマーリエ・マハノヴァ侯爵夫人。そなたの悪行の数々、この場で暴いてやろうか。さて、どうする侯爵?まだ夫人と夫婦でいるか?それとも離縁して見捨てるか?」


 すると部屋に入って来たのは、マハノヴァ侯爵とモーリッツだ。

 侯爵の顔を見るなり、夫人は青ざめて震え始める。しかし侯爵は相変わらず冷静な表情を崩さない。


「勿論、離縁致します。犯罪者は我が侯爵家に相応しくありませんから」


 そして堂々と言い放つと、アリヴィアンに頭を深く下げて「ご迷惑をおかけいたしました」と謝罪をする。


「そんな!あなた…!あたくしを見捨てるの!?どうして…!」


 ヒステリックに叫ぶ夫人に、侯爵は冷たい視線を寄越した。


「そんな事、言われなくても分かるだろう。分からないならばその程度の頭しかないということ。愛などと下らない物に惑わされて滅ぶなどとな。今後侯爵家に帰ることは許さん。どこで暮らそうとも、どこで野垂れ死のうとも私は知らん。好きにしろ」


 マハノヴァ侯爵の冷たい声が部屋に響く。侯爵のそんな性格を知っているモーリッツやエステルは「ああそうか」と思うだけだが、それ以外の者達は少なからず、侯爵のこの対応に実に驚いていた。


(長年連れ添った妻を、こうもあっさりと斬り捨てることができるのか…)と。



「そんな! 閣下……! なぜ…なぜそこまでの仕打ちをあたくしにできるの!? あなたの子供を三人も生んだのに! 長年夫婦として過ごしたのに! どうして他の女に手を出したり、あたくしを見捨てたりするのよ!?」

「自分を見つめ直さない女など、家畜以下だ。そういうところが昔から嫌いだった」


 エステルは、そこで初めて実父がこんなに言葉を発するのを耳にした。

 記憶の中での侯爵は、いつも無口で無表情、何を考えているのか分からない人物で、自分にも母にも興味がない冷酷な男だった。

 逆に言えば、「嫌いだった」など、ある意味熱い感情を持たない人だとも思っていた。


(負の感情が強い人なのね…)


 その言葉が、エステルにとってしっくりくるものだった。父親のマハノヴァ侯爵は、そういう人だと改めて思い知った。




「酷い! 酷いですあなた…! 愛しているのに! 愛していたのに!」

「……愛しているからといって、何をしても許されるとは思うな」

「ああ…あああ……」


 泣き崩れた夫人に、アリヴィアンは冷たく「連れて行け」と騎士らに指示をした。

 そして侯爵とモーリッツらに向き直ると、更に強くエステルを抱きしめる。



「マハノヴァ侯爵…。戦時中はあなたの領地にて随分世話になった。が、こうして話すのは初めてだな」

「……はい、殿下」

「夫人とは離縁させる。手続きはこちらで済ませる。その後の夫人の行先もこちらで決めても良いか?」

「はい、助かります」

「………」


 あまりに淡々とした様子の侯爵に、アリヴィアンも気味悪くなったに違いない。しばし無言だったが、怒りを滲ませた声で侯爵に思いをぶつけた。


「いいかマハノヴァ侯爵。そなたはエステルの実父かもしれないが、何もエステルとは関係がない。今後この事で何か言うことは決して許さない」

「勿論でございます。私にそのつもりは微塵もございません」


 エステルには興味がないと言っているのと同じだ。アリヴィアンは複雑な気持ちになりつつ、はあと息をついて侯爵に再び向き直る。


「………。それと…私のような若造にこんなことは言われたくはないだろうが、夫人がああなったのも、侯爵に原因があるように思う」

「ほう?それはどのような」

「……もう少し愛情を与えてあげても良かったのではないか? そうすれば夫人は他人に手を挙げることはしなかったかもしれないと思ったのだが?」

「殿下も息子と同じことを言われるのですね」


 淡々とした侯爵の言葉に、アリヴィアンは驚いてモーリッツを見た。モーリッツは居心地悪そうな表情をしている。

 

「私は辺境伯。隣は敵。愛情などと甘ったるいものに現を抜かすことは絶対にしないと誓ってきました。しかし殿下も息子も同じことを言いますね。時代が変わった証拠でしょうか?」

「……そこまで難しい事を言ったつもりはないと思うが?人として、当たり前で自然な事を言ったつもりだが」


 マハノヴァ侯爵とは絶対に分かり合えないだろうとアリヴィアンは感じた。勿論、それは侯爵も感じただろう。


「これも丁度良い機会です。今後は爵位を息子のモーリッツに譲り、私は隠居しようと思います。殿下、私と妻の離縁と共に、爵位継承の手続きも一緒に進めたいと思います」

「………そうか。ではその手続きも一緒に済まそう」


 話しが終われば、侯爵とモーリッツも部屋を出ていく。


 ただ、モーリッツはちらりとエステルを見ると、少しだけ寂しそうな眼をした。盲目のエステルには分からないが、アリヴィアンは分かった。


(モーリッツは本当にエステルを愛していたのだな…。兄妹故に、手が出なかったというわけか…)


モーリッツも夫人もそして侯爵も、なかなか歪んだ人物だったと溜息が出る。




***


 部屋から嵐が去り、残ったのはアリヴィアンとエステルだけ。

 二人はソファーに座り、手を繋いで互いに寄りかかっている。

 

 先ほどまでの気迫はどこに行ったのやら、アリヴィアンは申し訳なさそうな、弱弱しい声でエステルに謝り続けた。


「すまないエステル…。本当ならば君に前もって知らせておくべきだと思たんだが…」


 やはりあれは完全な計画だったと分かり、エステルは笑った。あれ程の分かりやすい計画にひっかかる夫人も気の毒に…と。


「いいえ、大丈夫です。それよりもアマーリエ夫人のこと、気にしていたのですね…」

「気にしない方がどうかしている!君の母上にも、そして君に対しても酷い事をしたのだぞ!許せるはずなんて…ないだろう。だから絶対に断罪してやりたかった」

「……もう、仕方のない人ですね……」

「………こんな私を、エステルは嫌うか?」

「え?まさか。私のために怒ってくれて、嬉しかったですよ。……夫人たちには気の毒ですけれど…」

「そんな感情は捨てていい。当然の報いだ」


 優しくエステルの方を引き寄せると、アリヴィアンはエステルにキスをした。

 唇に、頬に、そして首に。段々と下へ降りていくので、エステルは焦って止める。


「アリー様!駄目ですよ。節度は守って下さい!」

「……ちっ」

「………王太子とあろう人が舌打ちなんて。国民が聞いたらがっかりしますよ」

「今更だ。どうせエステルは、私の事をカッコイイなんて思ったことはないだろう?君の前では、私は情けない男に成り下がるし」


 しゅんとしてしまったアリヴィアンが可愛いと、エステルはつい笑ってしまう。


「そんな事はないですよ!王都に来てからは、いつも私を守ってくれました。さっきも…剣を抜いたお姿を想像してカッコイイって胸が躍りました。騎士様と呼んでいたあの頃を思い出します!アリー様は、私にとっていつでもカッコイイ男性ですよ!」


 力いっぱい言われれば、アリヴィアンの頬も緩む。いつだってエステルは嬉しい事を言ってくれる。


「エステル、キスしたい」

「……い、いつも勝手にするくせに……」

「そうだな。でももっと味わいたい。全て食べたい。何もかも、私のものにして…」

「…言い方が!言い方がちょっと……」


 そうしてキスを交わそうとしたが、再び激しい頭痛と目の痛みに襲われ、エステルは頭を押さえた。


「エステル!?どうした!?」

「……っ……!痛くて……!」

「目か!?ちょ、ちょっと待て!医者を呼んでくる!今日はあの若造ではない医者を呼んでくるからっ!」


 ソファーにエステルを横たわらせ、自分の上着をかけてから部屋を勢いよく出ていくアリヴィアン。

 エステルは体全体が冷えていくのを感じ、悪寒を覚えた。


「これは…何?精神的なものからくるのかしら…?ああ、ちょっと疲れちゃった…」


 そうして医者が入って来て、再び部屋はバタバタしだした。


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