31 怒り
若干デリケートな話題を挟んでいます。閲覧ご注意。
「この物語の世界では」ということで若干事実とは異なる表現を用いています。
広いお心でお読み頂ければ幸いです。
暗くした部屋の中で、エステルが目元を冷やしながらベッドの上に横たわっている。
その隣ではアリヴィアンが心配そうに椅子に腰かけ、エステルの手を握っていた。
迫りくるパーティ―の緊張のせいか、エステルの調子が何となく優れない。
数時間前に目の痛みと頭痛を訴えたことが始まりだった。頭痛がすれば体もダルくなる。薔薇の宮に来て、初めて体調を崩したようだ。
「エステル…大丈夫か? 目はどうだ?」
昼間、寝込むエステルの下にアリヴィアンは通い続けた。
目には冷たいタオルが乗せられ、部屋の中は明かりを落とされ、まるで暗闇の中にいるかのようにされていた。
アリヴィアンはしきりに心配をしていたが、当のエステルは目元を冷やしたことで幾分楽になったのか、今は非常にリラックスしている様子だ。
「大袈裟なのですよ。ちょっと目と頭が痛いと口にしただけですのに…。ここまでガッチリ看病されてしまうなんて…」
「医者は何と?」
「目元と頭を冷やすように言われました。原因は分からないと、疲れが出たのかもしれないと言っていましたよ」
「でも熱は出てないな…」
「はい、今のところは」
アリヴィアンがエその目元に指で触れる。くすぐったいのか、エステルはぴくりと反応をして笑った。
エステルの盲目は、毒物を被った時に適切な処置をしなかったせいである。
約十年以上前のことで、今更ずきずき痛むのはどうしてか…とアリヴィアンは心底心配になるが、しかしエステルの話だと時々あることらしい。
「強い過ぎる光を見た時とか、結構痛むのですよ。そのせいかなと思いまして。あとはコルセットのせいで全身力が入っていたせいじゃないですかー?肩が痛くて仕方なかったのです」
「……コルセットを着けていて肩が凝るなんてあまり聞かない」
「ふふふふ!そうかもしれませんね。では私は特別ってことで」
「…そんなことで特別になって欲しくはない」
どうやら本当に、今は大丈夫なようだ。
目元に置かれた冷たいハンカチをとり、アリヴィアンはエステルの額にキスをした。
「頭痛がするならばもう寝た方がいい。何か食べたいならば無理のないものを摂れ」
アリヴィアンの言葉にエステルは申し訳なさそうな表情で頷いた。
「申し訳ありません、アリー様。明日はパーティーだと言うのに…。でももう本当に何ともないのですよ。明日にはちゃんとしますから大丈夫です」
「本当か?無理はしていないか?」
「だとしたらちゃんと言いますって。私、明日が待ち遠しかったのですよ!アリー様と一緒にパーティーに出られることも。新しくドレスを仕立てて頂いたことも…」
エマとラトニータとデザイナーたちが議論の末に作り上げた新しい形のドレスを着て、アリヴィアンと共にダンスを踊る。それを想像しただけでもエステルは幸せだった。
「ああ、私も楽しみにしている。君の着飾った姿を…何よりな」
そうして二人はキスを交わす。
病人だと分かっているのに、アリヴィアンのそれはいつもながらに激しいもので。
しかしそれもまた嬉しいと思うエステルだったのだ。
部屋の外に出ると、エステルを診察した医師とエマ、その他メイド達がいた。
「エステルの頭痛や目の痛みは、やはりストレスか?」
アリヴィアンが医者に聞けば、医者は自信なさげに言葉を発した。
「そうとも言えるかもしれませんが…どうでしょう。盲目の方を診察するのは何分初めてでして」
急遽来てもらった医者は、まだ若い医者だった。
彼の師でもあり、王たちの信頼も厚く、王族や貴族を見る年配の医者はこの時生憎出払っており、このいかにも研修医と言わんばかりの若造しかいなかった。
「師匠が戻り次第、こちらに伺うようにお伝えさせて頂います」
「ああそうしてくれ。因みに参考まで聞きたいのだが…、エステルの目はあれ以上酷くなることはあるのか?」
低い声でアリヴィアンが問えば、若い医者はきゅっと顔を引き締めた。
「お話を聞いていると、エステル様は明暗の認識ができますし、物がどこにあるのか影で分かるそうですね」
「…みたいだな。太陽光や炎の光は分かると言っていた」
「もし…。あれ以上悪化するとなれば、明暗の認識すらできなくなった状態ですね。つまり全盲になるということです」
「…………」
「ですが視覚に障害をお持ちの方々の中で、実は全盲は、非常に稀なのです。ある程度明暗の区別が出来ているのにいきなり全盲になるとは…。そんな事あるかなーと……」
「………」
「申し訳ございません…勉強不足で…。師匠が戻り次第、すぐに対応致します」
「…そうしてくれ。君もゆくゆくは王族を相手に診察をする身だろう。勉強に励むことだな」
「はい、ありがとうございます」
医者が去っていくと、その場にはアリヴィアンとエマ、そしてメイド達が。ややあって、ウルリヒがやって来た。
「殿下、いかがでした?エステル様のご様子は」
「………」
その時、ウルリヒは初めてアリヴィアンが怒っていることに気付いた。
ちらりとエマを見れば、小さく首を振って今は余計な事を言うなと意思表示をする。
「ウルリヒ、エマ。お前達に頼みたいことがある」
「……はい、何なりと」
まだ勉強不足の若い医者の言うことだから全部信じることはできない。
しかしエステルの体調に何かあったらと思うと、アリヴィアンは居ても立っても居られない。
そしてエステルの目をあんな風にさせた、マハノヴァ家がやはり許せない。
「エステルは気にしないが、やはり私は気になるし悔しいのだ。だから……」
ニヤリと笑うアリヴィアンの顔に、ウルリヒもエマもぞくりとした。
元騎士で、実は気性が荒いところがあるアリヴィアン。自分に迫ってきた女官を躊躇いなく斬り捨てるという冷酷な一面も持つ主。
二人は何も言わず、頭を下げた。
***
開催されたパーティーには、王国の貴族達が集まった。
皆、国一番の美貌の王太子が選んだ婚約者の女性を一目見たくてソワソワしている。中には、アリヴィアンに恋焦がれていた令嬢たちが落ち込んでいるのも見られた。
アリヴィアン達の登場はまだ先だ。
沢山の貴族がホールに入って来るのを、正装したエマやジェミアン、ウルリヒ、そして宰相やその他の側近らは真剣な表情で見渡していた。
そして探していた貴族の名前が入口で呼ばれると、三人はそちらに視線をやる。
「ああ、来たようですね。彼らがマハノヴァ辺境伯家の貴族…」
そう、目当ての貴族はマハノヴァ侯爵家だった。
五十歳前後の侯爵、アマーリエ夫人。嫡男のモーリッツに、次男と三男だ。
「あれが戦争中に国境付近を守っていた強者の侯爵閣下ですか…。人は見かけによらないと言いますか…」
「騙されてはいけないかもしれませんね、レイヴン団長は‘あれで結構腹黒い’と評していたそうだよ」
ジェミアンとウルリヒがヒソヒソと話す。
「そして侯爵閣下の隣にいるのが…アマーリエ夫人ですね」
「……また気の強そうな女性ですね」
皆で頷く。
また続々と貴族達が入って来ては、互いに挨拶を交わし合っている。
ジェミアンとウルリヒも、王太子の側近として貴族達と顔合わせをする必要がある。ジェミアンは死んだ王太子・エドアルドの補佐官だったからいいものの、ウルリヒは補佐官としてこれが初めての社交界になる。
「では皆さま、上手くやりましょう」
宰相ローレンツの言葉に、皆は頷いた。
「勿論です。これ以降、殿下の指示通りに」
ジェミアンがぽつりと呟けば、その場にいたアリヴィアンの側近らは静かに頷いた。
参考図書→『目の不自由な人をよく知る本 ビジュアルブック∞障害のある人とともに生きる』




