24 暗闇の部屋
エステルを家族や家臣に紹介し、王族だけが入れる「薔薇の宮」に彼女を迎え入れた後のことだ。
アリヴィアンは父王と宰相のローレンツと共にのんびり茶を飲んでいた。
話題は様々で、勿論エステルの他、今現在の国の状況などだ。その中で、アリヴィアンを驚かせたものがあった。
「何ですって?バルバラ義理姉上が…、亡くなられた……?」
沈痛な面持ちで王たちは頷く。
バルバラとは、死んだ第二王子・ディートリアンの妻で、二人は長年の恋を成就させた、仲の良い夫婦だった。
そのバルバラが、ディートリアンの遺体が王都に戻って来てから数日後に自殺したとのことだ。
「お前も色々あったからな…。この事を伝えるのは酷だと思って、少し黙っておこうと思った」
「……そう…でしたか……」
「バルバラ嬢とディートリアンは心から愛し合っていたからな。こんな事になって残念だ」
沈黙がその場に舞い降りた。
「エドアルド殿下、ディートリアン殿下、ボニファーツ殿下、そしてバルバラ嬢…。短い間に惜しい人ばかりを亡くしました。実に悲しいですな…」
宰相のローレンツが目を伏せると、王は指で目頭をぎゅっと押さえた。
ふとアリヴィアンはエステルに逢いに行った時に見た夢を思い出した。
その夢の中には兄弟たちとバルバラが出て来た。夢だったし疑問にも思わなかったが、だとすればバルバラはあの時既に死んでいたということか。
何とも言い難い気持ちになり、アリヴィアンは口元を手で押さえる。
「アリヴィアン殿下? 大丈夫ですか?」
ローレンツがそっと聞いてくると、王も心配そうな面持ちになった。
「アリヴィアン、強く言っておくがお前のせいではないぞ。これらの出来事は全て…」
「分かっておりますよ、父上。そうではなくて……」
王の視線がじっとアリヴィアンを射抜いている。アリヴィアンは少しだけ悲しげな顔をしながら笑った。
「そうではなくて…。バルバラ義理姉上が亡くなったのは悲しいですが…。きっと彼女はディー兄上と逢えたのだろうなと思いまして…」
アリヴィアンの言葉が予想外だったのか、二人は目を丸くさせた。
「きっと天国でもお二人でずっと一緒にいて、エド兄上やボニーが呆れていることでしょうね。ふとそう思ったのですよ」
「……。そうだな。そうだといいな……」
王が小さく呟くと同時に、優しく温かい風が吹く。
「随分と温かくなってきたな」
アリヴィアンは青く晴れた空を見て笑う。
まだ兄弟たちを失った悲しみから立ち直るのは時間がかかるだろうが、それでもこうして笑えるようにはなった。これも全て家族や親しい者達、そしてエステルが傍にいるおかげだと思った。
「時にアリヴィアン。エステル嬢はどんな様子なのだ」
静かに王が問えば、アリヴィアンは苦笑い。どうせそれが一番聞きたかっただろうにと。
「頑張っておりますよ。まずはこの環境に慣れることに必死のようです。なにしろ今まで特殊な場所で暮らしていましたからね。周りの者達が傍にいることで戸惑うことも多いとは思いますが」
「ふむ」
「父上、宰相。どうか、あまり厳しい目でエステルを見て頂きたくはないと思っております。エステルは今まで恵まれた環境にいなかった娘です」
アリヴィアンの訴えに、王と宰相はじっと話の続きを聞く。
「本当は王宮のような場所に置いておくのは酷だと思っております。できれば自然豊かな、穏やかな場所で静かに生きさせてあげたいとも思っております」
「……だがお前は王宮に連れて来たと? 自分の妃として」
「私の我儘です。どうしてもエステルを傍に置いておきたかったのです」
王は軽く息をつくと、お茶を一口飲んだ。
「思うことは色々とあるが…。まあ二年の猶予を与えている。エステル嬢を王妃とすることに反対しそうな貴族を黙らせられるような成果を、それまでにお前が出せばいいことだ」
「……はい」
「しかしこう言ってはなんだが……。あの大人しく臆病そうな娘に王妃が務まるとは思えないが。盲目だから仕方ないかもしれないが……随分と暗いし、あまり話さないではないか」
「は? 大人しく臆病…? エステルが?」
「そうであろう? お前がああいう娘が好みとは思わなかったぞ。だがなあ……もうちょっと元気があっても良いと思うのだが…」
アリヴィアンは呆れながら父王を見た。エステルが大人しいだの臆病だのというのは全く当てはまらないだろうと。だが宰相も頷いていたから、エステルはまだまだ緊張が解けていなく、素の自分を見せていないのだろうと納得した。
(ま…仕方ないか。そのうちエステルも慣れるだろうし、父上たちも本当のエステルの姿が分かる日が来るだろう)
一人でうんうんと頷くアリヴィアンに、王と宰相が目を向けてきた。
***
その後、アリヴィアンは薔薇の宮へ足を運んだ。
毎日仕事後にエステルに会って行ってはいるが、夜になればアリヴィアンは王宮内にある自分の部屋へ戻る。
薔薇の宮で自分の寝泊まりする部屋を作ってもいいのだが、アリヴィアンは今のところそれをしていない。
「エステル? いるか? 私だ」
コンコンと扉をノックすれば、「殿下ですか、どうぞ」と恋人の声が聞こえてくる。
普通こういう時、中にいる使用人やらが扉を開けたり返事をするのだが、エステルは極力自分の部屋に他人を置かない。
部屋にいる時は一人が良いとの彼女の要望に応えたためだ。
アリヴィアンがドアノブを回して部屋を開ければ、部屋の中はカーテンが完全に閉じられ、灯りもなく完全な闇が広がっていたから軽く驚いてしまった。
「なんだここは…。洞窟か……」
呆れた声が出た。まだ夕方で外は明るいと言うのに、ここだけ真夜中だ。
「ふふふ……殿下、ここです。見えますか?」
エステルの声が暗闇から聞こえる。じいっと目をこらしていれば次第に暗闇に慣れる。そうして見つけたエステルは、ベッドの上にちょこんと座って編み物をしていたようだ。
「……暗いな」
そう言いつつ、アリヴィアンはドアを閉めて暗い部屋の中へ足を踏み入れる。
エステルは笑いながらアリヴィアンに手を伸ばし、アリヴィアンもその手を掴んでエステルの横に座った。
「すみません、殿下。やっぱりこのくらいが落ち着いてしまって。明るいと目がね、何となくチカチカするんです」
「……ずっと洞窟暮らしだったからな。やっぱり明るいところまだは慣れないか?」
「ん~…そうですね。まだ少しだけかかりそうです」
「………編み物をしていたのか。相変わらず器用だな。本当にエステルの目が見えていなのいか疑いたくなるな」
「編み物は難しくないですよ。刺繍はてんで駄目ですけれどね!」
「ああ、確かに。刺繍は難しいだろうな。針は小さいし、糸は色が沢山あるし」
ふふふと笑うエステルの顔が見える。どうやら今は包帯も取っているようだ。
「どうだ? ここでの暮らしに慣れたか?」
「………ん、正直…まだまだ……」
「そうか」
「………申し訳ございません……。色々とよくして頂いているのに……」
「何も謝ることはない。環境がガラリと変わったのだ。慣れるのに時間がかかるのは当たり前だ」
アリヴィアンの指がエステルの目元や髪に触れると、ほうとエステルの吐息が漏れる。その声に、アリヴィアンは自分の身体が熱を持つのを感じた。
「……エステル…。その、慣れるのに時間がかかるとは言ったが……。できれば洞窟のような暗闇の生活は早く抜け出せるようにしてくれると……助かる……」
弱り切ったアリヴィアンの声に、エステルは申し訳なさそうに項垂れた。
「そう…ですよね。すみません、光が苦手なんて……。殿下にも他の方々にもご迷惑を…」
「ち…違う……。責めているわけではなくて…。その、暗闇の中にいるのは……私が困る」
「……?」
「………本当に分からないか…?」
変なところで察しが悪いエステルにアリヴィアンは溜息をつきたくなった。
まあいいかと思いながら、アリヴィアンはエステルをベッドに押し倒した。
エステルの驚きが伝わったが、アリヴィアンは無視をしてエステルに覆いかぶさり、優しくキスをする。
「っ……!殿下……!」
「…馬鹿なエステル。前に言っただろう? 男なんてこんなものだ。しかも暗闇の中で二人きりなんて……。私にこうされることを予想していなかった?」
「していませんっ!私にとって暗いところは安心するところだと…」
「私も暗闇は嫌いではない。だが男にとっては、暗いところは己の本性をむき出しにできる処だと認識しておいた方がいい…」
「……っ……!」
「こうなるのが分かっていたから、薔薇の宮に私の部屋を設けていないのだがな……。全部エステルのせいだ」
「あ……!」
アリヴィアンのキスがエステルを酔わせる。
ベッドの上に広がったエステル黒髪は、アリヴィアンの指によって更に広げられる。ドレスは乱れ、互いの呼吸が激しくなっていく。
「もう…!殿下……っ!!分かりましたっ!私、明るいところに早く慣れます……!」
「いや、無理はしなくてもいい。私は暗闇も好きだ。公務の時に問題なければ、プライベートな時間まで君を縛るつもりはない」
「さっきと仰っていることが違いますっ!!」
エステルの抗議にアリヴィアンは楽しそうに笑った。
「いいから。今はいいから…。君が欲しい……」
「いや! 殿下、離して下さい! この後すぐに夕食なのですよ!?誰かが部屋に呼びに来てしまいますっ!」
「だから、私がエステルを食べるのが先だ。それが終わってからでないと駄目だ」
「もうっ!!本気で怒りますよ!?離れて下さいっ!!この不良王子っ!!!」
思わず大笑いしてしまたったアリヴィアン。そうそう、そう言いたい事を言っていた方がエステルらしい。
そんな事を思いながら、アリヴィアンはエステルに嫌がられても、キスと愛撫を繰り返していた。




