19 恋人に
R15の回。
「あ……ん……騎士様……っ……!」
エステルの声が耳に届く。余裕のない、息も荒いエステルの声にアリヴィアンは体が震えた。
アリヴィアンが腰を浮かし前かがみになれば、必然的にエステルは後ろに倒れる。
「ん!あ……っ!」
口づけを繰り返しながら、アリヴィアンはエステルをベッドに押し倒し、己が上になってエステルを見下ろした。熱のせいで少々体も頭もダルいが、止めてやるつもりはなかった。風邪を移してしまうかもと思ったが、それすら無視してしまう程、アリヴィアンはエステルが欲しかった。
「エステル……。好きだ」
アリヴィアンの言葉に、再びエステルは目を丸くさせる。そしてそれを口にしたアリヴィアン自身も驚いた。
(ああ…そうか。私はずっとエステルが好きだったのか。ずっと惹かれていたのか……)
もっと早く気付けば良かったのにと己を嘲笑う。
エステルは震えながら両手をアリヴィアンの胸元においてぎゅっと服を握りしめた。
「な……なぜ? なぜ私なんかを……」
「…さあ? なぜだろう…。自分でも不思議だ。でも私はずっと…洞窟を出てからずっと、エステルに会いたかった」
はあ、と深く息を吐いてから、アリヴィアンはエステルに覆いかぶさって彼女を抱きしめる。腕の中でエステルが体を強張らせていたが、頬にキスを繰り返してやれば、少しだけ力が抜けたのが分かった。
「騎士様…!あの……」
「…いい匂いがする…。温泉のおかげかな?甘い香りだ……」
「……それは騎士様も同じで……」
「……このまま、君を食べてしまいたい衝動に狩られる」
「!?」
少し体を離すと、アリヴィアンはエステルに再びキスを繰り返す。
「ん……っ!ふぁ……!」
エステルの柔らかい体が自分と密着し、アリヴィアンはこの上ない程興奮していた。
オレンジの匂いがする石鹸の良い香りも心地よい。尖っていた感情は、もうとっくに和らいでいた。
「エステル、私の妻になって欲しい。私と一緒に来て欲しい……」
「っ!」
「こんな情けない私の姿を見せられるのは…君しかいない。私を支えてくれないか。だが私も君を支える。君とならば…なんでも出来そうな気がする。前向きで明るくて、元気な君となら…」
「………」
「勿論、私は立場的に忙しい身だ。君にも苦労をかける。だが…生涯の唯一を選ぶならば、君がいい」
言うことを言ってしまった。少々勢いに任せてしまった感はある。しかしアリヴィアンは後悔しなかった。
エステルはしばし放心していたが、ややあって、目から大粒の涙を流した。
「エステル……?」
「……バカ! どうして…なぜ私なんかを……! どうして希望を持たせるのですか……!」
「…エステル……」
「騎士様と一緒にいたいと…! 浅ましくて、不相応な夢を見てしまったと後悔していたのに……! どうして放っておいてくれないのですか……!」
エステルの言葉にアリヴィアンは息を飲んだ。それは、アリヴィアンにとって嬉しい言葉だった。
「その…、つまり……君も…私と……?」
エステルは顔を赤くさせ、涙を流しながら小さく頷いた。
「いつの間にか、騎士様の人柄に惹かれてしまって…! でも必死で言い聞かせたんです。私は普段他人と関わることがないから、だから簡単に情が移っただけだとか。一人で暮らすのが気楽と思いつつ、やっぱりどこか寂しかったのかなとか…! ならば騎士様を想う感情は恋愛的な意味ではないはずって…!でも……」
「……エステル…」
「ダメだったの! 騎士様の低い声を聞けば嬉しかった。見えないのをいいことに、温泉であなたに触れるのが嬉しかった…!あなたと会話をするのが楽しかった!あなたがいつか去ると分かっているのに…寂しかった…!」
堪らずにアリヴィアンはエステルにもう一度キスをする。
「ん…っ! ああ……!」
エステルもその口づけに応えるように、必死に合わせてくれる。いつしかアリヴィアンの首に腕を回し、アリヴィアンもエステルの身体を強く抱きしめていた。
「エステル…。君が私と同じ想いだったと知って嬉しい…」
「……私、も……。夢みたい…。これが夢ならば、冷めないで欲しい…」
「夢じゃない。確かに私は…その、今でも頭も体も万全ではないが、夢ではない」
「ふふ……なんですかそれ……」
濁った白い目から流れる涙は、とても綺麗だった。泣き顔も可愛く、全てがアリヴィアンにとって愛おしいもので。
そして先ほどの温泉でのエステルの姿を思い出し、ついつい体が今以上の熱を帯びる。
「エステル……、その……。ここにいる間、君と一緒にしたことがある」
「…ん? なんですか?」
「その…、一緒に温泉入りたい」
素直な欲望を口に出せば、途端に赤くなるエステルの顔。
そんな顔をされるのは初めてで、アリヴィアンは堪らず大笑いをする。
「ははは…なんだ、やはり君でも見られるのは恥ずかしいのか? 私は何度も君の前で全裸になっているのだがな」
「だって見えません!」
「それは本当か? ものすごく近づけば、見えるんじゃなかったのか?」
「………それは…そうですけれど…。でも温泉は湯気があって……。あまりよく分からないんです」
「……そうか」
「…騎士様の逞しいお体、見てみたいんですけれどね…」
「……エステル…」
切なくなって、アリヴィアンはエステルの額に優しいキスを送った。
きっとアリヴィアンは、エステルに酷い仕打ちをしたという夫人を許しはしないだろう。できれば断罪してやりたい。
「それで? 一緒に入ってくれるのか?」
「……っ……!それは……!」
ごにょごにょ悩むエステルが可愛いとアリヴィアンはにんまり笑う。
いつもはエステルにいいように振り回されているから、何やら勝った気分になる。もしかしてエステルは、この手の話題に弱いのではないか?と。新たな発見をして、アリヴィアンは楽しくなってきた。
熱い抱擁とキスを繰り返した後、アリヴィアンは再びエステルに問う。
「それで…エステル。私の妻に、なってくれるか?」
エステルは泣き止まず、しかし笑顔になって「はい」と短く頷いた。
「…私はこんなですから、騎士様が苦労すると思いますけれど…。でも、精一杯頑張ります」
「エステル…。ありがとう。私も力の限り、君を守ると約束する」
コツンと額を合わせ、二人はくすっと笑い合う。部屋に漂う空気は、甘い恋人のそれだ。
「あの、ところで騎士様…。一つだけ聞いても?」
「何だ」
「えっと…今更だとは思うのですが…。騎士様のお名前をお伺いしても?」
そう聞かれて絶句したのはアリヴィアン。え、なぜ知らないのかと。てっきり知っている上で、敢えて「騎士様」と呼んでいると思っていたのにと。
「言っておきますけれど、騎士様は未だに名乗ったことはありませんよ! てっきり私のような女に名乗る名前なんてないとか思っているのかなと。ですから、こちらからは聞きにくかったのです!」
これは参った。完全に自分の落ち度だとアリヴィアンは頭を抱える。
さてさて、自分はドロニア国の王子で、もうすぐ王太子となることが決まっているなんて。このタイミングで伝えるのは果たして正しいのかどうなのか。アリヴィアンは真剣に悩んだ。