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美貌の王太子は、孤独な娘を逃がさない  作者: Aki


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33/35

33 対峙


「さて、私はまだ挨拶回りもあるし。エステル、少しだけ休むといい。この先に王族専用の休憩室があるから」


 ダンスが済むとアリヴィアンはエステルにそう伝える。

 興奮したせいか頭痛も酷くなってきたから、エステルは素直に頷いた。これは助かると。


「エマか使用人を付けるか?それとも一人がいいか?」


 疲れている時は一人でいることを好むエステルだから、そうアリヴィアンが聞けば、案の定エステルは一人でいることを選択した。ソファーかベッドがあればそこで思いっきり横になりたいからだ。




 アリヴィアンに部屋まで送ってもらうと、広い部屋にある柔らかいソファーでごろりと横になった。行儀悪いと言われそうだが、誰もいないからこそできる特権である。


 お披露目は上手くいったと思う。

 アリヴィアンと共に会場に出た時は、戸惑う人たちの声が聞こえて少し震えたが、アリヴィアンの力強い手が腰に廻りしっかりとエステルを支えていたから、エステルは安心してその場に立っていられた。


 ダンスも上々の出来だっただろう。

 沢山練習した甲斐があって、息の合った踊りを披露できた。終わった後の拍手も凄かった。


(嬉しい…。一つ、何かを越えた感覚があるわ。この調子で、アリー様と人生を歩んでいけたら)


 ふうと息を吐いて、ソファーの上で更に楽になると。


「あ…っ!痛い……!」


 頭痛がした。ズキン、ズキンと頭の横が痛む。

 途端に吐き気もしてきたから、このまま少しだけ寝ようと思い、目を閉じた。



 その時だった。



‘コンッ!コンッ!’



 勢いよく扉がノックされる音がした。

 何やら切羽詰まったノック音で、その叩き方も些か乱暴だ。


「……アリー様?」


 のそりと体を起こしてアリヴィアンの名を呼べば返事がない。ではエマかラトニータかと思ったが、それでも返事がない。


 ガチャ、パタンという、扉が開閉された音がして誰かが入って来るのが分かった。

 その影が横に広がっているから、それはきっとドレスのせいで、きっと女性だろうと思われた。


「あの…?どなたでしょうか」

 

 けれど一体誰だろう。嫌な予感がして、エステルがぎゅっとドレスを握りしめたその時だった。




「……なんであんたが生きているの…。しかも王太子の婚約者ですって……?ふざけんじゃないわよ…っ!」



 聞き覚えのある声、その棘のある話し方。

 エステルは目を丸くさせて、目の前の相手に向かって口を開いた。


「まさか……、マハノヴァ侯爵夫人ですか……?」


 母を死に追いやった女。自分を失明させた女。エステルがこの世で一番嫌いで、かつて一番憎んだ女。その女性が、今目の前にいる。


 パーティー会場にいることは知っていた。アリヴィアンも他の皆も教えてくれたし、ずっと心配してくれていたから。しかしこの部屋に入るのはおかしい。


 エステルは慌てながらソファーから立ち上がり、侯爵夫人に向き合う。


「どうしてここにいらっしゃるのですか…!ここは王族専用の部屋です…!」

「は……っ!偉そうに王族専用ですって…!?お前が言うのね!お前はたかだかメイドの娘のくせにね!」

「………」

「死んだと思ったのに!なんで私より上にいるのよ!目障りなのよ!」


 これは一体どう言うべきか、そしてどう行動するべきかエステルは悩んだ。

 正論を言ったところで義理母は一切聞かないだろう。こちらも感情的になって言い返せば、また何かされるかもしれない。


 しかし怒りで興奮している義理母の声を聞きながら、エステルは部屋の中に数名の他の人間の気配を感じた。


(あれ…? え…? 今気づいたけれど、結構な数の人がこの部屋の中にいるの…? 一体誰? でもなぜ……?)


「大体なによその服は!流石下賤の女の娘だけあるわけ!常識がないわ!」


 怒鳴り散らす義理母の声が頭に入らない。エステルの意識は、別のところに向かっている。


 考えてみれば、王族専用の部屋に勝手に入って来られるはずはない。普通は部屋の前に衛兵がいるからだ。

 それと、アリヴィアンがわざわざ「一人になるか?」と聞いてきたこともひっかかった。いつものアリヴィアンならば、どんなことがあろうともエステルを一人にしたりはしない。


(ああ……もしかして……)


 そうかもしれないと思ったら、ついつい顔がニヤけてしまう。

 どうやら自分は、相当アリヴィアンに愛されているらしいとも。


 エステルはゆっくりと歩き、アマーリエ夫人の前に堂々と立った。その様子に夫人は一瞬だけ怯む。


「な…何よ!」

「マハノヴァ侯爵夫人、どうぞお引き取り下さい。ここは先ほど申し上げました通り、王族専用の部屋にございます。誰かが来て、夫人がこの部屋にいるのを見て…どうなるとお思いですか?ただでは済みませんよ」

「はっ!偉そうに指図するんじゃないわよ!」


 かつて、母と自分を絶望という闇に叩き落した張本人。目が見えなくなって随分経つのに、彼女の顔はよく覚えている。

 しかしなぜか憎しみはない。ただ、どうしてこんなに恨まれなくてはならないのかという疑問が沸くだけ。



「夫人、どうしてそこまで私を嫌うのですか?こんな危険を犯してまで、私をどうされたいのですか?」

「どうして?どうしてですって?分からないの?あんたがあの憎い女の娘だからよ!あたくしから侯爵閣下を奪った、あの女の!」

「……ですが母は死にました。そして私も……あなたの手によって、光を失いました」

「だから何!?本当は殺してやりたかったのよ!死んだと知って嬉しかったのに!なのにどうしてこんな華やかな場所で主役になっているのよ!?」



 アマーリエ侯爵夫人が深く公爵を愛しているのは知っていた。

 だからこそ、エステルの母親を憎んだことも分かっている。

 

 しかし嫉妬から生じる感情はここまで激しいものなのか。誰かを殺したいと思う程にと、エステルは震えた。


 それでもエステルは負けるつもりはなかった。


「感情で動くなど、可哀相な人としかいいようがありません。そんな人に私の母は殺されたと思うと…悲しくなります。ですが、私はあなたに対して何の感情も持ち合わせておりません。どうぞ、お引き取りを」


 かつて汚い言葉で盛大に罵ってやったことがあった。下町で覚えた言葉は「死ね」とか「ブス」とか酷いものばかり。あの時の言葉のせいで夫人が怒り、そして失明したのだ。自分にも原因はあったとエステルは過去の自分を恥じる。


「生意気な小娘…!ああ嫌だ!お前があたくしの目の前にいられるだけで、あたくしは怒りで狂ってしまいそうになる…!」


 夫人はエステルの頬を叩こうと、高く手を上げた。

 エステルには当然見えなかったが、夫人の行動から考えれば殴られることはあってもおかしくはないだろうと思っていた。


 ヒュッと風を感じる。


(あ、くる……)


 目を閉じて痛みに耐えようとしたその瞬間、エステルは逞しい腕の中へ抱き寄せられた。




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