3 戦場にて
馬に跨ったドロニア国の騎士達が、一目散に砦に戻ろうとしていた。皆、必死だった。
まさか敵が待ち伏せているとは思わなかった。密偵の報告にも、そんなものはなかったから。
ドロニア国の騎士らは悔しそうな顔で、各々全力で馬を走らせていたが、アリヴィアンとラースだけは味方の騎士達と引き離され、どこか分からないところを走っていた。
「殿下! 深追いしすぎました。急いで砦に戻らなければ…!」
「ああ! ラース! こっちだ! ついて来い!」
「無理です、殿下! 後ろから敵が来ています! 俺が敵をひきつけますので! 早くお戻りください!」
ラースの切羽詰まった声に、アリヴィアンはクッと唸り声を上げる。
ドロニア国とルンドスフィア国の戦闘は日々激しさを増し、三日目に出撃したアリヴィアンの隊も今や散り散りとなってしまっていた。
アリヴィアンもラースも元は王都の騎士団に所属しており、滅多なことがなければ国境での戦いに参加はしないのだが、生真面目で馬鹿正直なアリヴィアンは「王子たるもの、国家の危機に駆け付けないでどうする」と言い、こうして自ら隣国との戦に飛び込んだ。
「ダメだ。そんな事を許さない」と王も王妃も、そして王子や王女たちも側近たちも口を揃えたのだが、本人は聞く耳持たず。「どうせ第三王子だから、戦死しても問題ない」と言ってのけた。
アリヴィアンの上には二人の兄と一人の姉がいた。
王太子のエドアルド、第二王子のディートリアン、そして姉の第一王女・ミロヴィアーナ。皆能力が高く、頭も良く優秀で、国民に人気の王子と王女だ。
彼らと違い、自分が国の為にできることと言ったら、剣を振るうことだけ。
そう思い込んでいる節のあるアリヴィアンは、周囲の反対を押し切って戦場に立つことを決めた。
ラースは伯爵家の次男坊で、アリヴィアンとは古くからの知り合いだ。
女性でも負けるこの見目麗しい王子様が、実は血の気が多くて好戦的な性格をしていることも、付き合いの長いラースはよく知っている。
そのアリヴィアン王子が十九歳になって間もない頃、自ら戦場に行き、国のために戦うと言い出した。
王子自ら戦場に出るのに、臣下として従わずしてどうする。そんな思いがあって、ラースを含めた王都の騎士団たちは、異例ともいえる規模で国境付近に集まったのだ。
最初の三年は良かった。
こちらの圧勝が続き、このままいけば戦も勝利で終わるだろうと誰しも思った。
しかし四年目に差し掛かった時、相手の国が息を吹き返した。四年半になると、戦争は更に勢いを増した。
アリヴィアン達はその時、敵を追いかけて馬を走らせていた。だが伏兵が待ち伏せをしており、放たれた弓を避けて散り散りとなってしまう。
「退散だ!砦に戻れ!」
騎士達がそう叫ぶと、味方の者達がぐるりと踵を返す。アリヴィアンもそれに倣おうとしたが、突如左腿に激痛が走った。
「っ……!」
見れば太い矢がぐっさりと腿に刺さっている。アリヴィアンは激痛を堪えながら馬を走らせるが、彼の怪我に気付いたラースが馬の上で慌てた。
「殿下! お怪我を!?」
「…今は構うな…! 逃げるのが先だっ!」
後ろから伏兵が押し寄せている。
アリヴィアンだけは捕まってはダメだと判断したラースは、とっさに反対方向に馬を走らせた。
「ラース!? 何をしている!?」
「俺が敵をひきつけますので! 殿下は早くお戻りください!」
「馬鹿を言うな! お前も来い!」
「俺の事は気にせずに! 上手くやりますとも!」
ラースは馬術の腕前が人一倍優れていた。だからこそ心配するなと言っているのだろう。しかし相手が何人いるのか分からない。そんな状況でお気楽な事を考える程、アリヴィアンも馬鹿ではない。
だがここでアリヴィアンが死亡、もしくは捕虜となる方が問題だ。悔しかったが、アリヴィアンはこの場はラースの言う通りにすることにし、砦を目指して馬を走らせた。
***
しかし馬を走らせても、走らせても砦に着かない。
(しまった…。どこかで道を間違えたか……!)
ただでさえ他の騎士達と違う道に逃げ込んだようだったのに。痛みのせいで冷静な判断が付かなかったのか。苦く、悔しい思いが胸の内に広がる。砦や戦闘場所から随分離れた場所に来てしまったようだが、幸いなのは敵の気配が感じない事か。
野盗の気配もない。不運な事に、戦争のせいで家を失ったりした者達が野盗となり、誰ふり構わず襲うという事件も多発している。ある意味連中は敵より厄介だ。問答無用で、身分関係なく襲っては略奪をするから。
だがその心配も、ここではどうやらなさそうだ。
「く……!少しだけ……!」
白の愛馬から降り、生い茂った叢の中で一度寝転がって呼吸を整えた。しばらくしてから身を起こし、腿にささった矢を抜こうとする。
(ち…!どうする……手当が出来る物なんてないよな……)
しくじったとしか言えない。これがバレたら自分を心配してくれている人達を悲しませてしまう。そんな事をアリヴィアンが一人考えていた時だった。
がさり、がさりと草をかきわける音がした。
アリヴィアンは素早く剣を構え、気配を消す。立っている馬を強制的に座らせてなだめる。
(もし敵か野盗ならば…殺すか)
ぐっと剣を握りしめる。草をかき分ける音は次第に大きくなり、足音がこちらに向かってきた。
誰かが自分の目の前に現れた瞬間、アリヴィアンは剣を振り上げて襲い掛かった。ほとんど反射反応だった。
「っ!!」
「!? きゃ!?」
現れた者は、若い女性だった。
アリヴィアンはその女を地面に押し倒して首元を左手で押さえ、右手で持った剣で殺そうとしていたが、はっと気づいてギリギリで剣を止めた。
「……っ……」
「あ…、あ……!」
平民の女だろう。顔立ちは至って普通で、長い黒い髪は結われることもなくそのまま、採集した木の実が入っている籠を持っていた。
だが女の目は白く濁っていた。アリヴィアンと焦点が合わないことからも、彼女が盲目であることを物語っている。
ともあれ、若い女を敵か野盗と勘違いして殺してしまうところだった。
アリヴィアンは急いで女性から離れて謝る。
「すまない!敵だと思った…!本当にすまない!」
剣を置いて女を起こす。女は少しだけ震えているものの、一息つくと立ち上がって服についた土を手で払った。
白く濁った瞳はアリヴィアンを見る。当然ながら視線が交わることはないが、女はしっかりとアリヴィアンに向き合った。
「もしかして怪我をされていますか? 血の臭いがします」
比較的強い口調ではっきりと話す女だとアリヴィアンは感じる。弱弱しいところは一切なく、堂々としていた。
「あ…ああ…。実は戦闘で…」
「戦闘? なるほど、ではあなたは騎士様ですね?」
「…そうだ…。えっと…君は…」
「エステルと申します。ここから少し先に棲んでおります。よろしかったら手当しましょうか。こちらへどうぞ」
早口ではないものの矢継ぎ早で言われ、アリヴィアンは呆気にとられた。
エステルという女は、アリヴィアンの返事を待たずしてさくさくと道を進んで行く。アリヴィアンは慌てて愛馬を立たせてエステルを追おうとするも、足に激痛が走る。
仕方なしに愛馬に跨りってエステルに続けば、エステルは一度振り返った。
「この近くに村でもあるのか?」
そうアリヴィアンが問えば、「いいえ」と短い返事だけがくる。
村がなければ、こんな山奥に棲んでいるのか?と疑問に思いながらも、手当をしてくれるならば何でもいいと思っていたアリヴィアンだったが、エステルが「家です」と言ったところを見て流石に言葉を無くした。
これ以後、毎朝10時に投稿します。




