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18 もし…、


「騎士様は本当に手がかかりますね」

「……す、すまないエステル……。本当に面目ない……」


 恥ずかしくも温泉で大泣きをしたアリヴィアンは幾分かすっきりしたが、その夜熱を出してしまった。

 おかしい、自分は騎士だし身体は丈夫なはずなのに、なぜこんなにも体調を崩すのかとベッドの中で自問自答を繰り返す。

 エステルはそんなアリヴィアンの苦悩を感じ取り、くすくす笑った。


「緊張が続いて疲れが出たのですよ。ゆっくり休んで下さい」

「………休むことに罪悪感があるのはどうしたらいい…? やる事があるのに、他の皆を放っておいて、こうしてのんびりするなんて……」

「休んで来いと周りの人に言われたのでしょう? でしたら騎士様の仕事は、よく休んで心身ともに完全回復することですよ!」


 力こぶを作って元気よく言われれば、その通りかと思い笑う。

 エステルは横になっていたアリヴィアンの背中に腕を通し、アリヴィアンを起き上がらせ、その近くに座ると剥いたリンゴを差し出してくれる。


「……甘いな」

「甘いのは嫌いですか?」

「いや、果物の甘さは平気だ。ただ…戦場でもこんなみずみずしい果物を口にすることがなかったので…久しぶりだ」

「それは良かったです」


 シャリシャリ。音を立てながら咀嚼を繰り返し、その音が止めばエステルは新たなリンゴをアリヴィアンの口元へと持ってくる。自分で食べることはできるのだが、何となくエステルにやってもらいたいと思ったアリヴィアンだ。


「…相変わらず器用だな。目が見えないと言うのに、刃物を使ってリンゴを剥くなんて…」

「そこまで難しくはないですよ。どちらかと言うと、火を使う方が緊張します」

「…それは当たり前だ。…できれば今すぐやめて欲しいな…」

「兄にもよく言われますよ。でも火を使えるようにならないと、食べ物は美味しくないです。それに騎士様も見ていたでしょう? 使う火は本当に弱いものですよ」

「………いや、それは…その通りだが…。やはり解せない…。エステル一人だけで生活をするなんて…」


 一人くらい使用人がいればいいだろうにと思う。それすらしたくないと言う程、モーリッツの独占欲が強いのだろうか。


「飼い殺しだな…」


 思わずポツリと呟いた後、しまったと顔を上げると、エステルはきょとんとしていた。


「飼い殺しとは? どういう意味ですか?」

「は?……いや……」

「生憎、勉強も必要最低限しかできないもので…難しい言葉は分かりかねます。それで、飼い殺しとはどのような意味でしょうか?」

「……………えっと……その……」


 失礼な事を言ってしまったと一人慌てるアリヴィアンだったが、突然エステルがきゃらきゃらと楽しそうに笑い出す。それを見てアリヴィアンは図られたことを思い知った。


「…人が悪いな。ちゃんと意味が分かっているではないか」

「あはは…ごめんなさい! 騎士様ってば真面目なんですもの! そんなに思い詰める必要はありませんのに!」


 むすっとするアリヴィアンの様子を分かっているのか、エステルはまだクスクスと笑っている。

 しかしエステルは少しだけ寂しそうな顔になって、アリヴィアンはぐっと詰まった。


「騎士様の言う通り、私には価値がないですからね。でも路上にポイされないだけ恵まれているって思っていますよ」

「………」

「前にもお伝えした通り、私はここの生活が楽しいです。のんびりで、気楽で!遠き異国の言葉に、‘住めば都’という言葉があるそうですが、本当にその通りかと!」

「…………しかし…エステルが良くても、…私が嫌だ……」

「何ですそれは。いいですか、騎士様! 人生、適度に適当ですよ! 真面目に考えすぎると、頭がボーンって火を噴きますよ」

「……適当にして良いところと、そうでないところがある。いいか、エステル。君はこのままここで人生を終えるつもりか?」

「……そうする以外に、私にどんな使い道が?」

「………エステル…」

「……いいのですよ、騎士様。私のことで、騎士様が頭を悩ます必要はないですよ。私のために怒ってくれた人がいるというだけで、私は嬉しいです」

「…………」


 エステルは少し口を閉じる。

 アリヴィアンはそっと彼女の方を見ると、またエステルは困ったように笑った。


「ありがとう…騎士様。私、騎士様といれて楽しかった。不謹慎かもしれないけれど、本当に楽しかったんです。元居た場所に戻っても、私のこと、忘れないで下さいね」


 そう告げられて、胸の内を去来した複雑な感情は一体何なのか。


 このままエステルと別れるのか。この洞窟の中、一人にして。本人は楽しいと言うけれど。本人は満足と言うけれど、この程度で満足して欲しくない。

 いや、違う。己が教えてあげたいのだ。アリヴィアンがエステルに、満足だと、幸せだという感情を教えてあげたい。


 アリヴィアンはエステルの両肩を掴むと、自分の方に強く引き寄せた。

 驚いたエステルの白く濁った目は、大きく開かれてアリヴィアンを見る。


「エステル。もしもの話だが。この洞窟から出て、普通の貴族令嬢としての生活を送れるとしたら…どうする?」

「え?何ですか、突然」

「仮定の話だ。だから気軽に答えてくれていい。もし、ここから出られたらどうする?」


 エステルは目を丸くさせていたが、ややあって「んー…」と言いながら天井を仰ぐ。


「もし出られたら…。よく分かりません。なるようになるとしか言いようがないのでは。与えられた環境に慣れるまで時間がかかりそうですが…別に抵抗はないですよ」

「……本当か!?」

「なぜ驚くのですが。私はこんなところで生活ができる女ですからね。場所にはこだわりがないです。あるとすれば…人間関係なくらいですね……」

「………人間関係か……。確かにそれは…、君にとって最大の課題だな」

「家族に問題ありでしたからね…。この歳になっても、他人と全然交流を持たなかったですから、上手く話が合わせられるかどうかは心配ですね」


 マハノヴァ侯爵家は癖ある者ばかりだとレイヴン団長がぼやいていたのを思い出す。

 確かにその通りすぎたとアリヴィアンは溜息をついてしまう。


「ではエステル。私が君をここから連れ出したいと言えば…付いて来てくれるか?」

「……なぜ騎士様が私を連れ出すのですか」

「…………分からない?」


 アリヴィアンの右手がエステルの頬に触れ、左手でエステルの肩をさらに引き寄せる。

 焦るエステルの顔に、アリヴィアンの吐息がかかる。


「騎士様……!」

「エステル、拒まないで。私を受け入れて欲しい……」

「…!……」


 そうして重なる、二人の唇。

 暗闇の中でぼんやりと照らされる二人の影は、次第に一つになっていく。


「ん……っ!あ……!」

「……は……っ……」


 アリヴィアンは何度も角度を変えてエステルに深く口づける。

 いつの間にか手はエステルの腰と背中に回り、強く抱きしめていた。


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