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美貌の王太子は、孤独な娘を逃がさない  作者: Aki


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29 甘い時間を


 数日後、エステルはバッケスホーフ侯爵家の養女となることが秘密裏に決まった。

 バッケスホーフ侯爵と言うのが実は、アリヴィアンの騎士団時代のレイヴン団長である。


 レイヴン・バッケスホーフは、アリヴィアンとエステルの馴れ初めを全て知っていることもあり、エステルの後見人となってくれるならばこれ以上心強いことはない。有難いことに、アリヴィアン達のことも応援してくれていた。


「俺、三十八なのだがな。まさか二十二歳の養女をもらうことになることになろうとは思わなかったな!」


 レイヴンの妻も三十歳とまだ若い。故に、二人はエステルという成人女性を養女と言うか親戚の女性を預かるような感覚でいたわけである。


 このような動きは、全てアリヴィアンとその側近たち、そしてエステルの異母兄モーリッツの協力あってこそだ。

 モーリッツを含めたマハノヴァ家の者達は、エステルの存在をこのまま認知しない方が都合が良いことは間違いない。モーリッツも洞窟に妹を閉じ込めるような事をしていたわけであるので、エステルがバッケスホーフ家の養女にさせられることに何ら異論は唱えなかった。


 当然、モーリッツ以外のマハノヴァ家の者達はこの事実を知ることはない。


 

 エステルが書類上で「エステル・バッケスホーフ」となったところで、王族専用の薔薇の宮から出ていくということはなく、引き続きそこで王妃教育や礼儀作法の勉学に勤しんだ。





 アリヴィアンと話をした次の日から、エステルは人が変わったように明るくなった。


 周りの者達が驚くほどよく話すし、よく動く。目が見えないということを感じさせないくらい、身の回りのことをサクサクと一人でこなしてしまい、使用人たちは必要ないのでは?と誰もが首を捻ったくらいだ。


「成程…。殿下がお好きな女性はああいう(・・・・)感じの女性でしたか…。通りで、他のご令嬢に興味がないわけですね…」


 アリヴィアンの側近のジェミアンとウリエルは元気で明るいエステルを見た時、腑に落ちた表情で頷いていた。


 以前、アリヴィアンの寝室に入ってアリヴィアンを誘惑しようとした女官を思い出す。

 あの女官も結構な美人で放漫な体をしていたが、アリヴィアンを激怒させただけだった。


「殿下は明るく素朴で、それでいて一人で生きていけるくらいの芯の強い女性が好みだったのか」

「深窓の貴族令嬢なんて気にならないわけだよ…。確かにエステル嬢は笑っている方が可愛いけれどね」

「…おいウリエル、言葉には気を付けろよ。意外と殿下は嫉妬深いし独占欲が強い」

「え、こういう誉め言葉もダメなのか?普通は自分の恋人が可愛いって言われたら嬉しいものだろう?」

「殿下はそうでもない。私のエステルを見るなとか言うんだぞ」

「……アリヴィアン殿下って、そういう人だったのか……」



 王も、どうせすぐに飽きるだろうと思っていたが、予想に反してアリヴィアンがエステルを溺愛するのを目の当たりにし、これは他の令嬢をアリヴィアンの婚約者にするのは難しそうだと両手を上げて降参した。


 



「そうそう、エステル様。その調子です!」


 その日、エステルはダンスのレッスンを受けていた。

 盲目の人にどこまでダンスができるのだろうと誰しも思ったが、エステルは型を覚えるとすぐに踊ることができた。これには皆驚き、絶賛し、そして興奮した。どうやらエステルは元々運動神経がいいらしい。


 男性コーチと踊り終わり、それを見ていたエマも使用人たちも手を叩いて褒め称える。


「素晴らしいです…エステル様。正直驚きました。ここまで短時間で踊れるなんて」


 普段クールなエマにそうまでして褒められると嬉しいらしく、エステルはにっこりと笑った。



 薔薇の宮では、もう目に包帯は巻かずに過ごしている。アリヴィアンと濃厚な時間を過ごして以来、何か心変わりがあったようで、自らその包帯を取った。


『醜いと思う方もいるとは思いますが、これが本当の私の姿ですので。隠さずに、ここではこのように過ごします』


 背筋を伸ばして、白く濁った目を皆に向けて真っ直ぐ言い放ったエステルの姿に、誰しも言葉が出なかった。

 それはある種の威厳の光を放っていて、もうモジモジして下を向いていたエステルではなかった。



 一曲踊り終えると、座って軽い休憩をとる。

 楽しかったのか、満足そうな顔でエステルは冷たい水を飲み干している。エマもそんな様子のエステルについ頬が緩んだ。


 エステルとエマは、最初はギクシャクした関係だったが、今では互いに信頼する仲である。

 エマが常に怒っているかのような態度に感じるのはエステルだけではなく、アリヴィアンもジェミアンもそしてラトニータもそう言っていたから、どうやら気にする事ではなかったことらしい。


「エマは…その、仕事はできる。男顔負けってくらいに。だがここだけの話、私にはとっても厳しい教師に思えてならない。彼女に怒られることもよくあるしな」


 エステルの耳元でこっそりそう告げたアリヴィアンが面白かった。

 ついくすりとエステルは笑った。



 エマの方でも、(こんな大人しそうな女性が王妃なんてなれるのかしら?盲目であることも大きなマイナス要因なのに)と、不満タラタラでエステルの補佐に付いていたが、本来のエステルの明るさを知ってその考えを捨て去ることができた。


(アリヴィアン殿下とお似合いじゃない。美貌の貴公子とか言われるアリヴィアン殿下は、結構子供っぽいところがおありだし…。エステル様くらいグイグイ引っ張ってくれる女性じゃないとね)


 アリヴィアンのことをよく知るエマも、ジェミアン達同様に似たような事を考えていた。


 そんなわけで、エステルが薔薇の宮に来て約半年が経つ頃には、周りの者達にエステルはアリヴィアンの恋人で婚約間近だと、きちんと認識されるようになっていた。







「ではもう一曲踊ってみますか」


 休憩を終え、違うステップのダンスに挑戦しようとしたとき、部屋に誰かが入って来る物音がした。

エステルは扉の方に顔を向けると、「エステル」と愛しき恋人の声がして、エステルは笑顔になる。


「アリー様!いらして下さったのですか」

「ああ。仕事が一段落してね。それよりどうだ、ダンスは?」

「殿下、エステル様はとてもお上手ですよ。なかなか勘がいいです」

「ほう…?それは…。では、私と踊ってもらえるかな?」


 アリヴィアンからの突然のダンスのお誘いに、エステルは赤面する。

 しかし断る理由もなく、その手を取る。アリヴィアンも笑いながら手をエステルの背中に回した。


 のだが、アリヴィアンの動きが一瞬で固まって止まる。


「……、アリー様?いかがされましたか」


 エステルが首を捻ると、アリヴィアンは慌てた様子で、エステルの耳元で、小声で話しだした。


「エステル!なぜコルセットを付けていないのだ!?」

「………あ、ああ………」


 そう、この日はダンスがあると知っていたエステルはあえてコルセットを付けなかった。あれはきついし苦しく、エステルはコルセットというものが大嫌いだ。運動をするというのに、あんなもの付けられないと言い放って、このダンスに挑んだ。


「外からでは分からないが、体に触れれば嫌でも分かる!ま…まさか……!ダンスの講師にも体を触らせたのか…!?」

「…えっと……はい…。そうしましたが……」


 ぴしゃりと額を手でたたき、天井を仰ぐアリヴィアンの行動を、その場にいた皆が見た。


 これは何やらただならぬことかと思い、部屋にアリヴィアンとエステルだけを残し、そっとその場を後にする。


 そこまでアリヴィアンが困り果てるとは予想もしていなかったエステルも、オロオロと慌ててしまった。そんなにいけない事だったのか、申し訳ないと。しかしアリヴィアンは更に溜息をついた。


「っ…!アリー様!」


 アリヴィアンはエステルの腰に腕を回して、きつく抱きしめる。元騎士だけあって、なかなか逞しい腕をしており、その腕はぎゅっとエステルの細い腰を締め付けた。


「ああ……!痛い…痛いです、アリー様!離して…!」

「愚かなエステル。コルセットを付けずに私の前に来るなんて…。襲ってくれなんて言っているようなものじゃないか」

「っ!?そ…そちらが勝手にいらしたのでしょう!?私は呼んでいませんよ!?」

「生意気な口を利くのは、どこの誰か…仕置きをしてやる」

「!?きゃああああ!」


 


 扉の外で待っていた一同は、エステルの叫び声を聞いてはっとした。エマは焦って部屋の中に入ろうとしたが、ジェミアンとウリエルに止められる。


 「入ったら後悔するから、止めておいた方がいいですよ」と。


 その意味が分からないエマではない。つい顔を赤くし、「そうですか…」とだけ言った。


「あのお二人が、陛下たちと同じくらいおしどり夫婦になりそうなのは間違いない事実ですが…。最近は砂糖を食べているみたいで胃もたれをしてしまいます」

「……それはご愁傷様です……」


 ジェミアンとウリエルとエマは、はああと少々疲れたような息を吐き、その様子を見ていたダンスの講師はそっと苦笑いをしていた。


「まあ……、エドマンド殿下達が亡くなった頃のアリヴィアン殿下の様子は見ていられなかったですからね…。こっちの方が平和でいいですけれど…」

「……そうですね。同感です」


 三人してそんな話をしていた。


【登場人物紹介】

●エステル・バッケスホーフ……王太子・アリヴィアンの恋人。盲目。二十二歳。この度バッケスホーフ侯爵の養女となった。

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