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美貌の王太子は、孤独な娘を逃がさない  作者: Aki


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30 二か月前


「私、絶対にコルセットを着けなくてもよいドレスを流行らせたく思いますっ!絶対にそうします!これは私の野望なのです!」


 顔を真っ赤にさせてエマにそう力説したエステルに、はいはいとエマは呆れた目を向ける。

 しかしコルセットを無くすというのは面白いかもしれない。実はエマも、コルセットは好きではなかったから。

 エマも自分の願望をコソッとエステルに話してみた。


「私はずっと男性だけの職場にいましたでしょう?ですから、男性の服装を着てみたいと憧れがありましたのですよ。女性も色々な服が着られるようになればいいですよね」

「っ!!それは素敵な考えね!私もね、洞窟にいたころは長いスカートが嫌だったの!裾が長いと歩きにくいし、下手したら転ぶのよ!」


 男性陣が聞いたら呆気にとられそうな会話ではあるが、エステルとエマはそうして話を盛り上げる。


 そしてエマは、突如商売人がするような顔つきになってニヤリと笑った。


「エステル様!エステル様のお披露目パーティーがございますでしょう?その時のドレス、思いっきり斬新な形にしてしまいませんか?」

「え……?斬新な形…?」


 とそこへ、王族一のお転婆娘のラトニータ王女もやって来た。


「何ですか、何ですか!楽しそうな話をしているではないですか!」


 エマとラトニータが盛り上がる。エステルもワクワクしているものの、エマの言う斬新なドレスというものがどんな形になるのか想像もつかない。


 ぽやーっとしているエステルを余所に、二人の話は大いに盛り上がってまとまったようで、「兄さまには話しておくわ!」とルンルンでラトニータは帰っていく。


「ところでエステル様。パーティーが近づいてきていますが、緊張はしておりませんか?」

「…え、ええまあ…。少しだけね。でも、何とかなるでしょ!って思っているわ」

「何とかですか…。それはエステル様、少し楽観的すぎませんか」

「人生、適度に適当が一番でしょ、エマ!」

「………はは、そうでした。エステル様はそういう人でした」


 今やエステルの性格や思考をきちんと把握しているエマは苦笑した。




 三か月後のエステルお披露目は、アリヴィアンとの婚約発表も兼ねていた。本来ならば王妃教育を全て終わらせた二年後という約束だったが、アリヴィアンとエステルの仲を見て王が決めた。


 王は当初、二年後には別の女性をアリヴィアンにあてるつもりだったが、エステルの頑張り具合に心変わりしたようだった。

 また突如王太子になるしかなかったアリヴィアンの、唯一の希望は叶えてやりたいと。そのような親心も働いたと言えよう。


 お披露目でエステルを披露すれば、盲目である事を公表することになる。そして人の口には戸が立てられないこともあり、二人がどこで知り合ったのか、遅かれ早かれ知られることになるだろう。そこでエステルがどんな生活を送っていたのかも。

 そんな生活をしていた女性が、王妃になれるのかと言う連中もいることだろう。下手すれば貴族を中心に反対運動が起こるかもしれない。


 だがそこら辺の対処は、アリヴィアンやジェミアン達が既に手を回していた。エステルの過去は、同情を引くような話であるように操作をして世間に流すらしい。


 王は、エステルに関してはあまり手を出さずに、全てアリヴィアンに任せている。愛する女くらい、お前の力で守って見せろという無言のメッセージだった。勿論、アリヴィアンはその意図を的確に汲んでいる。


 その大事なお披露目もあり、エステルのドレスを作る日が迫っていた。


 エマとラトニータが直々にエステルのドレスを斬新な物にするようにアリヴィアンに提案すれば、「なぜそんな事を?」と言われる。


「エステル様は、コルセットは嫌いだという話から始まりまして」

「え? あ…ああ、そうだったな…。し、知っている…」


 ゴホン、とわざとらしく咳払いをしたアリヴィアンを華麗にスルーするエマ。


「エステル様は普通の貴族令嬢ではございませんし。ドレスも皆が着ているようなものより、新しいものを着た方がいいのではないかと思いまして」

「……まあ、それはそうかもな…。エステルは盲目ということもあって、世間一般で認識されている普通のご令嬢とは言い難いし…」

「…パーティー当日のエステル様のお目元はどうされるおつもりですか?特注で両目の眼帯を作らせますか?」

「………いや、あのままがいいとエステルは言った。ならばそのようにさせる」

「………」

「大丈夫だ。エステルは強い女性だ。それに私も傍にいる」


 眼帯を着けていてもそうでなくても、心無い者達はどちらにしても悪口を言うだろうからどうでもよいかとエマも納得して頷いた。



 そうしてあっという間に二か月は経ち、エステルとアリヴィアンの婚約発表となるパーティーが開かれることとなった。


 しかしアリヴィアンにとって嬉しくないことが一つ。




「パーティーにはマハノヴァ家の者達が来ると。そう宰相に言われた」


 そう、エステルの実家であるマハノヴァ辺境伯家の者達が来るという。エステルの実父、義理母、それにモーリッツ、他の異母兄二人。

 エステルにとっては特に義理母は会いたくもない相手だろう。

 だがエステルがアリヴィアンの妻になるということは、未来の王妃だ。国の貴族達に会わないわけにはいかない。


 申し訳なさそうにアリヴィアンがエステルにそう言うと、エステルは笑いながらアリヴィアンの頬を指で撫でた。まるで慰めるように。


「当たり前ですよ。マハノヴァ家も一応侯爵家ですもの。王太子が出席するパーティーには出てきますでしょう」

「……大丈夫か?もし嫌ならば」

「嫌でも断れませんでしょう?大丈夫ですよ。流石に、夫人も大勢の前で醜態を晒すような真似はしないでしょう」


 エステルは笑ってそう言うものの、何となく不安な気持ちになってしまう。


「エステルがいいなら私は構わないが…。しかし前にも言ったが、私はマハノヴァ家の者達にそれなりに償ってもらいたいぞ」

「まあ怖い」

「茶化すな。本音だ。特に侯爵夫人は君の目を潰したのだ。できるならば同じような目に遭わせてやりたいくらいだ」

「ふふふ…怖い、怖い」


 アリヴィアンの首に両腕を回してエステルは抱き着いた。

 どうもアリヴィアンの本気を冗談だと思っている節のあるエステルに、これ以上言っても仕方ないかと諦める。エステルは人の悪口や悪意を避けて明るくいようとしているのだが、それを尊重すべきだったなとアリヴィアンは気づいた。


「……いい匂いがする。またオレンジの香りがする石鹸を使っているのか?」


 エステルを抱きしめれば、洞窟近くにあった温泉でいつも使っていた石鹸の匂いがした。


「はい。あれは元々王都で流行しているものですからね」

「ああ、そんな事を言っていたな…。この香りを嗅ぐと、また温泉に入りたくなってきた……」

「分かります、私もです。こちらのお風呂も気持ちいいのですが、やはり温泉には敵わないですよね!」

「………落ち着いたら行きたいな…。ゆっくりしたい」

「同感です」

「そして温泉に一緒に入ろう」

「…………」


 アリヴィアンのしょうもない野望の一つ。ずばり、「エステルと一緒に温泉に入る」ことである。

 こちらも冗談ではなく本気なのだが、いまいちエステルに本気に思ってもらえない。いや、そうと言うよりかは、華麗に聞き流されているといったところか。


「アリー様……!そういう事は軽々しく言うものではありませんよ!」

「照れている?やっぱり恥ずかしい?」

「は……恥ずかしいに決まっていますっ!いくら私の目が見えないからって……それはそれで……!」

「でもエステルは綺麗だったよ。お湯の中にいる君は、女神かなって思うくらいに…。白い肌も長い髪もお湯で濡れて…」


 温泉に入っているエステルを見た時は思わず涙を流してしまったアリヴィアンだ。

 もうあの時には、心からエステルが好きだったのだろう。忘れることができない光景だ。


 しかしエステルは目を丸くさせ、顔が赤くなり、少しだけ怒った表情になった。何事かとアリヴィアンが思えば。


「アリー様…。それは一体どういう事でしょうか!?今の言葉から…も、もしかして……!いつの間に私の入浴を見ていたということでしょうか…!?」


「あ……」


 しまった、と思ったが遅かった。自分一人だけの思い出にしておこうと考えていたのに、つい口が滑った。


「し…信じられないっ!!女の入浴を盗み見するなんて……!」

「いや、待て。あれは盗み見したわけではなくて…。たまたまで」

「でも見たってことですよね!もう……いや!変態っ!」


 王太子に向かって変態と言えるエステルは勇者だなんて愉快な気持ちになり、声を上げて笑ってしまうアリヴィアンは、もっとエステルを虐めたい欲求にかられた。


 顔を真っ赤にさせて怒ったエステルはアリヴィアンに背を向けて、両手で顔を隠している。

 他の事は結構大胆なくせに、どうしてここだけ恥ずかしがるのか、女心を理解できずにいるアリヴィアンだ。


 エステルを後ろから抱き込み、耳元で優しく声をかける。


「こっち向いて、エステル?」

「……放っておいてください!」

「なぜ怒るのか分からないな。あの時の君は本当に綺麗だった。それに…いい体をしていた」

「~~っ………!!!!」


 ぐるりと怒った顔をアリヴィアンに向けたエステルを待っていたと言わんばかりに、アリヴィアンは激しく口づけをした。細い腰に腕を回し、手でエステルの顎をがっちり固定させて。

 しかしエステルは暴れて抜け出そうとする。


「んっ…!いや!離して!変態っ!」

「男は皆変態だ」

「開き直りっ!もう……いや…!」

「…本当に嫌か?」


 わざとしおらしく聞けば、うっと詰まるエステル。

 そうして両手で顔を覆い隠し、泣くような声で抗議を始めた。


「いや…もう…!アリー様が…、私をそう甘やかすから……!どんどん私の中であなたの存在が大きくなっていって……!あなたなしでは生きられない、駄目な女になりつつあって……!いや……!」

「……………」

「どうしてくれるの…。今まで…一人が好きだったのに…。孤独を寂しいとも思わなかったのに…。なのに!今では一人が寂しいの。暗いところで、一人でいるのが悲しいの。こんなじゃなかった。私はこんな女じゃなかったのに!全部、全部アリー様のせいだ…!」

「…………エステル…」


「家族も必要ないって思っていた。アリー様が私の旦那様になるって分かっていても、あまり実感湧かなかったの。モーリッツ兄様のような立場の存在かなって漠然と思っていただけなのに。こんな…こんなに毎回感情が揺さぶられて、愛しさや寂しさで胸が一杯になるなんて……」

「…………」


 ぽろりと泣くエステルが堪らなく可愛い。そしてエステルの言葉がとても嬉しい。


「エステル、それは当たり前の感情だ。暗い闇の中で孤独の時間を楽しむのもいいと思う。しかし誰かに傍にいて欲しいと思うのも、一人でいるのを寂しいと思うのも、当たり前のことだ」

「……はい……」

「そのきっかけが私だと知れて嬉しい。エステル、愛している」

「…私、も…愛しています。心から。もうあなたなしでは、私は生きていけない……っ!」

「最高に嬉しい言葉だ」


 ぎゅっと抱きしめ合って唇を合わせ、そして愛し合う二人。

 パーティーまで二か月。周囲の状況はどうであれ、もはや二人は離れることはない。



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